【第2話】黒の記憶
薄曇りの空の下、路地裏のカフェの片隅。
リタとレオは、ブローカーから渡された報酬を確認していた。
「前回より安いな……記憶が破損してたか?」
「……あの人、なんだか壊れそうだった。最初から、もう誰でもなかった気がする」
リタのつぶやきに、レオは視線を落とす。
その表情には、何かを押し殺すような硬さがあった。
「それよりも、気になることがある」
リタはポケットから小さな端末を取り出した。
そこには、任務中に銃が記録した“断片映像”が保存されていた。
「これ……」
再生された映像の中には、暗い部屋。実験室のような場所。
血に染まった床。誰かの声が響く。
《──ユリシーズ、出力安定。レメゲトン、感情反応に変化あり。》
《13番目……起動成功。クロエ、記録は?》
再生はここで止まった。
リタは目を見開き、唇をかすかに震わせた。
「クロエ……?」
「なにか……思い出したのか?」
レオの声は冷静を装っていたが、かすかに揺れていた。
「わからない。でも、名前だけは確かに知ってる気がする……」
「……気のせいだ。そんなのはただの残留記憶のノイズさ」
レオは端末を閉じた。強引だった。
「リタ、お前の記憶は……必要のないものなんだ。今は、ただ生き延びるだけでいい」
リタはその言葉にうなずきながらも、どこか遠くを見つめていた。
⸻
その夜。
宿の薄暗い部屋で、リタはまた夢を見る。
暗闇の中、黒い部屋。
誰かが叫んでいる。
名前を、何度も──呼んでいた。
《リタ!》
その声だけが、はっきりと響いた。
⸻
翌朝、目覚めたリタは、レオに言った。
「……私、誰かのことを忘れてる気がする」
「それは、私にとって──大事な人だった気がするの」
レオは答えなかった。
ただ静かに視線をそらし、こう言った。
「もうすぐ、次の仕事だ。準備しろよ、リタ」
そして、その背中はどこか寂しげだった。