【第4話】クロエの遺言
記録映像:X年Y月――政府機関記憶管理庁 第七実験区画。
「Mnemosyne計画、フェーズ3へ移行」
「Mn-13、起動確認」
「記憶干渉反応、安定」
無機質な声とともに、記録が再生されていく。
そこには、白衣の人々と、冷たいチューブに繋がれた一人の少女の姿が映っていた。
その名は「Mn-13」──後のリタ。
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クロエ・ナガセはその研究班に所属する若き女性科学者だった。
彼女は唯一、リタを「個体」ではなく、「女の子」として接していた。
「……大丈夫。あなたはちゃんと人間よ。あなたの中には、心がある」
クロエのその声に、まだ“名前”を持たなかったリタが、かすかにまばたきをする。
だが、プロジェクトは次第に加速し、リタの持つ記憶干渉能力を「兵器」として活用する方向へ傾いていく。
上層部の言葉:
「記憶の支配こそ、未来の安定だ」
「我々がコントロールすべきは、人間の“心”そのものだ」
クロエは反対する。
「記憶が誰かの思い出である限り、それを奪うことは殺すことと同じ。
あなたたちは、リタという人間を道具にしようとしている!」
だがその声は、封殺された。
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やがて、クロエは決意する。
Project Mnemosyneからの脱出──リタを連れ出すこと。
密かに支援者を募り、信頼できる護衛としてレオを手配。
外部との通信を遮断するタイミングを狙って、脱出作戦は決行される。
しかし──国家側はすでにクロエの動きを察知していた。
施設内部に武装部隊が突入。
乱戦の中、クロエは重傷を負い、リタを守るように倒れ込む。
「リタ……あなたは、生きて……誰かになって……」
その最後の言葉は、レオに託された。
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画面が暗転し、現在に戻る。
「……そこまでの映像しか残っていない」
ブローカー経由で手に入れたデータを再生し終えたリタは、呆然としていた。
「クロエ……私は、あの人を……忘れたの……?」
レオは答えなかった。
ただ、深くうなずいた。
「俺が……消させた」
その告白に、リタは言葉を失った。
「お前が頭部を負傷したあと……医者に、記憶を処理させたんだ。
クロエのことは……全部、お前の中から消された」
「どうして……どうしてそんなことを……」
「守りたかった。お前を、今度こそ」
レオの声は震えていた。
リタは、何も言えなかった。
自分が何を失ったのか──まだ、すべてを知らない。
けれど確かに、その喪失は、胸の奥に爪を立てていた。