トイレの紙様
前回に引き続き、お読みいただきありがとうございます。
今回は、文明に毒づく兄貴の朝の“戦い”から始まります。
粥と灰と、ほんの少しの尊厳とともに過ごす寒村の朝。
ただ生きること、それ自体が戦いやというお話です。
「なんでやねん……なんで毎朝、崩れとんねん……!」
朝露に濡れたわら束と土の間に、荒れた声が響く。
地面には、木の枝と泥で囲った粗末な穴がぽっかりと開いていた。
囲いは一部崩れ、踏み板は濡れて、半ば泥に沈んでいる。
その前にしゃがみこんでいた少年が、スコップを投げ出して頭を抱える。
「昨日ちゃんと埋めたやろが……! “トイレ”ってのはな、普通は穴じゃないんや! 水が流れて、自動で蓋が閉まって、座ったらぬくいんやぞ! ケツが冷たいって、拷問か!」
返事はない。
返ってくるのは、森の奥から獣の唸りと、鳥の羽音だけだ。
小屋の裏手で斧を振っていた獣人の少年が、斧を止めて振り返った。
「兄ちゃん、また穴くずれたんか?」
「ポチ、スコップ持ってこい。お前も今日から修行や」
「……ポチってなんやねん?」
「日替わり制や。昨日はタローやったから、今日はポチ」
「名前そんなんやったっけ……」
不思議そうに首をかしげた弟に背を向けて、兄はぶつぶつ言いながら小屋の中へ引き返した。
木と土で組まれた狭い家の中では、母が朝粥を煮ていた。
火は弱く、窓から入る冷気を追い出せずにいる。
壁際には長兄が黙って座り、火の前には父が足を組んで焚き木を足していた。
双子の妹たちが小さな手で器を並べている。
「お兄ちゃん、おかえり~」
「また便所と戦ってたんやろ~?」
「お前ら……人の尊厳を朝から雑に踏みつけるなよな……」
「『ケツ凍った!』ってまた叫んでたで~」
「母ちゃん、今日も俺の尊厳は”0スタート”やで……」
「ほら、お兄ちゃん。湯足したげるから手ぇ出して」
兄が椀を受け取ると、隣にいた弟がぽつりと呟いた。
「兄ちゃん、毎朝元気やなあ……」
「“ハミガキ”も“シャワー”もない暮らしで生きてるだけで偉いんやで、こっちは。これ、文明崩壊やぞ?」
「……ハミガキって、食いもんか?」
「ちが──うわっ……もうええわ。ほんまお前は、アホの子やな」
「せやけど、兄ちゃんが言うことって、なんか正しそうな気ぃするんよなぁ……」
「せやな…ってちゃうねん! なんか“それっぽい”だけのやつが一番危ないねん!」
家の中には、粥の湯気と、湿った薪の煙と、ほんのり焦げた獣の脂の匂いが漂っていた。
寒さと匂いと、家族の声。
そのすべてが、この村の朝だった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
種族によって”なんちゃって方言”を多用していくつもりです。
仁義なき戦いの雰囲気を意識してるつもりです。
次回もよろしくお願いします。