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ヘンキョウ・シャンディ・ランデヴ

ようやく、物語が動かせそうです。

森を渡る風が、村の柵の外を抜けていった。

昼下がりの陽射しはまだ柔らかく、湿った土と獣のにおいがゆっくりと空に溶けていく。

木々の間から差し込む陽光は斜めで、どこか傾きかけた季節の気配を感じさせた。


子どもたちの笑い声が遠くで跳ね、木槌の音が工房から響く。

畑では双子がしゃがみこんで芋を洗い、母は藁束を干す手を休めて空を見上げていた。

どこにでもある村の午後。変わらぬ風景。

誰もが、今日も昨日と同じく、明日を迎えるものだと信じて疑わなかった。


――そのとき、村の柵の外から、軽やかな足音が聞こえた。


最初にそれに気づいたのは、狩人の塔にいた弟だった。

斧を磨いていた手を止め、耳を澄ませる。

風ではない。動物のそれでもない。

人の、それも三つの足取りが、乾いた土を蹴ってこちらへ向かってきていた。


柵の向こうに姿を現したのは、三人の旅人だった。


日よけの大きな布を肩から流し、素足に革巻き、背には弓と槍――

それは行商の恰好ではなかった。

荷を背負わず、重い荷車も伴っていない。

旅ではなく、狩りの装備。けれど、身構える気配はなかった。


三人はすべて長身で、肩のあたりにうっすらと鱗が浮かんでいる。

浅黒い肌と、陽に焼けた白い歯、黒曜石のような髪。

まぎれもない、南方の血を引く者――ナガ族。


その真ん中にいた若者が、にっと笑った。


「――ハイサイ!」


南の海の風を思わせるような軽さだった。

ひとつの言葉が、村の空気をわずかに揺らした。


それはまだ、不穏ではなかった。

けれど“異質”だった。

誰の心にも、まだ警戒という名の火は灯っていない。

ただ、誰かが言葉を返すまでの、その数秒――

空気が、静かに沈んでいた。


「ワッター、南の方から来たモンやさ。イチチュうくとぅ、獣を追う道の途中に寄っただけやいびーん。

すみませんが、村の長とお話ししたくてぃ……」


そこまでは、丁寧だった。

聞き取りづらいながらも、何を言っているかはわかる。

弟は小さく頷きかけ――その直後、聞き取るのを諦めた。


「アヌ、ムルドゥナグスンでぃやさ、チューヌアギジャナイでぃし、ワンネーイイチクユカ!」


「……は?」


語尾が、ねばついた音に変わっていた。

意味も文法も溶けて、陽気な波に乗って押し寄せるだけのリズムになった。

弟は頭を傾げ、数秒のあいだまばたきをしてから言った。


「えっと……ちょ、ちょっと待ってな。えーと、門の前で待っといてくれる?」


三人はにっこりと頷いた。礼儀正しい笑みを崩さず、きちんと並んだまま。


弟は小さく手を上げると、くるりと背を向けて走り出した。



※ ※ ※


「――兄ちゃん! あかん、訳わからんナガ来た!」


畑の縁でタバコ葉を見ていた兄が、顔を上げた。

「は?」


「いや、ほんまにな、最初は丁寧やったんや! 

“こんにちは、通りがかりです”って言うたのもわかってん!」


「うん」


「でも途中からや! 急に“アギジャナイ”とか言い出して、もう半分も聞き取れへんねん!」


「アギジャナイ……? なんそれ、料理名?」


「知らん! ただノリだけは陽気や! あと鱗あった! 槍も持っとる! でも笑ってる!

けど訛りがすごい! あと村長に会いたいって!」


「情報の圧がすごいな。」


「でな? 兄ちゃん行ってくれへん? たぶん交渉事系は兄ちゃんのが向いてるわ。

兄ちゃんしか無理や」


「断言早すぎやろ。まあええけど……俺も“ナガ訛り”は通訳できるほどちゃうぞ?」


「それでもワイよりは大分マシや!」


「大分マシて。お前、俺をどんな能力持ちの人間やと思ってんねん……」


※ ※ ※



門の前には、相変わらず三人のナガ族が並んでいた。

それぞれ風の抜けるような笑みをたたえたまま、少しも動かずに立っている。

一番左の若者が、兄を見るなり手を挙げた。


「――ハイサイ! お兄さんかい? 話せる人おって助かったやいびーん!」


「うん、こっちも助かったわ」


兄は穏やかに返しながら、弟にこっそりと囁いた。


「なあ、今のはだいたい分かったけど……お前、これも聞き取れんかったん?」


「無理やった! 語尾がにょろにょろしてて、語尾が語尾ちゃうねん!」


「お前の説明がにょろにょろしてんねん」


兄は小さくため息をつきながら、肩の力を抜いた。


「……よっしゃ、聞くだけ聞いたろか」


このとき弟は、ほんの少し安心していた。

兄がいれば、なんとかなる――そう思える空気が、確かにあった。


だがこの数日後、ふたりの運命を大きく変える出来事が訪れるとは、まだ想像もしていなかった。

ナガ族は蛇を祖先に持つ南方出身の種族です。

南方出身で沖縄訛りっていう安直な種族ですが、楽しんで頂けたらうれしいです。

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