やさしい狩りをして
3人のナガ族が村にもたらすものは。
村長の家の戸が閉まったあと、兄と弟は外で待っていた。
弟は門番を放棄したことをすっかり忘れて、斧を腰にぶらさげたまま家の壁にもたれていた。
「……なあ兄ちゃん、あいつらけっこうええヤツなんちゃう?」
「いや、それはまだ早いやろ。あのテンションで毒草吸って生きてるやつやで?」
「ワイが言いたいんはな、変なヤツやけど、こう……悪い気せんっていうか」
「お前、狩りの話されたらちょっと尻尾揺れてたで」
「うん。あとビジャーの腰の鈴、ちょっと気になる。あれ、敵に聞かれへんのかなって」
「いや聞こえるやろ。あんなん鳴らしながら襲ってきたらホラーやで」
「……でも、ちょっと欲しい。ワイもああいうの、つけてみよかな」
「ほんまに付けるんか。チリンチリン言いながら斧振るんか?」
「鳴ったらかっこええやん。“チリンッ”てして、“ドーン!”ていくやつや」
「効果音で戦うな。ゲーム脳かお前は」
「げーむ? なにそれ」
「……禁句やったな。忘れてくれ」
「兄ちゃんも煙草で買収されとったやん」
「ちゃう、あれは戦略的譲歩や。平和のための妥協や」
「言い訳の種類増やしとるだけやん」
「うるさいわ、門行け門。お前仕事途中やったやろが」
「え?」
弟が顔を上げて、斜め上を見た。
「ワイ……今、門番中やったっけ?」
「せや。全力で放棄してたけどな」
「やっべ!!」
弟はその場で跳ねるように立ち上がると、斧を背負って全速力で走っていった。
その背中を見送りながら、兄がぼそっと言った。
「ほんまにイベント起きたらどうすんねやろな、あいつ」
そのとき、家の戸が開いた。
マルコー、カミ、ビジャーの三人が揃って出てくる。
マルコーはすっかり馴染んだ顔で、手を上げた。
「ありがとさ〜。話すだけ話せたさ〜」
兄が目を細めた。
「どないやった?」
「村のはずれの空き屋、借りれることになったさ〜。広さもまぁまぁ、屋根もまだ落ちてない!」
「評価基準ゆるいな」
「住めるなら御の字さ〜」
そこへ、どこからともなく双子がぴょこんと現れた。
「こんにちはー!」
「びじゃーくん、て言うんやろ? うち、リゼ。こっちはカシア」
「にゃーん! よろしくやっさ〜! ふたりとも毛並みつやつやしててうらやましいさ〜!」
「びじゃーくん、名前変やけどおもろい!」
「うち、びじゃーくんの鈴、鳴らしたい!」
ビジャーが嬉しそうに腰を左右に振って、チリンチリンと音を立てる。
「にゃはっ、もっと鳴らすかー?」
「鳴らすー!」
兄が煙管を咥えながらぼやいた。
「おいおい……妹らにあんまり馴れ馴れしゅうすんな。
こいつら脳みそは軽いけど、かわいさだけで生きとんねんからな」
兄が朝の陽を浴びながら、縁側に腰かけて煙管に火をつけていた。
乾いた風が土の匂いを運んできて、家の前に吊るされたタバコ葉がぱりぱりと揺れる。
斧の音と笑い声が遠くから聞こえてきた。
「……で、今日もナガの連中と狩りか?」
斧を背負った弟が戻ってきて、靴の泥を軽く払った。
「せや! もう三日連続や。ワイらは一日おきでええ思てるのにな、あいつら体力バケモンやわ」
「ようついてってるな、お前。で、どないや? 狩りの腕は?」
弟はにかっと笑った。
「ええ動きしとるで! 三人で獣を囲むんやけどな、なんか……音がせんねん。
動きもめちゃ早いし。見とったら“え、今どこにおったん!?”ってなるくらいや」
「ほう、忍び足の達人やな。けどまあ、お前の斧でドカンの方が早ない?」
「腕力だけやったら獣人のが上やと思う。
でもな、一対一ならともかく、多対一とか、連携で来られたらめっちゃやりにくそうやなって」
兄は煙をくゆらせながら、じろっと弟を見た。
「……お前、なんでいきなり喧嘩する気満々になっとんねん」
「いや、もしもの話や! 万が一ってあるやろ? そんときの動き考えとくのが狩人の心得や!」
「心得ちゃう、それは妄想って言うねん。脳筋が過ぎとるぞポチ」
弟は軽く鼻を鳴らしながら笑った。
「戦場では備えが命やで」
兄は煙を吐いて、ちらと弟を見た。
「……で、気になることは? なんか妙な動きとか、変な会話とか」
弟は少しだけ首を傾げた。
「んー……あいつら、よう笑うし、村の子どもとも遊んどるし、ええヤツらやと思うけどな。
ただ、狩りのあとに獲った獣を解体するとき、特定の部位だけ妙に丁寧に扱うなって思うことはある」
「特定の部位って?」
「せやな……たとえば肝とか、牙のつけ根とか、喉の奥とか。
ワイはようわからんけど、“ここだけは傷つけるな”って空気が出とるんよ」
「なるほど。素材として高く売れるんか、それとも別の……ま、まだ様子見やな」
「まあ陽気やしな、普通にええ連中や思うけどな」
兄はしばらく黙って煙をふかし、それから言った。
「で、あいつらから狩人協会の話とか出えへんかったか?」
「おー、それな! ちょうど昨日ビジャーに聞いたわ!」
「よりによってビジャーか……」
「なんや、あかんの?」
「いや、お前より頭のネジゆるいヤツから情報得ると、全体がふにゃふにゃになんねん」
「聞く前から偏見すぎるやろ!」
弟は半ば笑いながら、昨日のやりとりを思い出すように語った。
「なんでも、協会は街に行ったときに素材の買い取りしてくれるから、大人らはだいたい登録しとるんやって。
ビジャーらも登録はしてるらしいで。ちゃんと番号も持ってるらしい」
「ふむ。そこは意外と真面目なんやな」
「せやけどな、上の方は人間ばっかりで、異種族には冷たいらしいわ」
「うん、そこは想像どおりやな」
「でな? “あの組織にあんまり近づかん方がええさ〜”って言われた。
理由聞いたら、“汚いこといっぱいやってるから”って」
「雑やな情報源。だいぶ煙たい方向で終わっとるやん」
「ワイが協会入りたいって言ったら、“やめとけ〜、登録した瞬間から値切られるさ〜!”って」
「……なあ、今んとこ一番説得力あるセリフ、それやわ」
「ビジャーの言うこと、わりと正しいやろ?」
「せやけど、それ本気で信じると、次の市場で“ワイ、値切られるから登録してへんねん”とか言い出すぞお前」
「えっ、言うたらあかんの?」
「お前は一生、商人にカモにされる運命やな……」
兄は小さくため息をついて、煙管をくるくると指で転がした。
村に新しい風が吹く。
風上の匂いは兄弟に何を見せるのか。
次回もよろしくお願いします。