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俺の兄貴と煙管と異世界ゴッドファーザー  作者: 柳屋玄吾
騒がしい日々の階段を
39/93

すべてはホンマでウソかもね

シーンは変わって、とある街の路地裏です。

風が、赤土を巻き上げていた。


陽が傾く街の片隅。

石造りの建物の隙間を裂くように、夕陽が長く射しこむ。

通りを行き交う人々の背が、その光を遮って伸びる影の中に消えていく。


その喧噪のなかを、銀の髪が静かに歩いていた。

外套の裾が埃混じりの風に揺れ、足元の石畳を引きずるように擦れる。


──銀髪屋。


旅するエルフの男。

酒場の片隅で杯を傾けるか、市場のど真ん中で声を張り上げる姿が常のはずが、

この日は言葉一つ発せぬまま、路地を黙々と歩いていた。


どこか、気配が違う。


すれ違った老人が、誰ともなく囁いた。

「……ほれ、噂になっとる兄弟のことじゃ」


兄弟──


その言葉が、風よりも鋭く銀髪屋の耳に刺さった。

足が止まる。

目を細め、立ち去る背中に声をかけた。


「……どこで聞いた?」


老人は少し驚いたように振り返り、目を細めた銀髪屋の顔を見て、ふっと笑った。


「お主、旅のもんか。なら教えちゃろ。あっちの荷積み場に、黒色の毛皮の若い獣人がおる。

つい数日前、西の町から流れてきた言うとったわ。噂も、どうやらそっからじゃ」


銀髪屋は目を伏せ、ひとつ頷いた。

そして、言葉もなく路地を折れた。


夕陽が、さらに傾いていた。

路地の奥へと一歩、また一歩。

踏みしめるたびに、足音が石畳に沈んで消える。


商人宿の裏手──

埃と樽の匂いが充満する、狭い荷積み場。


そこにいたのは、老人の言ったとおりの若者だった。

黒色の毛皮に、犬耳。粗末な麻の服を肩にかけ、黙々と樽を運んでいる。


銀髪屋は、その背へゆっくりと近づき、

荷を置いた瞬間を見計らって、肩にそっと手を置いた。


「……ちぃと、訊いてええかの」


若者は振り返るなり目を丸くし、すぐに警戒の色を浮かべた。

だが銀髪屋は、そのまま静かに問いかける。


「……西から来た、言うたんじゃの。ほう……あっちの方は、最近きな臭うていけんのぉ。

人の入れ替わりも多かろ」


若者が曖昧に頷く。

銀髪屋は、一歩だけ間を詰める。目は細いまま、声だけが湿り気を帯びて落ちる。


「──で。そこになぁ……こんな奴ら、おらんかったか?

ひとりは、痩せた人間の男じゃ。目ぇが笑うとらん。

どこ見とるかわからんようで、でも刺すような眼しとる。

もうひとりは、あんたとよう似た獣人じゃ。

灰色の毛皮で、斧かついどった。……気ぃが短うて、すぐ吠えるかもしれん。

──それと、ほれ。煙草の匂いが……ふっと、鼻先をかすめたこと、なかったかの?」


語り終えた後も、銀髪屋は一切目を逸らさん。

ただ、じっと、獣人の若者の反応を見つめとる。


若者の目が揺れた。

そして、しばし躊躇したのち、ぽつりと口を開いた。


「……正味な話、わしはその兄弟を見たわけやない。

けどな、わしが居った町で、ようわからん連中の噂がよう流れとったんや」


声には警戒が残っていたが、それ以上に、何か腑に落ちんような戸惑いが混じっていた。


「ふたり組の流れもんで、どっから来たか誰も知らん。

けど、一夜にして街中に名前が知れ渡って──

白の館の耳長と、鉄火のドワーフを同時に煙に巻いたっちゅう話や」


銀髪屋の眉が、わずかに動く。


若者は続けた。


「誰が味方で誰が敵かもわからんまま、みんな踊らされてしもたらしい。

“尻尾を掴んだ思うたら煙になっとった”って……まぁ、よう言うとったわ。

どんな顔してたとか、どんな声やったとか、そこまでは誰もはっきり言えんのや。

おかしな話やろ? でもな、そんな奴らがおったんや」


そこまで語ったところで、若者はふっと息を吐いた。

だが銀髪屋は、黙ったまま若者の顔を見つめ──


次の瞬間、口元にわずかな笑みを浮かべた。


「……ふふ、らしいの」


その呟きは、風に紛れて誰にも聞こえなかった。


陽が沈みきる頃には、銀髪屋はもう──すべてを聞き終えていた。

どこからともなく現れ、遠い町で一夜にして名を売った、名もなき流れ者の兄弟──


「王族の隠し子」「逃げた奴隷」などと、誰かが笑い交じりに噂していたが、

銀髪屋が耳を傾けていたのは、そんな尾ひれではない。


「……間違いなかろうの。あいつらじゃ」

そう呟き、空を見上げた。


──あの村が焼けたと聞いた夜。

手紙を書こうとしたが、宛てる先が無いことに気づき、紙を破った。

実際に足を運んでみたが、村は跡形もなく、風に吹かれて灰となっていた。


もう、兄弟はこの世に居らん──

そう思って、旅を続けてきた。


だが。


まだ、あの兄弟は──生きてる。


旅商にとって、情報は命や。

けれど、命より重い縁も、ある。


地図を広げるまでもなかった。

この先にいくつか街はあるが、もし兄弟が動くなら──向かうのは、サロマの三叉。


物が動く。情報が集まる。

裏も表もごった煮のような、あの無法地帯。


銀髪屋は腰の袋から、紙片をいくつか取り出した。

書き置き。頼み札。印のついた小物。

それらを、顔の利く商人や渡し場の管理人に託して回る。


「獣人の兄弟。弟は灰色の毛皮、猫耳。兄は痩せとるが、目が笑うてない。煙草の匂いがする。

──そいつらを見かけたら、伝えてくれ。

サロマの三叉で、待っとるとな」


夕焼けが完全に夜へと落ち、提灯の灯がゆらりと揺れる。


銀髪屋は一人、道の外れの小さなテントに戻る。

商売もせず、地図も広げず、ただ、じっと待つ。


──あの兄弟が、そこへ来ると信じて。


風が、夜の帳を揺らしていた。

春のG1戦線、勝てません。

次回もよろしくお願いします。

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