第36話 中座した予定の話題
「じゃあさっきの話の続きをするわね」
ゲートを操作しているかなめを置いてアメリアは話を始めようとした。拳を握り締めるかなめの手を握ってカウラが首を振った。かなめはそれを見てようやく落ち着いてコタツの外に正座している誠に勝ち誇った笑みを浮かべて見せた。
「まず誕生日会ですけど」
「素直にクリスマスがやりたいって言えばいいのに……」
ぼそりとつぶやくかなめに鋭いアメリアの流し目が飛んだ。肩をすくめて舌を出したかなめを見ると、アメリアは再び話を続けた。
「いろいろ考えたのよ。寮でにぎやかに行う。月島屋でパーとやる。でもそれでは私達が求めている家族とのふれあいという要素が満たせないのよね。今回のテーマは『ふれあい』これで行きましょう。これが基本コンセプト。良いわね!」
誠はカウラの顔を見てみた。カウラはアメリアの言うような家族とのふれあいを求めているわけじゃないとはっきりわかるような苦笑を浮かべていた。ふれあいを求めているのはむしろアメリアの方では無いかと言うことでカウラと誠の心は通じ合っていた。
「そこで誠ちゃんにお願いがあるの。ここに居るメンバーでは誠ちゃんにしかできないお願いなの。聞いてくれる?」
ずいとコタツに身を乗り出してアメリアは誠を見つめてきた。その眼力に誠はつい身をそらして避けてしまう。アメリアの視線ははっきりと誠を捉えているのがわかった。いつものことだがこういう時のアメリアの発言はろくでもないことであることはわかりきっていた。しかし、同時にこの中で唯一の下士官の誠に拒否権が無いことも十分理解していた。
「誠ちゃんの家で誕生日会。お願いできるかしら?私もカウラちゃんも家族のいない『ラスト・バタリオン』でしょ?かなめちゃんの実家ははるか遠くの甲武だし。あんなとこまで行ってる時間がもったいないし。ねえ、良いアイディアでしょ?協力してよ」
予想は的中した。誠は助けを求めるようにカウラを見た。カウラは諦めたように首を横に振った。今度はかなめを見た。タレ目はニヤニヤ笑いながら誠の発するだろう泣き言を想像しているように見えた。
「うちって……クリスマスはやりませんよ。うちは真言宗智山派なんで」
誠はとりあえず何を言っても無駄だろうと諦め半分の反論をした。
「いいのよ。クリスマスじゃなくてカウラちゃんのお誕生日会なんだから!別に仏教の何宗だろうが関係ないわよ」
そう言うと満面の笑みでアメリアは誠を見つめてきた。こういう時のアメリアに関わるとろくなことにならない。この数か月で誠が学んだ多くの事の一つがそれだった。
「でも……確か父は学校の行事とかでこの当たりの日はいないのが普通ですけど。家庭を味わいたいなら他の人に頼んでみたらどうですか?ひよこさんとかなら詩が好きな人ですからそれこそ『ふれあい』にぴったりなパーティーを企画してくれると思いますよ。ひよこさんの家は母子家庭ですからきっと喜ばれますよ。うちは父が出かけているんで確かに母子家庭みたいなものですが、母は長い事剣道場の主をしているので近所の人にも信頼されているので、わざわざ僕がかえって手間をかけるのは申し訳なくって……」
抵抗するように誠はそう言ってみた。元々全寮制の私立高校教師の誠の父誠一がクリスマス前後に家にいないことが多いのは事実だった。誠も子供の頃はクリスマスには父はいないものだと思い込んでいた時期もあったくらいである。母と二人きりのクリスマスを過ごすのが普通のことだった。ひよこの名前を出したのは、母子家庭でいつも弟に良い思いをさせてあげたいと言うひよこの為に金持ちのかなめが豪勢なクリスマスディナーを用意することなどたやすいことだと誠なりに気を使っての事だった。
だが、アメリアはまるでひるむ様子もない。一度アメリアの脳内で決めた決定事項は揺るぐことが無い。舌なめずりをしているように見えるのは気のせいだと誠は思い込むことにしながらアメリアの眼力に耐えていた。
「じゃあ誠ちゃんはお母さんに連絡して場所の確保をお願いするわ」
「僕の意見は無視ですか」
そう言ってアメリアは視線を手元の端末に移す。奇妙に力のある眼に見つめられて焦っていた誠はようやくそれから解放されて大きく息を吐いた。




