【第1話】誰かの声がする
暗い部屋。湿った壁。鉄の扉が音を立てて閉まる。
「任務終了。回収完了」
低く静かな声が響いたのは、崩れかけた倉庫の奥。
男は無言のまま崩れ落ち、意識を失っていた。
少女──リタは、手にした銀の銃を見つめていた。
銃身に彫られた名は《ユリシーズ》。
それと対になる、左腰に差した《レメゲトン》。
「……また、何も感じなかったな」
誰にともなく、そうつぶやく。
相棒のレオがそばに立っていた。
「感じる必要はない。俺たちはただ、やるべきことをやるだけだ」
「……そうなのかな」
レオはリタの瞳を一瞬見たが、すぐに視線をそらした。
⸻
任務の内容は、記憶の回収だった。
対象者の頭に銃をかざすだけで、指定された記憶が抜き取られる。
それをデータ化して、ブローカーに渡す。
見返りは金と、次の生き延びるチャンス。
簡単な仕事だ。
──そのはずだった。
だが、今回の対象は、リタに何かを残した。
「……ミュ……ネ……モ……シュネ……」
老人が記憶を抜かれる瞬間、うわごとのように口にした言葉。
それが、リタの脳を焼いた。
一瞬、目の前が白くなった。
黒い部屋。誰かの叫び。銃声。崩れ落ちる人影。
脈絡もなく、次々に映像が流れ込む。
「リタ、大丈夫か」
レオの声で、我に返る。
拳が震えている。ユリシーズを、知らない誰かの顔が映っていた。
「……あの言葉。聞いたことがある気がするの」
「“ミューネモシュネ”……?」
レオの目が一瞬だけ、鋭くなった。
だが、すぐに笑みをつくった。
「気のせいだ。そんな名前、俺は知らない」
「……そっか。だよね」
リタは笑ってみせた。だが、胸の奥がざわめいていた。
思い出せない“何か”が、確かにそこにある気がした。
⸻
その夜、リタはひとり、ユリシーズとレメゲトンを並べて机に置いた。
二丁の銃は、静かに沈黙していた。
けれど、どこかで──確かに感じた。
これらの銃は、ただの道具じゃない。
自分自身に結びついた、何かを知っている。
「……私は、誰なんだろう」
誰も答えなかった。
けれど確かに、その問いがすべての始まりだった。




