ナガ自慢の煙草の葉
3人のナガ族と兄弟の交流です。
ナガ族と言えば、そう煙草です。
門の前。
兄は軽く手を挙げ、深く息を吸い込んだ。
「ようこそ。…旅の途中だそうで?」
ナガ族の真ん中に立つ男――マルコーが、柔らかく笑った。
「やいびーん、その通りやさ。お邪魔になるつもりはないよ。
ちょっとだけ寄らせてもらえたら、それでじゅーぶんやいびーん」
口調は丁寧だが、語尾の抑揚が強く、どこか歌っているようにも聞こえる。
兄は目を細め、軽くうなずいた。
「で、その“ちょっとだけ”ってのは、どれくらい“ちょっと”なんやろな」
マルコーは肩をすくめた。
「月ぬ満ち欠け一度ぶん……長う感じたら二度ぶん?」
「それは“ちょっと”の概念がまるで合わんやつやな」
弟はその背後に立ち、無言で斧の柄をゆっくりと撫でていた。
目は笑っていない。笑い方すら忘れてきている。
マルコーがちらりと弟を見て、軽く手を振る。
「おぉ、そっちはきっと“護り”のひとやいびーん? 立派な筋肉しとるね〜。牙もあるか?」
「……あんた、うちの弟を犬扱いするのはやめてくれる?」
「え、兄さんの弟ぉ? うわぁ、そっくりやっさー! 目元とかもう、瓜ふたつ!」
「いや、まったく似てへんやろ。耳と牙生えとる時点で人種違うやん」
「心のかたちが似てるって意味やさ〜。顔じゃない、感じ!」
「うさんくさっ……!」
兄が額を押さえている横で、弟は微動だにしない。
その立ち姿は完全に“門番”だった。
斧を斜めに構え、ただじっと、視線だけをナガ族三人に向けている。
「さて」と、兄は改めて視線を戻した。
「要件は、“村長と話がしたい”でええんよな?」
「そやそや。ちょっとだけ、交渉のお願いさせてもらいたくてぃ。
大した話じゃないさ〜。獣のことやら、素材のことやら……」
「素材、な」
兄の口元がわずかに動いた。
「うちの村で“素材”いうたら、たいてい“ベスティアの遺体”のことなんやけど……それで合ってる?」
「おぉ〜! 話が早い! もう通じ合ってるさ〜」
「ぜんっぜん安心できへんタイプの共感やわそれ」
「もしかして兄さん、昔どっかでナガにまざって暮らしてた?」
「いや俺、生まれてこのかた、ナガどころかオキナワ行ったこともないねん」
「おきなわってなんやさ〜!」
弟が一瞬だけ眉をひそめ、兄の横顔を見た。
「兄ちゃん……いまの、なんの呪文?」
「ちがう、文明の名残。気にすんな」
三人のナガ族は、相変わらず屈託のない笑みを浮かべていた。
その後ろで、カミが無言で立っている。
無口なその男の目だけが、村の中をじっと観察していた。
兄は気づいていたが、何も言わなかった。
「……まあ、村長に通すわ。とりあえず、下手な動きせんようにだけ、頼むで?」
「まっかしとき〜!」
ビジャーがひょこっと出てきて、ポンと鈴を鳴らすように腰の飾りを跳ねさせた。
弟の耳が、ぴくりと動いた。
兄が歩き出すと、三人のナガ族もついてくる。
弟は斜め後ろから視線だけで監視していた。
ビジャーは「にゃーん」とか言いながら石を蹴って遊んでいる。
弟は蹴られた石に視線を移したが、何も言わなかった。
マルコーが笑いながら言う。
「兄さん、兄さん。我ら三人、流れの狩人チームやいびーん。
ほんとは中原で稼ぐ予定やったけど、獣が薄くてよ〜。
それでこの辺境まで出張してきたんさ」
「うん」
「でな? こっちでベスティアの噂聞いて、“これはもしや大当たりか?”ってことで来たんやけど」
「うん」
「できれば、村にちょっと滞在させてもらってな。狩りさせてもらえたら最高さ〜。
獲った獲物は村と折半でもいいし、いや三割でも……いや、むしろ食わんし」
「……うん」
「ん?」
「まあええやろ。細かい話はうちの親父にしといてくれ」
「えっ、兄さんがまとめてくれるんじゃないの?」
「いや、俺そういう公式交渉担当ちゃうから。“しゃべれるヤツ”ってだけやから」
「便利屋さ〜?」
「それな。たぶん村で一番めんどくさい立場のヤツやわ」
兄が相変わらずめんどくさそうに歩く横で、弟はふと顔を上げた。
三人組の背には弓や槍、動きは軽く、笑いも絶えない。
それでいて、どこか“獣の気配”をまとっている。
弟の中に、ふつふつと何かが湧いた。
(……あいつら、どんな狩りすんねやろ)
見たことのない技、聞いたことのない動き。
それが見れるかもしれない――そう思うと、胸の奥がぞわっと震えた。
その横で、兄がぽんと煙管を取り出した。
いつもの、あの黒い短いヤツだ。
「……あー、ちょっと吸うわ。話すと喉渇く」
マルコーがぴくっと反応した。
「それ、もしかして我らの“ヴェラ草”か? ナガ製?」
「ちゃう。自家製や」
「えっ、自家製!?」
「うん、山の陰で育ててん。肥料は鳥の糞。乾燥は天日。
味は……まあ、吸えるっちゃ吸える」
「一口くれや!」
唐突に、マルコーが自分の煙管を取り出して突き出してきた。
「は?」
「交換! 我が家の味と、兄さんの野生を比べてみたい!」
「おまえな……まあええけど」
兄はしぶしぶ葉を詰め、火をつけてマルコーに渡す。
マルコーは豪快に吸い込んで、次の瞬間――
「ゲホッ! ぅわぁ、何この味!? 腐った床下の味するさ〜!!」
「おい、それは失礼やろ! 手間かけて育てたんやぞ!」
「手間かけて腐らせたって意味やさ〜! 兄さん、これ毒草混じっとるんちゃう?」
「毒草ちゃう! 誇り高き……野草や!」
「野草の誇りってなにさ〜!? これで喉鍛えてるなら、我らの“ヴェラ草”あげるさ! 命のために!」
マルコーはそう叫びながら、腰袋から乾いた葉で包まれた刻み煙草の束を取り出し、革紐を解いて兄に押しつけた。
「これ! ヴェラ草さ! ちゃんと乾かしてあるから!
ほら兄さん、もうそれ吸うのやめてこれにしよ、命のために!」
兄は一拍おいて、しれっと受け取った。
「おぉ、ありがとな」
弟がぽつりとつぶやいた。
「……兄ちゃん、買収されとるやん」
「ちゃう、これは外交や。友好の証や」
「ただの貢ぎ物やん……しかも受け取るの早すぎやろ」
マルコーはにかにか笑いながら、両手を広げた。
「これで兄さんと我ら、ひとつの葉っぱで繋がったさ〜!」
「喉の奥で繋がらんでええ……」
…
やがて、村長の家――兄弟の家に到着した。
戸口が開き、額に古傷を刻んだ男が、無言で姿を現す。
マルコーが一歩前に出て、朗らかに頭を下げた。
「おぉ、親父殿やさ? 我ら旅の狩人やいびーん。ほんの少しだけ、お願いしたい話があってぃ…」
父は何も言わず、ただ兄を一瞥してから、ゆっくりと家の中へ引き返していった。
マルコーがぽかんとした顔をする横で、兄がぽそっとつぶやいた。
「よっしゃ、通ったわ」
弟が即座にツッコむ。
「いや、今なんも言うてへんかったやろ?」
兄は煙管をくわえたまま目を細める。
「目が言うてた。“通れ”ってな」
煙草で簡単に心を開く兄。
こう見えて欲望には忠実なお兄ちゃんなんです。
さて、この3人、どのように村に絡んでくるのか。
次回もよろしくお願いします。