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婚約者は奪ったけど何も悪くないタイプの義妹

作者: 成瀬利人
掲載日:2025/03/27

成瀬です。

タイトル以上でも以下でもないです。

「お姉様」


 鈴を転がすような声が、私を呼び止める。面倒ではない。けれど、振り向きたくない。憂鬱、という感情が一番それに近い気がした。

 その後に続く言葉を、私はきっと、知っている。


「…何でしょう?」


 それでも振り返らないわけにはいかない。だって彼女は、この公爵家を仕切る私の父の養子なのだから。無視すれば、それは「市井出身の妹を冷遇する公爵令嬢」としての貴族間での噂が、真実になってしまうから。


「フラスコ殿下は、いつこちらにいらっしゃるの?」


 フラスコ殿下。この国の第2王子で、私の婚約者。


「…本日ですわ。午後から」

「ならとびっきりおしゃれしなくっちゃ!」


 目の前の少女の花のような笑みに、顔を背けたいと思った。


「…駄目です、エリカ。貴女が、殿下とお会いするのは」

「どうして?」


 少女が首を傾げる。無垢なそれが虚像だと、この広い家の中で、私だけが知っている。


「お姉様は何も心配しなくていいのよ!」


 少女がはっとしたように声を上げる。


「初めにお姉様と殿下と、私の3人でお話するの。でも、お姉様はお父様に呼ばれて席を外すのよ」


 安心して!と少女は両手を合わせた。

 この場から逃げ出したいと思った。なりふり構わず、今すぐに。


「お父様は必ずお姉様を呼ぶわ。だって、レーナ様…お姉様のお母様の、蝶のブローチが見つかったんですもの」


 蝶のブローチ。お母様が病気で倒れるより前、王族の出席するパーティーや式典などで愛用していた、銀細工に宝石がちりばめられた、世界でたった1つのそれ。

 大変だったのよ、と少女は続ける。


「盗まれて、売り飛ばされていたのよ。偶(・)然(・)、売り飛ばされた先が私の母が働いていたお店だったから、取り返す事が出来たの」


 少女が笑う。寒気がする。


「…エリカ。貴女…」

「お姉様!」


 突然に少女が声を上げた。私はびっくりして、その後の言葉を続ける事が出来なくなる。


「お姉様、今、私の名前!」


 言われて、気がつく。そういえば、私は彼女のことを「貴女」や「エリカ様」と呼ぶばかりで、名前を呼び捨てにしたのは初めてだったのかもしれない。

 まるで、本物の姉妹みたいに。

 それが仮初だということなんて、とっくにわかっているくせに。


「私はね?お姉様。確かに打算でこの家に取り入ったけれど、それでも、お姉様のことを、大切にしたかったのよ」


 私ね、と少女が笑う。

 この家に彼女が現れてから初めて見るそれは、今までで見た中で一番可愛らしくて、私は泣きそうになった。


「ずっと、お姉ちゃんが欲しかったの!」








「スティア様、公爵様がお呼びです」


 使用人に声を掛けられて、美しい容姿の女性が席を外した。使用人が残ろうとしたが、女性に声を掛けられ、そのまま廊下に出る。


 応接室には、女性の妹である可憐な少女と、お忍びで公爵邸を訪れていた王子が残った。


「…殿下?」


 少女が声を掛ける。「なんだい?」王子はやわらかく笑んだ。


「お姉様が先程義父様に呼ばれた理由、私、知っておりますのよ?」

「それは…どうして?」


 子どもの戯言だと思ったのか、王子は流すように問う。


「レーナ様のブローチが見つかったのですわ!」


 その言葉に、王子の表情が凍り付いた。


「私の母が勤めていた店に、換金に持ってきた客がいましたの」


 少女が続ける。


「レーナ様から盗んだ犯人が、手元に置いておく危険性を悟って、売るふりをして罪をなすりつけようと思ったのですわ! ええ、きっと!」


 だから、と少女は続けた。その声は変わらず鈴を転がすようで、しかし、温度がない。


「母は殺されたの。ブローチを持っていた母が犯人ということになって、私が犯罪者の娘になるのを哀れんだ公爵様が、私を引き取ってくださったの」


 ねえ、殿下。

 そう、少女が王子の首筋に左手を伸ばす。

 王子は動けない。


「私、母が無抵抗で殺されたとは思えなかったの」


 少女が笑む。王子の服の首元を、ゆっくりとはだけさせる。やけに時間をかけたそれは、少女が市井出身である為にその服の構造に不慣れであり、かつ、左手片方だけで行ったという、ただそれだけの理由によるもの。しかしそれだけで既に行為の前戯をしているようで、王子はどこか興奮した。或いはそれは、生存本能によるものだったのかもしれない。


「母の爪の隙間には、血が挟まっていたのよ」


 王子の胸元に、まるで誰かに引っかかれたような、傷跡があった。

 あと数か月もすれば消えていたのであろう、それ。


 少女が背に隠していた右手を、王子の首筋に回す。冷たい何かが首に触れて、ようやく王子は、それがナイフだと悟った。


「貴方が私の母を殺したのでしょう、殿下」

悪役でも、犯人でも、キャラクターを書くときはその行動理念を大切にしたいものです。


復讐に関する理念は私の中である程度定まっているので、いつか作品にできたらいいと思っております。

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