【第9話】 眠る街で
夜。街は静寂に包まれていた。
リタとレオは、薄暗いモーテルの一室に身を寄せていた。
外では通り雨が窓を叩いている。
ネオンの灯りが水滴に揺れて、天井に不規則な光を描いていた。
「……調子はどうだ?」
ベッドの端に座ったレオが、テーブルに置かれた銃を磨きながら尋ねた。
「悪くないよ。……体の調子も、頭の中も」
リタはそう答えたが、瞳はどこか曇っていた。
レオは無理に追及せず、黙って銃の手入れを続ける。
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沈黙の時間が流れる。
ふいに、リタが口を開いた。
「ねえ、レオ。私たちって、いつから一緒にいたんだっけ?」
その問いに、レオは手を止めた。
「……ずっと前、ってことしか覚えてない。正確な日は……思い出せないな」
「そう……」
言葉を濁すように、リタは窓の外に視線を向けた。
街灯がにじんで見える。
それが、涙のせいかはわからなかった。
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「ねえ、私たち……何をしてたんだろうね。クロエと一緒にいた頃」
「……」
「クロエって、どんな声してた? どんな顔してた?」
問いかけるリタの声は、まるで自分に向けているようだった。
レオは一度、深く息を吸い込んでから口を開いた。
「クロエは……優しくて、真っ直ぐで、時々頑固だった。
リタのことになると、特に」
リタは目を伏せた。
「ごめん。思い出せなくて」
「謝ることじゃない。記憶を消したのは、俺の判断だ」
レオの声に迷いはなかった。
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「……なんで? どうしてそんなことを?」
「お前が壊れそうだった。クロエが死んで、頭を打って……
そのままだったら、記憶と心が一緒に崩れてた」
「でも、それって……私にとって一番大事な人だったんでしょ?」
「そうだよ。だから、救いたかった。今すぐじゃなくていい。
お前が、また思い出したいって思える時が来るまで」
リタはしばらく黙っていた。
そしてようやく、ぽつりと呟く。
「ありがとう、レオ」
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その夜、ふたりは少しだけ眠れた。
夢の中で、名もなき誰かの笑い声が聞こえた気がした。




