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法術装甲隊ダグフェロン 永遠に続く世紀末の国で 人造人間の誕生日又は恋人の居ない星のクリスマス  作者: 橋本 直
第二十八章 迷いのないペン

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第122話 突然の来訪者

 地下鉄の駅を出て、北風の冷たい夕方の街を誠とカウラはゆっくりと歩いた。カウラは手にしたケースをしっかりと握り締めた。時々視線をそちらに向けながら黙って歩いていた。街路樹の柳は葉もなく、その枝は物悲しい冬の風に吹かれていた。そんな風は誠の実家にたどり着いたときも止むことは無かった。


「ただいま……?」 


 誠がそう言って玄関を開けると小さな靴が一足あるのが目に入った。道場の子供かと思ったが、磨き上げられた革靴にそれが二人の上官のクバルカ・ラン中佐のものだとわかった。


 すぐにカウラの顔に緊張が走った。彼女は慌てたようにすばやく靴を脱ぎ捨てて部屋にあがった。誠はそんな状況でも大事そうにかばんを抱えているカウラを見つめながらそれに続いた。


「よう!邪魔してるぞ」 


 夕日を背に浴びながらランはコタツでみかんを食べていた。その前に座っている薫もなにかうれしそうに微笑んでいた。いつもの勤務服姿のランだが、その小さい体が隠れるようにコタツに入っているとどこかの小学校の制服に見えるので誠は噴出しそうになった。


「なんですか、脅かさないでください。何か緊急の用と言う訳では無さそうですね、その様子ですと」 


 そう言いながらカウラは手にしたかばんを後ろに置いた。勤務服姿のランはそれを追及せずに自分が持ってきたバッグから何かを取り出した。


「ああ、別に大した用はねーんだ。たまたま本局に出頭命令が出てたからそのついでに顔を見に来ただけだ。そう言えば、アメリアが居ないが……まあいいか。まずこいつ」 


 ランは小柄なランにしては大きすぎるカバンから書類ケースを取り出した。


「第一小隊のシミュレーションのデータ解析を東和軍に頼んだからその時の経費関係の決済書だ。オメーのサインがいるって高梨につき返されてさ。それでこの三枚。複写になってるからよろしくな。それと……」 


 今度は記録ディスクを取り出した。


「この資料。一応、アタシなりに今回の二機オリジナル・シュツルム・パンツァーの起動実験のデータをまとめたもんだ。ベルガー、西園寺、神前。オメー等三人とも目を通しといてくれ」 


 カウラはそれぞれ受け取ると中身を確認してため息をついた。


「どうしたんだ?ため息なんかついて……って聞くだけ野暮か。非番の日まで見たくもねー上官の面を拝まされてため息の一つもつきたくなる気持ちも分からなくもねーがそれも仕事のうちだ」 


 そう言いながらランはその小さい手で頭を掻いた。そのまま再びかばんに手を入れると冊子を一冊、それにデータディスクを取り出した。


「これは釣り部……じゃなくって艦船管理部の連中に頼まれた資料だ。なんでも『ふさ』の設備更新の資料だと。これはあとでアメリアに渡しておいてくれ」 


「あの、たぶんもうすぐ帰ってくるとは思うんですけど」 


 受け取ってみたもののいまいち理解できずに言い返そうとするカウラだが、ランはにっこりと笑って首を横に振った。


「あいにくもう一度本局に向かわねーといけねーんだわ。あの二機の予算執行に関しての口頭で説明しろって話だ。これは本当は隊長の仕事なんだけどなー」 


 ランはいかにも困ったようにそう言うと腕組みをしてうなり始めた。


「ああ、惟基君は相変わらずサボり癖がついてるわけね。あの人のそう言うところは初めて会った時からそんな感じだったけど」 


 それまで黙って話を聞いていた薫はそう言った。ランはただ照れ笑いを浮かべるだけだった。


「薫様のおっしゃるとおり!あのおっさんは一度再教育しないといかんな……うん」 


 そう言ってランは最後の一袋のみかんを口に放り込んだ。


「薫様?」 


 誠はランの言葉が気になって繰り返してしまった。その誠に突然ランの表情が変わった。


「あ……!あれだよ。年上はちゃんといたわらないと」 


 明らかにあわてているランだが、誠の母はニコニコと笑っているだけだった。そして薫の目はカウラが手にしている豪華な装飾の施されたかばんへと向かった。


「でもベルガーさん。そのかばんは……」 


 ようやく薫にその話題を振ってもらってカウラの表情が明るくなった。


「ええ、これは西園寺からの誕生日プレゼントですよ。まあ、西園寺は西園寺なりに私に気を使ってくれているんです」 


「まあ!何が入っているのかしら。少し気になるけど」 


 驚いたように薫は身を乗り出した。ランも興味を惹かれたようでじっとカウラの手にあるかばんを眺めていた。


「なにか?そんなに豪勢なかばんに何入れるんだ?通勤用とか言ったら重過ぎるだろ?」 


 ランはかばんがカウラへのプレゼントだと思ったらしく淡々と次のみかんを剥いていた。


「かばんはおまけでプレゼントは中身です。夜会用の宝飾品のセットとドレスだそうです」 


 そう言われても薫とランはピンと来ないというような表情を浮かべていた。そこでようやくカウラは腕の端末を起動させて机の上で画面を広げて見せた。そこには店で誠も見たドレスにティアラ、ネックレスをつけたカウラの姿があった。


「おー!こりゃあすげーや」 


「素敵ねえ」 


 誠もひきつけられたカウラの写真に二人は息を呑んだ。


「何度見ても素敵ですね」 


「世辞はいいが何も出ないぞ」 


 そう言うとカウラは端末の画像を閉じてしまった。


「なんだよ、もう少し見せろっての。馬子にも衣裳って奴をもう少し拝みたかったのに」


「クバルカ中佐。それは言いすぎですよ」 


 ランはみかんを口に入れながらそう言った。だが、薫がランの後ろの時計を指差しながらランを窘めた。


「ああ、もうこんな時間か。しょうがねーなー。じゃあ例の件、よろしく頼むぞ。本局のお偉いさんの顔を拝みに行ってくるわ。偉いさんに会うのは気疲れするから嫌なんだけどな」 


 そう言ってランは立ち上がった。薫がそれにあわせようとするのを制すると、そのまますたすたと玄関へと向かった。


『ただいまー!ってなんでランちゃんがここに?』 


『うるせー!仕事だよ』 


『まったくお疲れ様ですねえ。ちっちゃいのにお利口さんで……偉い!キスしちゃう!』 


『アメリア、いつかぼこるからな』 


 玄関でかなめとアメリアの二人に出くわしたランの大声が誠達にも響いてきた。


「怖いわ!ランちゃんがいじめに来たわ!」 


 早足で飛び込んできたアメリアが誠にすがりついた。


『アメリア!聞こえてんぞ!』 


 ランの怒鳴り声が響いた。それを振り返りながらふすまを閉めながらかなめが入って来た。


「また叔父貴は司法局の呼び出しをちっちゃい姐御に肩代わりさせたのかよ。あんまり上と距離とっているといざって時に何押し付けられるかわかんねえぞ」 


 かなめはそう言いながら頭を掻いた。さすがにその言葉にはカウラも頷いていた。


「ああ、クバルカ中佐から渡されたものだ。なんでも釣り部からの預かり物だそうだ」 


 誠にしがみついているアメリアをにらみつけながらカウラは冊子とディスクを差し出した。しばらく呆然とそれを見つめた後、アメリアは仕方がないというように自分の前に引っ張ってきた。そしてそのままさも当然のようにコタツの誠の隣に座って冊子をめくった。


「あの釣りバカ達も……これなら私も通信端末に転送されてたから見たわよ。丁寧と言うかなんと言うか……」


 アメリアはあきれ果てたように釣り部のデータを端末で起動して、同じデータをマルチタスクで画面に映してため息をついた。 


「あれじゃないか?通信だと情報漏えいがあるからそれに対応して……」 


 カウラ側に座らなければならなかったかなめが不満そうにみかんを剥いていた。だが、その言葉にアメリアは首を横に振った。


「今回の設備導入は法術系システムなのよ。すでにひよこちゃんが何度もそのシステムの調整を依頼していたハンイル国の会社と仕様の詰めで通信してたわよ。その筋の諜報機関なら十分承知のシステム、今更情報漏洩も何もないわ。今となっては公然の秘密。これが『近藤事件』の前に送られてきたものだったら話は別だけど」 


 そう言うとアメリアもみかんを手にとった。カウラは仕方がないと言うようにランから渡された書類に目を通していた。



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