すべてはホンマでウソかもね
シーンは変わって、とある街の路地裏です。
風が、赤土を巻き上げていた。
陽が傾く街の片隅。
石造りの建物の隙間を裂くように、夕陽が長く射しこむ。
通りを行き交う人々の背が、その光を遮って伸びる影の中に消えていく。
その喧噪のなかを、銀の髪が静かに歩いていた。
外套の裾が埃混じりの風に揺れ、足元の石畳を引きずるように擦れる。
──銀髪屋。
旅するエルフの男。
酒場の片隅で杯を傾けるか、市場のど真ん中で声を張り上げる姿が常のはずが、
この日は言葉一つ発せぬまま、路地を黙々と歩いていた。
どこか、気配が違う。
すれ違った老人が、誰ともなく囁いた。
「……ほれ、噂になっとる兄弟のことじゃ」
兄弟──
その言葉が、風よりも鋭く銀髪屋の耳に刺さった。
足が止まる。
目を細め、立ち去る背中に声をかけた。
「……どこで聞いた?」
老人は少し驚いたように振り返り、目を細めた銀髪屋の顔を見て、ふっと笑った。
「お主、旅のもんか。なら教えちゃろ。あっちの荷積み場に、黒色の毛皮の若い獣人がおる。
つい数日前、西の町から流れてきた言うとったわ。噂も、どうやらそっからじゃ」
銀髪屋は目を伏せ、ひとつ頷いた。
そして、言葉もなく路地を折れた。
夕陽が、さらに傾いていた。
路地の奥へと一歩、また一歩。
踏みしめるたびに、足音が石畳に沈んで消える。
商人宿の裏手──
埃と樽の匂いが充満する、狭い荷積み場。
そこにいたのは、老人の言ったとおりの若者だった。
黒色の毛皮に、犬耳。粗末な麻の服を肩にかけ、黙々と樽を運んでいる。
銀髪屋は、その背へゆっくりと近づき、
荷を置いた瞬間を見計らって、肩にそっと手を置いた。
「……ちぃと、訊いてええかの」
若者は振り返るなり目を丸くし、すぐに警戒の色を浮かべた。
だが銀髪屋は、そのまま静かに問いかける。
「……西から来た、言うたんじゃの。ほう……あっちの方は、最近きな臭うていけんのぉ。
人の入れ替わりも多かろ」
若者が曖昧に頷く。
銀髪屋は、一歩だけ間を詰める。目は細いまま、声だけが湿り気を帯びて落ちる。
「──で。そこになぁ……こんな奴ら、おらんかったか?
ひとりは、痩せた人間の男じゃ。目ぇが笑うとらん。
どこ見とるかわからんようで、でも刺すような眼しとる。
もうひとりは、あんたとよう似た獣人じゃ。
灰色の毛皮で、斧かついどった。……気ぃが短うて、すぐ吠えるかもしれん。
──それと、ほれ。煙草の匂いが……ふっと、鼻先をかすめたこと、なかったかの?」
語り終えた後も、銀髪屋は一切目を逸らさん。
ただ、じっと、獣人の若者の反応を見つめとる。
若者の目が揺れた。
そして、しばし躊躇したのち、ぽつりと口を開いた。
「……正味な話、わしはその兄弟を見たわけやない。
けどな、わしが居った町で、ようわからん連中の噂がよう流れとったんや」
声には警戒が残っていたが、それ以上に、何か腑に落ちんような戸惑いが混じっていた。
「ふたり組の流れもんで、どっから来たか誰も知らん。
けど、一夜にして街中に名前が知れ渡って──
白の館の耳長と、鉄火のドワーフを同時に煙に巻いたっちゅう話や」
銀髪屋の眉が、わずかに動く。
若者は続けた。
「誰が味方で誰が敵かもわからんまま、みんな踊らされてしもたらしい。
“尻尾を掴んだ思うたら煙になっとった”って……まぁ、よう言うとったわ。
どんな顔してたとか、どんな声やったとか、そこまでは誰もはっきり言えんのや。
おかしな話やろ? でもな、そんな奴らがおったんや」
そこまで語ったところで、若者はふっと息を吐いた。
だが銀髪屋は、黙ったまま若者の顔を見つめ──
次の瞬間、口元にわずかな笑みを浮かべた。
「……ふふ、らしいの」
その呟きは、風に紛れて誰にも聞こえなかった。
陽が沈みきる頃には、銀髪屋はもう──すべてを聞き終えていた。
どこからともなく現れ、遠い町で一夜にして名を売った、名もなき流れ者の兄弟──
「王族の隠し子」「逃げた奴隷」などと、誰かが笑い交じりに噂していたが、
銀髪屋が耳を傾けていたのは、そんな尾ひれではない。
「……間違いなかろうの。あいつらじゃ」
そう呟き、空を見上げた。
──あの村が焼けたと聞いた夜。
手紙を書こうとしたが、宛てる先が無いことに気づき、紙を破った。
実際に足を運んでみたが、村は跡形もなく、風に吹かれて灰となっていた。
もう、兄弟はこの世に居らん──
そう思って、旅を続けてきた。
だが。
まだ、あの兄弟は──生きてる。
旅商にとって、情報は命や。
けれど、命より重い縁も、ある。
地図を広げるまでもなかった。
この先にいくつか街はあるが、もし兄弟が動くなら──向かうのは、サロマの三叉。
物が動く。情報が集まる。
裏も表もごった煮のような、あの無法地帯。
銀髪屋は腰の袋から、紙片をいくつか取り出した。
書き置き。頼み札。印のついた小物。
それらを、顔の利く商人や渡し場の管理人に託して回る。
「獣人の兄弟。弟は灰色の毛皮、猫耳。兄は痩せとるが、目が笑うてない。煙草の匂いがする。
──そいつらを見かけたら、伝えてくれ。
サロマの三叉で、待っとるとな」
夕焼けが完全に夜へと落ち、提灯の灯がゆらりと揺れる。
銀髪屋は一人、道の外れの小さなテントに戻る。
商売もせず、地図も広げず、ただ、じっと待つ。
──あの兄弟が、そこへ来ると信じて。
風が、夜の帳を揺らしていた。
春のG1戦線、勝てません。
次回もよろしくお願いします。




