やさしさと葉っぱに包まれたなら
平和を堪能する兄弟の日常を切り取ってみました。
世界や文化は違えど、家族ってのは良いものです。
陽が高くなる頃には、畑の上にやわらかい霧が降りていた。
森の奥から流れてくる湿気が、まだ細い葉の上にしっとりと溜まっている。
兄は、腰をかがめて葉を一枚ずつめくっていた。
うまくいけば来月には乾かせる。けれど今はまだ、色も形も頼りない。
吸ったら舌がしびれるか、泥水をこぼしたような味になるやろうな
――そう思いながら、目を細めたそのとき。
「お兄ちゃん! あそ――じゃなくて、お手伝い来たんよー!」
「うちも! ほら見て、手袋もしてきた!」
ぱたぱたと足音を鳴らしてやってきたのは、双子の妹たち。
姉のカシアは黒い短髪、妹のリゼは灰色のふわ毛。どっちも、にかっと笑うと猫の子みたいや。
「お手伝い言うても、ここの畑は楽しいもんないぞ。虫と葉っぱと、あと……石ころくらいやで」
「石ころあつめる!」 「うちはおっきい葉っぱさがす!」
「いや、それ手伝いちゃうやん……」
兄が半眼で言いかけると、ふたりはもう勝手に畝に入って、葉っぱをめくったり石を拾ったりしとる。
まあ、楽しそうやからええかと、兄は腰を上げ直した。
「お兄ちゃん、これな、三枚あつめたら、どれくらいの大きさになるん?」
カシアが、小さい葉を指でつまんで見せた。
兄はそれをひょいと受け取り、掌に並べる。
「三枚やったら……うーん、兄ちゃんの顔の半分くらいかいな」
「えっ、じゃあ六枚やったら!?」 「お兄ちゃんのかお全部や!」
「せやな。でも、六枚でもまだ一本分の“くるくる”には足らんわ」
「“くるくる”って、あの、ぷかーってするやつ?」
「そうそう。煙出るやつ。くっさいやつ」
「ぷかー!」「くっさー!」
ふたりが真似して、両手で輪っかをつくってふーふーしてる。
兄はそれを見て、ぷっと吹き出した。
「そんなにやりたいんか? やめとけ、舌が変な味になるだけやで」
「じゃあ、お兄ちゃんがぜんぶ吸ってええよ!」
「うちはそのかわり、葉っぱ三まいで、おやつと交換してな!」
「なんで交渉は成立しとんねん……」
兄がぼやくと、ふたりはまた笑って転げまわる。
ほんまに、こいつらは天気みたいや――気にせんでも笑って、気にせんでも泣く。
「なあ、お兄ちゃん」
土のついた手で、リゼが兄の袖を引いた。
「この葉っぱ、いっぱいあつめたら、おっきいおうち建てられるん?」
「そやな。いっぱいあったら、建てられるかもしれんな」
「ほんま!? うち、お兄ちゃんのとなりの部屋がええ!」
「じゃあ、うちは上の部屋! 天井で寝る!」
「……アホやなあ。けど、ええな。そんなん建てよか」
兄は目を細めて、ふたりの泥まみれの笑顔を見た。
その笑顔が、畑の葉よりまぶしく感じた。
畑の端に差しかかったころ、木立の向こうから音がした。
風とは違う、土を蹴る音。獣の気配ではない。
兄は一度だけ目を細め、そして葉を揺らす音に耳を澄ませた。
「ちい兄ちゃんや!」
「帰ってきた!」
先に反応したのは双子だった。
ふたりは畝を飛び越えて駆け出し、足元の泥も構わず一直線。
兄が止める間もなく、森のほうへぴゅうっと飛んでいく。
「こら、まだ荷物持っとるかもしれんやろが!」
そう言いつつも、兄も後ろからゆっくり歩き出した。
ほどなくして、斧を背にした弟が、双子に引っ張られながら姿を現した。
「ただいまー……うわ、なんや、どっちも泥まみれやんけ」
「ちい兄ちゃんもやろ!」 「うちらな、おてつだいしてたんやで!」
「ほーう。おてつだい言うて、また葉っぱの数かぞえてたんちゃうか?」
「ばれとる!」
双子は声を揃えて笑い、弟の荷物を勝手に引っ張り始める。
獲物の重みによろけながらも、弟は苦笑しつつバランスを取った。
「ちょ、待てって、そっち斧入ってる袋やから!」
「じゃあうち、お肉のほう持つ!」 「うちは、ちい兄ちゃんの手つないどく!」
「どっちも助かってへんやんけ!」
兄がやれやれと頭をかいたちょうどそのとき、双子がぱっと顔を見合わせた。
「なあなあ、あれしよ! “ただいま”のやつ!」
「うんうん! せーのっ――」
「おかえりなさいませぇぇぇ、王子さまー!!」
ふたりが腕を広げて同時に叫ぶと、弟はぎょっと目を丸くし、獲物ごと地面にひっくり返った。
「な、なに!? なんやそれ!? なんの儀式やねん!?」
「おかえりなさいませごっこや!」 「うち、さっき思いついてん!」
「この村で誰がそんな文化育てたんや……」
弟は苦笑しながら起き上がり、泥を払って獲物を回収する。
兄は笑いを噛み殺しながら、荷物の一部を受け取った。
「王子さまやと。だいぶ盛ってんなあ」
「うるさいわ!」
村道を、笑いながら戻っていく四人の影が、夕日に長く伸びていた。
炊きあがる飯の匂いが風に乗り、家々の戸が開く音が重なる。
平和な話が続いていますが、これは異世界アウトロー物語。
ゆっくりとストーリーを動かしていきたいと思います。