【第11話】 扉の前で
施設内は静まり返っていた。
わずかに響くのは、天井を流れる冷却液の循環音と、足音だけ。
リタとレオは、クロエの記録から得た座標を頼りに、地下制御棟の最深部へと向かっていた。
照明は最低限に落とされ、廃墟のような空間には不気味な気配が漂っていた。
「……ここが、Mnemosyneの中枢エリアか」
「多分、もうすぐだ」
リタの声は揺れていない。
だが、その瞳の奥に、言葉にできない緊張が浮かんでいた。
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通路の途中、レオがふと立ち止まる。
「……なあ、リタ。もし、すべてを知ったら……どうする?」
「……わからない。でも」
リタは振り返り、レオをまっすぐ見た。
「知らなきゃ、前に進めないと思う。
誰が私を作ったのか、なぜクロエは命を賭けたのか……全部、ちゃんと知りたい」
レオは無言で頷き、歩を進める。
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やがて二人の前に、巨大な隔壁扉が現れた。
《Central Neural Core》──中央神経制御核。
中央には、生体認証パネルが備えられていた。
リタが恐る恐る手をかざすと、扉が音もなく開く。
薄明かりの中に、幾重ものケーブルが這う、円形の制御室が広がっていた。
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中央のターミナルに、残された操作ログがあった。
クロエが最後に入力したものだ。
「リタがここに来たとき、彼女が“器”ではなく“人間”であることを、証明できますように──」
レオが低く息を吐いた。
「……ずっと、クロエはあんたの未来を信じてたんだな」
リタは、何も言わなかった。
ただ、胸にしまった小さなペンダントに触れ、
静かに目を閉じた。
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次の扉は、生体コードに加え、記憶認証が必要とされた。
「……これ、“鍵”ってこと?」
リタが端末に触れた瞬間、視界に無数の記憶が走馬灯のように流れ込んできた。
レオと逃げた夜。
クロエの研究室。
試験中に見上げた、曇った空。
「私は──」
扉が、開いた。
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その奥で待つ者。
全ての始まりを知る者。
Project Mnemosyne、責任者。
アイン。
リタとレオは、ついにその扉を越える。