第一章 来訪者
未成年による連続殺人事件。その真相を追い、ある探偵事務所を訪れた私は、元警察官の探偵と、謎めいた“少年”に出会うことになる――。正義とは何か、揺らぎ始める出会いの記録。
第一章 来訪者
私は今、探偵事務所に来ている。浮気調査をしてほしいだとか、飼っていた猫が逃げたから探してほしいなどという依頼をしに来たわけでもない。とある殺人事件についての情報を追っていたらこの探偵事務所にたどりついたのだ。私が追っている殺人事件というのは、未成年の少年あるいは少女が連続殺人をおこなっており、未だ警察に犯人が未成年であるという情報しか与えていないというもの。そして目の前にいるこの探偵事務所の所長である彼岸正義はその事件を追っていた元警察官である。
若く見えるが、やはり元警察官というだけあって口が堅く一筋縄ではいかない。この事件に関する話の重要な部分に行きつくまでに多くの時間を費やしてしまった。出されたコーヒーはとうに冷え切ってしまっている。改めて話を切り込もうとするとこの事務所の重厚感ある木製の扉が開く音がする。
「ただいま戻りました。」
「ああ、お帰り。」
一瞬で目を奪われた。声を発した人物の容姿が恐ろしく整っていたから。歳はおそらく15歳くらいだろうか。美しい鼻筋に整った眉、その下にある瞳は淡いブラウンで大きい。口元は薄すぎもせず分厚すぎもしない均等の取れた唇。
「僕の顔に何か?」
そういわれて慌ててうつむいて何もついてませんと伝える。自分でも気づかぬうちに不躾に視線を送ってしまっていたようだ。
「尊くん、コーヒーが冷えてしまっているから淹れなおしてもらえるかな?」
「かしこまりました。こちら一旦お下げしますね。」
そういって自分の前に置かれたコーヒーカップとソーサーを下げられる。
「あの、彼? 彼女は…?」
「ああ、あの子は私の兄の息子でして。バイトとして雇っているんですよ。」
気になりますか? と瞳が笑っていない笑顔で問われ、急いで首を横に振る。今日は事件の話を聞きに来たのだ。仕事を進めなければ。
「さて、どこまでお話ししましたっけ。…あぁそうだ、未成年という点しかまだわかっておらず、犯行動機なども全く分かっていなくて捜査が難航している、というところまででしたね。」
「ええ、世間をこれだけ騒がせているというのに、動機もわからず顔すら割れていない。犯人を熱心に追っていたあなたからなら、今までにない情報が聞けるのではと思いまして」
私がそう切り出すと、彼岸は少しだけ目線を伏せた。思案しているような、過去を思い返しているような――そんな仕草。
「……記者さん、あなたは“正義”っていうものを信じていますか?」
唐突な問いだった。だが、探偵の名を冠した彼が口にすると、その言葉は重く感じられた。
「信じているか、と言われれば……世間一般的には信じたいとは思っていますがね。でもそれが誰かを傷つけるなら、私は怖いと思ってますよ」
答えると、彼岸はわずかに口元を緩めた。肯定とも、皮肉とも取れる微笑。
「私も、昔は迷いなく信じていたんです。正義とは、常に唯一で揺るぎないものだと」
「……それが、違った?」
彼は頷き、少し椅子の背にもたれた。
「ええ。――ある子どもに、出会うまでは」
その言葉に、背筋がひやりとした。
事件に関係する子どもがいた、とは情報として知っている。けれど、彼が“出会った”というのは……?
ただの回想ではない。彼岸の声には、あの時に戻ったかのような“熱”が混ざっている。
「その子が、犯人……なんですか?」
私の問いに、彼は首を横に振る。
「それは――まだあなたが判断することじゃない」
コーヒーを口に運んだ彼の目は、カップの底ではなく、遠い過去を映しているようだった。
一拍置いて、彼岸は静かに語り始める。
「私がその子に出会ったのは、まだ警察にいた頃です。
“親を殺した子ども”という、あまりに衝撃的な事件の担当になったのが最初でした――」
最後までお読みいただきありがとうございます。
淡々と進む会話の中に、過去の影と微かな違和感が滲み出るよう意識しました。
次章では、正義がかつて出会った“彼”との邂逅を描いていきます。