第17話 記憶に生きる者たち
ミューネモシュネを停止させた後、リタとレオは国家主導の記憶データ運用センターを目指していた。
そこは現在も稼働中の、記憶売買ネットワークの最終制御中枢。
プロジェクトの全貌が記録され、かつてミューネモシュネを操っていた者たちの“本拠地”でもある。
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巨大な複合施設。
厳重な警備システムを抜けて、奥へと進むと……そこには、人の気配がなかった。
「……誰も、いない……?」
レオが不審そうに呟く。
だが、無数の端末は今も稼働し続けており、記憶の流通は途切れていなかった。
それはまるで、人のいない都市が動き続けているような──異様な静けさだった。
「なあ……まさか、これ……」
リタは頷いた。
「うん。ここに“人”はいない。彼らは……もう、肉体を捨てたの」
「どういうことだよ」
「ミューネモシュネとの同化のときに見た。国家の上層部の多くは、自分の脳だけをデジタル記憶化して、記憶の中で生きることを選んだんだよ」
「……自分だけ、“永遠の記憶”の中で暮らすために……?」
リタは静かにうなずく。
「彼らは、記憶こそがすべてだと信じた。だから、自分の人生の記憶だけを抽出して、仮想世界の中に閉じ込めたの」
「逃げたってわけか。世界を壊しといて、自分は記憶の中に引きこもって……」
怒りと虚しさを滲ませるレオ。
だがリタはその先を見据えていた。
「でも、彼らの存在も、今なら消せる」
「……お前、やるつもりか?」
「ううん、“消す”んじゃない。“眠らせる”んだよ」
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リタは制御端末に向かい、手をかざす。
ミューネモシュネの記憶干渉能力は、まだ彼女の中に残っていた。
「彼らが選んだ“永遠の記憶”を、外界に干渉しないよう閉じ込める。
二度と人の世界に戻れないようにする。
これが……彼らの“結末”」
リタの手から、光が放たれた。
瞬間、施設中の仮想記憶回線が順次切断されていく。
記憶に生きる者たちは、外界との接続を永久に絶たれ、記憶の檻の中に静かに閉じ込められた。
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すべてが終わったとき、リタは言った。
「これで、本当に終わったね」
「……ああ」
「彼らは自ら選んだ記憶の中で、誰にも干渉できないまま、眠り続ける」
レオが黙って頷いた。
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二人はその場を後にした。
記憶によって歪められたこの世界が、ようやく静かに幕を閉じた。