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第1(2)記憶

 翌日、噂が広まるのは早いもので、朝から女子生徒達がきゃあきゃあと浮き足立っていた。

 私も昨日聞いたばかりなのに皆どこから聞きつけてくるんだろう。

 王子に御目見えするのは明日なのによく今からそんなに騒げるなと感心しながら教室に向かおうとすると何処かから睨みつけるような視線を感じた。

 振り返ると見るからに家柄と気位が高そうな令嬢が取り巻き二人を連れてこちらをジロジロ見ていた。

 何か言いたそうな雰囲気だったが見なかったことにして視線を振り切り教室へ入った。王子と同じクラスだということに言いたい事でもあるんだろうけど、こちらだって別に望んでなる訳じゃない。面倒事はごめんだ。

 その後も教室の外に出る度に誰かしらの視線を感じるようになった。勝手に妬み嫉みの的にされるのは勘弁なので基本全部無視した。昼休みにも話しかけてこようとした令嬢達を掻い潜ってなんとか逃げ延びた、はずだった。


 すると放課後、校舎玄関前のエントランスにある噴水の前で朝の令嬢達がご丁寧にも帰ろうとしていた私を待ち伏せしていたのだ。

 あの三人をスルーして正門まで行くことは多分無理すれば行けなくもないが、恐らく自分よりも上級貴族相手に怒りを買うのも後々良くない事になりそうなので、私は軽く息を吐いて気持ちを入れると外向き用の笑顔を貼り付けなるべく穏やかに話しかけた。


「あら、ごきげんよう。確か朝にもお見かけいたしましたよね。私のような下位の者に何の御用事でしょう?」

「何の用事ですって?今更白々しいこと」

 取り巻きの右側の髪の短い女性が憎々しげに吐き捨てた。

「あなた爵位は何なのよ?こちらの侯爵令嬢のジェーン・スパングラー様を無視出来るなんてさぞ尊い身分なのでしょうね?」

 左側のそばかす顔のもう一人が嫌味そうに言っているのを流して、あくまで真ん中の令嬢に向かって私は会釈をしながらさも何事もなかったこのように答えた。

「伯爵令嬢のアリア・イアハートでございます。少し用事が立て込んでいたもので、気が付けず申し訳ありません」

「そう、アリア・イアハートさん。付き合わせてしまってごめんなさいね。私が何を言いたいのか分かるかしら?」

 ジェーン様と呼ばれる侯爵令嬢は美しい長い髪がよく似合うスラリとした長身で、侯爵と言う身分だけあって身なりや雰囲気からでも気品のある佇まいをしている。

 そして取り巻きの二人の言動にも私の言葉にも動じることなく扇子で口元の表情を隠しながら冷ややかに私を見下ろしていた。

「さあ、貴女様とは初対面だったとは思いますが、私が何かしましたでしょうか?」

「しらばっくれるつもり?本来ならあなたがお話し出来るお方じゃないのよ、弁えなさいよ」

 横からの髪の短い取り巻き令嬢が口を挟んだが、「静かに」と本人が横目で制すとぐっと押し黙った。

「確かに私と貴女は初対面よ、接点は無いわ。でも明日貴女のクラスに誰が編入してくるか、知らない訳じゃないでしょう?」

「……そうですね」

 答えながら私は心の中でため息をついた。やっぱり第二王子絡みか。

「その事については既に知っていますが、そもそも私は運良くあのクラスに入れただけです。ですので殿下が編入して来られるのも偶々、全くの偶然ですよ」

「それは、そうでしょうね」

 私の言葉に彼女は涼しげな目元から少しだけ眼差しをゆるめた。


「私の言いたいことは一つです。常に自分の立場と価値を考え、留意していなさい。それだけです。分かりましたね、特進の放浪鳥ワンダーバードさん」

「わ、分かりました」

 下を向いて会釈をしながら(ん?)と頭にハテナが浮かんだ。

(放浪鳥ってもしかして私の事?)

 放浪鳥とは国の各地に生息する鳥で鳥の中では高い知能を持っているものの、その名の通り好奇心旺盛で興味の赴くままにあちこち放浪して時には人間にもちょっかいを出すらしい。こちらの世界で言えばカラスに近い。

(あれ?カラス?)

 ふと頭に違和感がよぎった。カラスなんてこの国にはいないのに。

(まあいいや、特に何も起こらずに済んで良かった)


 小さな疑問よりもひとまず安心した私は気が緩んだのか、もうこれ以上巻き込まれない為に立ち去る直前にもうひと言付け加えた。それが良くなかった。

「私には殿下の事は元より全く関心を持っておりませんのでご安心ください」

 完全に言葉の選択を誤ってしまったのだ。

 こちらから何か手を出すことなど無いからと言う意図で言ったのだが逆効果だった。特にジェーン様の左側にいた令嬢の癇に障ってしまったらしい。

 殿下への侮辱の言葉と受け取ってしまった彼女はひどく憤慨して、噴水を通り抜けようとしていた私を横から思い切り突き飛ばした。

 

バランスを崩した私は勢い余って噴水の中に転落し、そして溺れた。



 上手く息が出来ない。

 深い水の中にいるみたいで、どうやらまだ意識は戻っていないようだ。


 息をしようとするとガボっと空気の泡が口から出ていって、代わりに大量の水が流れ込んできた。

 ああ、水棲の生き物を図鑑で調べたことはあったけど、我が家には池みたいなものは無かったし水辺に行ったことも無いからそう言えば今まで一度も泳いだことは無かったな。前は泳ぐのは得意だったのに。

(…………前?)

 前っていつのことだろう。私は貴族として生まれてから泳いだことは無い。

 そもそも貴族の令嬢は泳ぎなんて習わない。なら何故、泳いだことがあると思うのだろう。

 

 ズキっと強い頭痛がして、流れ込んできた水と共に何かが脳裏に浮かび上がってきた。

 それは今まで夢で見たあの不思議な風景達だ。

(私は、これに見覚えがある)

 見たことがないはずの風景や景色を知っている。懐かしいと感じるのは、私がそこに行ったことがあるからだ。

(そうだ、そうだった)


 私は前世の記憶としてずっと夢を見ていたのだ。


 思い出した。私はこの世界に生まれ変わったんだ。


お読みくださりありがとうございます。

最後のパートは少し長めですが読んでくださると嬉しいです。

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