【第15話】「浄化」
アインの崩れ落ちた身体を前に、
リタは中枢装置へと静かに歩み寄った。
その奥に鎮座するミューネモシュネの核である巨大なコア。
「……まだ、終わってない」
装置はすでに半壊し、ミューネモシュネAIそのものの意識は存在しなかった。
けれど──記憶干渉の力だけは、あの少年はまだ“生きて”いた。
レオが問う。
「何をするつもりだ?」
「記憶とは人が人たらしめる大切なものだと思うから。記憶は誰のものでもない自分のものだから。」
リタが振り返らずに言った。
「これを一度は拒否したけど、この力を使えば記憶を“戻す”こともできる」
「……戻す?」
「ミューネモシュネ、いや、あの子の力を使ってここにある記憶を全ての人々に返す。」
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彼女は中枢コアに手を触れる。
一瞬、閃光がほとばしる。
「記憶は、売り物なんかじゃない。
悲しみも、喜びも、後悔も、すべてその人だけのもの。
だから、私は“正しい場所”へ返す。誰の手にも渡らないように」
リタの身体から光があふれ出す。
ユリシーズとレメゲトンが、最後の共鳴を放った。
記憶干渉能力が、彼女とかと少年の意思に沿って作動し──
全世界の記憶データが、元の持ち主へと帰っていく。
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装置が一つ、また一つと静かに落ちていく。
照明が消え、警報が止まり、
静かな沈黙だけが制御室に満ちていった。
リタの手から、ユリシーズが砕けるように崩れた。
続いて、レメゲトンも淡い光となって空気に溶けていく。そ
「もう……大丈夫だよ」
リタは呟いた。
「ありがとう。あなたたちがいたから、ここまで来れた」
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レオが横に立ち、空を見上げる。
「管理されていた記憶は全ての人々に帰ったのか。……」
「そうだね。
だって、記憶って、誰かに与えられるものじゃない。
自分で選んで、抱えて、そして、生きていくものだから」