成人の夜の夢
獣を討ち、血を浴びた少年たちが村へ戻る夜。
焚き火の火は、人と記憶を温めながら、ただ静かに揺れていた。
今宵、兄弟は何を語るのか──
広場には火が三つ、同時に燃えていた。
獣の脂でよく乾いた薪が爆ぜ、火の粉が跳ね上がる。
それぞれの焚き火を囲んで、子どもも大人も、入り乱れて笑っていた。
串焼きが縦横に渡され、香ばしい煙が空へと昇る。
粥は大鍋でとろとろと煮られ、木の匙が止むことはなかった。
焼いた芋の皮があちこちで剥かれ、蜜の壺が回されるたびに歓声が上がる。
酒の壺も空気の中に回っていた。
木杯に注がれた草の香りが鼻をくすぐり、
少しだけ陽が落ちた夜空には、早くも一番星が顔を出していた。
広場の中央で、双子の妹たちが踊っていた。
隣で太鼓のような木桶が叩かれ、音に合わせて年寄りも膝を揺らしていた。
弟は、端の焚き火のそばで膝を抱えていた。
腕の包帯がまだ新しく、肩の革は血に硬くなっている。
兄はいつものように煙管をくわえて、火を見つめていた。
「……おい、ポチ。肩、どうや」
弟は顎で自分の包帯を指した。
「たいしたことあらへん。獣人やし、朝には塞がっとる」
兄は煙を吹きながら眉をひそめた。
「いやいや、ちゃんと消毒せな、ばい菌入るで。破傷風とか、膿んで腕ちぎるハメになんぞ」
「ばいきんてなんやねん。こっちは腐った肉で育っとんねん」
「せやからあかんねん。どんな世界やねんここ。水も沸かさんと飲むし、
歯も木でつつくだけやし、水浴びも週一やし……おまけに包帯は生乾きやろ、カビやでカビ」
「文明ボヤキはええって。兄ちゃん、いっつも火見ながら愚痴っとるで」
兄はじっと弟の顔を見た。
少し目を細めて、ふっと口角を上げた。
「……で? どうやったん、自分。大人になれたか?」
弟の目が一瞬で輝いた。
「なった! なったったで!! ベスティアを斧でドーンや! 血ぃブシャァや!!」
「小学生かお前は」
「いやほんまやって! 最初はビビって動けんかったけど、兄ちゃんの『生き残ったら勝ち』って言葉思い出して、
気がついたら叫んで突っ込んでたわ。気づいたら笑っとった」
「それが一番怖いわ」
弟は足を崩し、炎に照らされた自分の手のひらを見た。
「でもな、あれ……一発当てた時、めっちゃ手が震えたんや。硬いもん叩いた音した。骨ごと。
ワイが殺したって、初めて思った。怖かった。でも、気持ちよかった。なんやこれな」
「ようこそ、大人の世界へやな……」
少しの沈黙が流れたあと、弟がふと兄の方を向いて聞いた。
「兄ちゃんもさ、全部吐いたん? 初めての時」
兄は鼻で笑った。
「アホか。手よごしてへんもん」
「え?」
「手よごしてない。血も肉も切ってへん。なんか人ごとみたいでな。吐くとか、あらへん」
「やっぱ兄ちゃん頭おかしいわ」
「ちゃう、周りが生々しすぎるんや。」
二人は同時にふっと笑った。
焚き火がぱちりと爆ぜた。
遠くで笑い声と、酒の歌が高く上がった。
夜は、まだ終わらない。
火は、人と声と記憶を照らしながら、
ゆっくりと、そして確かに、次へと繋がっていった。
お読みいただきありがとうございました。
今回は「戦いのあと」の静かな夜を描いてみました。
激しい狩りを終えた弟の言葉、兄のボヤき、そして村の火。
少年が“自分の手で命を絶った”という事実に、言葉にしきれない葛藤が滲んでいたかと思います。
次回はもう少し、“村の外の世界”が匂ってきます。お楽しみに。




