第1(1)パーティの前に
学院を出て数十分後、程なくして馬車は王都の郊外にある屋敷に辿り着いた。
「おかえりなさいませ」と待ち構えていた執事やメイドに持っていた鞄や上着を預けていると、部屋の向こうから待ちかねたように妹のミアナが飛び出してきた。
「ねえさまお帰りなさい!ミアナと一緒に遊んでくださいな!」
「ただいまミアナ。でも今は遊べないわ、ごめんね」
「ええー、じゃあ後で今度のパーティに着て行くドレス一緒に選んで」
「パーティってあれは高等部主催のパーティよ。ミアナも一緒について来るの?」
「だっておとうさまがいいよって言ってくださったもの」
「はあ〜、しょうがないわね」
パーティと言うのは数日後に行われるバミューデ学院高等部の進学記念の交流会だ。ただし交流会と言うのは名目の一つでメインイベントは別に存在するのだけど。
ミアナはまだ幼いのに昔からお留守番を嫌い、どんなパーティにもついて来たがる。
「お父様、今度のパーティミアナも本当に一緒に行くの?」
夕食の席で父にそう尋ねてみるも、妹に甘い父の返答はいつも同じだった。
「いいじゃないか、無理に留守番させるのも可哀想だ。パーティは在校生以外参加してはいけない訳ではないし、家族連れで参加するのも珍しくもなかろう」
父の言葉に水を得たかのようにミアナがワクワクした表情で言葉を繋いだ。
「一人で留守番なんてやだ。私だっておねえさまと一緒に行きたいわ。私パーティ好きだもん」
「あなた最後の方はたいていいつも眠くなって寝てるじゃない」
「それよりもアリア、お前こそしっかり準備は出来ているか?」
「大丈夫ですよ、ほとんどいつも通りの夜会でしょう。そんな変わった事をする訳でもあるまいし」
「いつもと同じではないぞ。今度のは王城で開かれるこの国第二王子殿下の御帰還、御編入記念パーティでもあるんだからな」
「分かっていますよ……」
銀食器を皿に置きながら私は溜め息をこぼした。
おそらく世の中の普通の令嬢達ならば色めきたって何日も前から準備に張り切っていそうだけども、私には正直何の興奮も起こらない。第二王子が来ようが王城で行われようが、私にとってはいつもと同じ。周りの空気を読んで気を配って笑顔を貼り付けたまま粛々と振る舞い、ただ時が過ぎるのを待つだけの行いだ。想像しただけで気が重くなる。大自然満喫旅行をプレゼントされた方がよっぽど飛び上がって喜べたのに。
それよりも私が優先すべきなのは友達を作ることだ。
翌朝、登校するとまず同じ特進クラスで唯一のクラスメイトの女の子、アンナに話しかけてみることにした。
「お、おはようアンナ。朝から何を読んでいるの?」
おそるおそる声を掛けると、彼女は読んでいた分厚い本から顔を上げ、無愛想な顔で答えた。
「魔法書よ」
「魔法書?私も魔法書はよく読むわ!どんなことが書いてあるの?」
「悪いけど」
会話を広げられそうな気がして一瞬嬉しくなった私を制するかのように、彼女の声がピシャリとそれを遮った。
「アリア・イアハートさん、でしたっけ?悪いんですけど私、此処にはお友達を作りに来てるんじゃないの」
「えっ?」
「だから、話し相手が欲しいのなら他の人にしてちょうだい」
彼女はそう言い切ると視線を再び本に戻し、もう話しかけるなオーラを漂わせながら自分の世界にこもってしまった。
他の人と言われても、と困ったように見回してみても黒板から台形状に広がる教室には私とアンナ以外の女子生徒はいない。
私達がいる一番前の席から階段状に高くなっていっている、ゆるいカーブを描く長い机と椅子には、他のクラスメイト達が一人残らず何かしら勉強しているか本を開いて何かを語り合ったりしている。まだ授業前だというのに皆んな朝から熱心なものだ、と思ったが特進クラスだからなのか私がズレているのか、だとしてもとても呑気に話しかけられる雰囲気ではない。それにわざわざ他のクラスへ話をしに行くほどの勇気もない。
(無理〜〜)
やがて始業のベルが鳴り教師が入って来た。結局誰にも話しかけられなかった。
その日の晩、夕食後に父に話があると言われ父の書斎に呼ばれた。
「お父様、お話とは何ですか?」
「まあ、そこに座れ。さて、よく聞けアリア。今のうちにお前に第二王子殿下の事を少しでも教えておかねばと思ってな」
「はあ、まだお会いしたことはありませんが、今まで国外におられたんでしょう?そもそも何故行かれていたんです?」
「その前に、我が国の国王陛下の事は承知しているな?」
「ええ、はい…」
この国ヘンゼ王国の現在の国王ヘンゼ二世は王妃との間に中々子が出来ず、第一子が誕生したのが遅かった。その為今ではもうかなりの高齢で、既に半分隠居状態となっている。
「現在王を支えサポートしておられるのは第一王子のセルディック様だが、この度、正式に国王の代わりとして政治を執り行っていくことになったのだ。第二王子は丁度留学に行かれていたついでに、その報告と挨拶回りに近隣の国を回っておられていた」
「そうだったんですね」
それでしばらくこの国にいなかったのかと納得すると、父はどこか不安そうな表情で髭をさすった。
「とは言えセルディック様も生まれながら御身体が弱く病気がちだからな、王もそれを心配されてか王位を譲るとまでは言わなかった。果たして今後先がどうなるかだな。そこで重要なのが、第二王子のロイル様だ」
「何がですか?」
何か嫌な予感がして私は眉根を寄せ椅子に座ったままじりじりと少しだけ後ずさった。
「今まで特に婚約者もおらず、この時期に帰国したという事はそういう事に決まっているだろう」
「そういう事?」
「このパーティは表向きは交流会と御帰還と編入の式典とを兼ねているが、本当の目的は恐らく王子の婚約者探しの為だ」
「婚約者?」
嫌な予感が的中した。絶対面倒臭いことになりそうな気しかしない。
「まさかその婚約者を目指せって言うんじゃありませんよね?」
「そのまさかだ。露骨に面倒臭そうな顔をするんじゃない。普通の令嬢ならば大喜びするものだぞ」
「生憎色恋にあまり興味がありませんでしたので」
「全く、だがお前にも十分チャンスがある話なんだぞ」
「どういうことです?」
「まだ正式に発表はされていないが、どうやら殿下が編入するのはお前と同じ特進クラスらしい」
「ええ?」
また顔に出ていたらしく再度窘められ、父はやれやれと首を振ると話を続けた。
「即ち今度のパーティは顔合わせとその品定めってところだな。殿下は人を見る目を持った英明な方らしい。お前も奔放な所はあるが芯はある人間に育てたつもりだ。釣り合わんとは思っとらんし、もしそうなれば我が家は安泰だ」
「ですが……」
「話はそれで終わりだ。パーティは明後日だろう、今のうちからしっかり準備しておけよ」
書斎を後にし扉を閉めた途端、思わず大きなため息が出た。
(はあ〜、どうしよう)
我がイアハート家は伯爵位ではあるものの、広い領地を持っている訳でもないし貴族の中、同じ伯爵の中でも立ち位置は低い。婚約者の事も多分私を考えてくれてのことだろう。母を亡くした後も苦労して私達を養い育ててくれたことには感謝するが、それとこれとは話を別にしてほしい。突然まだ会ったことも無い王子の婚約者になれと言われても無理がある。全くこれっぽっちもやる気が起きない。しかもこれから毎日同じクラスになるだなんて考えるだけで憂鬱になる。でもパーティや学院に行かない訳にもいかない。
「どこか遠い所に行きたいなぁ……」
部屋に戻りながら窓の外を見上げてぽつんとそう呟いた。夜またあの不思議な夢を見たが、何故だか何を見たのか思い出せなかった。
お読みくださりありがとうございます。
第1話は少し長いので3パートに分かれて更新します。




