【緊急】ばあちゃんが、動画配信事故ってバズった件【事態】 ~ライブ配信バージョン~
腰の曲がった老婆と、荷車、荷車を引く馬が映し出された。
老婆の格好は、まさにこれから畑をやります、といった格好である。
荷車から、ひょいひょいと着いてきたスライムや一角ウサギ、犬が降りてくる。
老婆のペットたちだ。
老婆が馬を撫でてから、ぺこり、と視聴者に向かって頭を下げる。
「いつも見に来てくれる方々、ありがとうございます。
今日は、収穫するところをながしますねぇ。
まさか生放送を自分ですることになるなんて、どきどきしてます」
なんて言って、老婆が畑を仕事を開始した。
「ばあちゃん、ライブ配信ね、ライブ配信」
老婆にそんな声がかかる。
年若い男の子の声だ。
老婆の孫であり、この動画を撮影しているカメラマンでもある。
《あ、ライブ配信だー》
《馬さん、かわいい》
《あー、スライムのライムちゃんー、こっち見てー》
視聴者は、常連の三人だ。
「あら、そうなの?
今はそう言うのね、マー君」
マー君と言うのが、孫でありカメラマンの愛称である。
《マー君さん、お疲れ様ー》
《おばあちゃんとマー君さん、おつー》
もっぱら映るのは、老婆だけだ。
というのも、この動画配信は好奇心旺盛な祖母が興味を持って、やってみたいと言い出したのがきっかけなのだ。
しかし、なにをどうやったらいいのかまるでわからなかった。
そんな老婆が頼ったのが、一緒に暮らしている孫である。
孫のマー君も時折、仕事の様子を配信してはいるが、顔出しはしていない。
孫に撮影と編集をお願いして、畑仕事の様子やペットの世話をするところ、そして手料理を作る場面などを配信してもらっていた。
いわゆる、ブイログというやつである。
人気のあるライブ配信とは違って、再生回数は最高で15回。
同接数も、五人が最大であった。
それでも、のんびりとした日常の配信に癒される、という人が見に来てくれていた。
けっしてバズる、なんてことはなかったけれど、老婆もマー君も趣味として楽しんでいる。
《一角ウサギのウーちゃん見たいなー》
コメントに応えて、マー君が一角ウサギを映す。
一角ウサギはスライムと戯れているところだった。
犬はといえば、尻尾をふりふり、老婆の横にくっついている。
冒険者達の配信する動画と違って、派手さもなにもない、はっきり言ってしまえば地味なだけの動画だ。
本当に日常の一コマをただダラダラと流している。
《かわいい》
《かわええ》
《ほっこり》
《癒される~(*´ω`*)》
同接数は変わらず三人のままだ。
初めてのライブ配信だけど、このままいつも通り終わりそうである。
《採った野菜は、今日の夕飯?》
コメントでたずねられたので、マー君が老婆へ伝える。
「ばあちゃん、観てくれてる人が、その野菜は今日の夕飯になるの?
だってさー」
「お昼ご飯にもだすよー、あと、近所の人にもおすそ分けするよ。
マー君、あとで持っていってね」
「はいはい」
老婆はある程度、作物を収穫すると、今度は別の畝に移動して雑草を草苅り鎌でとっていく。
《なるほどー》
《いいなー、採れたて野菜(о'¬'о)ジュルリ》
《久々に母さんの料理食べたくなる》
この調子で、初のライブ配信は終わる、そうマー君も視聴者達も思っていた。
しかし、動画に映った馬の様子がおかしくなる。
なにかを警戒しているのか、そわそわと落ち着きがなくなった。
同時に、スライム、一角ウサギも同じようにそわそわしだす。
犬だけは、ずっと老婆の横で尻尾をぶんぶんと振っていた。
《?》
《なんか、馬とペットたちの様子おかしくない??》
コメントが書き込まれると同時に、それまでしゃがみ込んで仕事をしていた老婆がよっこらせ、と立ち上がった。
瞬間。
グゥるるるるおおおおお!!
という咆哮が、響き渡った。
《え、なになに?!》
《咆哮、だよな??》
《え、まさか……ドラゴン?!》
ここで、何故か同接数が増えた。
マー君はカメラ、正確には携帯端末のアプリなのだが、それを空へと向ける。
さっきまで雲ひとつない快晴だった、そこに巨大な影がさした。
視聴者が書き込んだモンスター、【ドラゴン】が画面いっぱいに映し出される。
ここで視聴者の数が増えた。
常連含めて、全員がコメントを書き込む。
《にげてー!!》
《おばあちゃん、マー君逃げて!!》
《まずいって!!》
《にげろー!!!!》
《古代竜?!》
《エンシェントドラゴンじゃん!!》
《悪知恵と攻撃力がヤバいやつ!!》
《マー君!!おばあちゃんと一緒ににげろー!!!!》
しかし、撮影は続いていた。
「あ、今日の夕飯ステーキだ!」
という、マー君の呑気な声が動画で流れてしまう。
カメラは、続いて老婆を映す。
老婆は、
「あらあら」
と、実にのんびりしていた。
《あらあらじゃないって!!》
《にげてー!!》
《走って!!おばあちゃん走ってよー!!!!》
《ドラゴンステーキ食う前に、お前らが丸呑みされるって!!》
《にげろー!!!!!》
焦る視聴者たちをよそに、老婆は手にしていた草苅り鎌をかかげる。
そして、
「――えいっ!!」
狙いを定めて、遙か空を飛んでいるドラゴンへと投げつけた。
その様子をマー君はしっかり撮影している。
とくに驚く様子が無い。
草苅り鎌は、有り得ない速さでドラゴンへむかって飛んでいく。
その間にも、ドラゴンは首をもたげ、ブレスを吐く体勢をとった。
次の瞬間、伝説では国ひとつを滅ぼした記録もあるブレスが吐き出された。
しかし、そのブレスは草苅り鎌に当たったかと思うと消失してしまう。
そして、ドラゴンが訝しむ余裕すら無いまま、草苅り鎌はその胴体を二つにおろしてしまうのだった。
《……え?》
《はい??》
《え、ええええ!?!?》
コメントが戸惑いに彩られる。
真っ二つになったドラゴンが、落ちてくる。
ズズズン、と落ちた衝撃で地面が揺れた。
と、そこで、マー君がとあることに思い至る。
「あ!動画ジャンル違くなっちゃう!!」
《そこじゃねえ!!!》
《なんなん!?あのおばあちゃん!?》
《古代竜、たおしちゃった……》
「えとえと、これってグロ扱いになるから……。
R指定タグつけ直さないと!
運営に垢バンされちゃうよ!」
《マー君!!コメントみてー!!》
《それどころじゃないって!!》
《同接数とかヤバいことになってるよー!!》
常連たちが、必死に呼びかけるも、マー君は動画ジャンル諸々の設定を変えるのに集中しているのか気づいていない。
老婆も老婆で、ゆっくりとドラゴンに近づいていき、解体に入ろうとしている。
「マー君、てつだってー!!」
「待って待って!ちょっと待ってー。
よし、設定は直したから、うん。
今日はここまでにしよう。
それじゃ、観てくれた皆さん、いつもと違ってグロいの見せちゃってすみません。
また動画は投稿するので、見かけたらよろしくお願いします」
カメラマンの、本当に申し訳なさそうな声とともにそのライブ配信は終わった。
《まってー!!》
《終わらないでー!!》
《そのおばあちゃん何者なの!?》
《おばあちゃんからも一言!!!!》
そんなコメントは当然、当人たちに届くことはなかった。
配信終了とともに、この動画はいわゆるバズりをし、大変な騒ぎとなったのだが。
老婆とその孫がそれを知るのは、もう少し後のことである。