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第0 アリアの物語

 どこかのおとぎ話やゲームに出てくるようなファンタジーな世界の中に存在する国、ヘンゼ王国。国土の半分を海に面し、残りを広大な敷地を持つ帝国ともう一つの国との間に挟まれている。各国の間には国境に沿う様に大きな山脈がそびえ、海と森林に囲まれた豊かな自然と発達した魔法研究を誇る国である。


 私はその国の貴族、イアハート伯爵家の長女アリアとして誕生した。貴族の長子として恥じないような、それなりに良い子に育ったように思う。ただ勉強は嫌いではなかったが、部屋で大人しく過ごすよりは外に出て何かを観察したり新しい発見を探す方が好きな女の子だった。


 最初の転機が訪れたのは四歳の時。

 妹ミアナを産んでからずっと体調を崩していた母は、結局回復することの無いままその年の冬に風邪を拗らせ肺炎でこの世を去った。その時妹はまだ一歳にも満たない赤子だった。当然母を知らないまま母親を失ってしまった妹を不憫に思った父は、寂しくないように仕事の合間を縫っては会いに来て、色んなものを買い与えた。兄と私もなるべく一緒に過ごすようにして、母がいなくても大丈夫だと自分にも言い聞かせるようにまだ心に残っている悲しみを飲み込んだ。

 そうやって家族と使用人達まるごとで甘やかした結果、まあまあ甘ったれで寂しがりなわがまま末っ子娘に育ってしまった。私を含め多分ほぼ全員がちょっと可愛がり過ぎた、と思うくらいに。


 母が亡くなったことと関係があるのか無いのか、その頃から私はたまに不思議な夢を見るようになった。

 行ったことも無い場所に立っていたり、まだ見たことも無い生物と共に居たり、知らない人と会ったりしている変な夢だ。まだ屋敷からはほとんど出たことも無いのに、そのような夢の出来事を話している私はさぞ不思議がられていたんだろう。まだ教わっていないものの名前を言い当てて家庭教師を驚かせた事もあった。


 いつも見る夢にはどれもばらつきがあって、その夢の前後の記憶も曖昧だ。自分がなんでこんな所でこんな事をしているのかなんて全く分からないし、それに夢の中の自分は今とおよそ似つかない姿をしているのに何故か自然とこれが自分自身だと認識している。でも、夢の正体なんて確かめようがないし、それに見知らぬはずなのになんとなくどこか懐かしいような気持ちにもなるから、私自身は気味が悪いとかなんて思ったこともなく、短い物語を体験したような感覚で夢と共に成長していった。


 二つ目の転機は、私が十六歳になって国立バミューデ学院高等部へ入学ししばらく経った時のこと。

 バミューデ学院とは王都バミューデにある国で一番古く格式高い学院で、国中の爵位持ちの貴族は大抵この学院に通っている。そして中では王族も此処で一般生徒と一緒に授業を受け、社会を学ぶ。勿論私と兄、妹も在籍している。

 中等部から高等部へ上がる際の進級試験にて、私はなんと特進クラスに配属された。割と真面目に授業を受け勉強をした結果かもしれないが、あの夢で得た知識も地味に役に立っていた。夢を見る前は知らなかった事でも夢を見るとその知識が自分のものになっているのだ。まあでもクラスの中では中の下だし、上位は皆将来国の士官や政務官を目指す秀才ばかりで女性は少なかった。


 実際、学校が始まって数ヶ月、私は浮いていた。中等部に比べ授業の量や難度は格段に上がったが、どれも学びがいのあるものばかりで、この頃習う歴史や文学、数学などの様々な講義の中でも自然学と魔法学に夢中になっていた。不思議な魔法の理論や仕組みを解明していくのは楽しかったし、何よりお屋敷の中じゃ本で見るだけだったこの国、この世界に広がる自然の神秘を知っていくのが堪らなく面白かった。毎回講義が終わると先生にもっと話を聞きに行ってたし、放課後には自分で色々研究テーマを決めてフィールドワークに行ったりもしていた。


 科目が幅広い自然学の内でとりわけ生物学に強く惹かれた。色んな動物の生態や自然の中に生きる姿を観察、考察したりして、先生から「君は将来どこかの令嬢ではなく学者にでもなるつもりかね」と言われたこともある。

 貴族たるもの淑女であれという教えは忘れた訳ではないけれど、別にそこまで品位を落とした行動をしているつもりもないし、あくまでこれも勉強の一環だ。


 それにフィールドワークとは言っても学院内から外は王都の街だし、がっつり大自然の中にはさすがに行けないから活動出来る場所は限られているけれど、高等部から出来る事も増えたし、この広い学院の敷地の中で屋敷のしがらみから解き放たれたように私は学院生活を満喫していった。

 そんなこんなでただでさえ女子の少ないクラスの中だけでなく、学年の中でも私はまあまあ変わった生徒として顔が知られるようになってしまった。なのでまだ親しい女友達の一人もいない。


「今日も遅くなっちゃったな……」

 あまりにも毎日寄り道ばかりしていたので、送迎係の者にも小言を言われるようになった。

「お嬢様、こうも毎日帰りが遅いと旦那様が心配してしまいます。お言葉ですが送迎する私の身にもなって下さい。遅すぎると私が旦那様にお叱りを受けるんですよ」

「分かったわよ」


 そしてその帰り道、馬車の手綱を握りながら彼が何ともなしにふと聞いてきた。

「時にお嬢様、もうご友人は出来たのですか?」

「えっ?」

 図星を突かれて思わず声が上擦ってしまった揚句揺れで鞄を落としてしまった。

「な、何を言ってるのよテオ!」

「いえそう言えば御進学されてから毎日送り迎えしてるのにそう言う話は一度も聞いたことが無いなと思いまして」

「い、いるわよ、ちゃんと」

「そうですか?前にメイドがそういう話をしていたのでつい気になって」

「そ、そういう話って?」

「そうですね、最近お嬢様の衣服がやけに薄汚れているだとか、近頃お茶会などの招待がめっきり来ないだとか…」

「うっ」

 うちの屋敷の使用人達は決して多くはないがそれぞれがそれぞれの仕事を責任を持ってこなしてくれる、皆信頼出来る使用人ばかりだ。少数精鋭だから頼もしいが、彼等の持つ情報のネットワークが凄まじい。だから多分もう私が友達いないのも既にばれている。私は冷や汗を感じながら馬車の御者席に座るテオに恐る恐る声を掛けた。

「テオ、今度またメイド達と話す時はちゃんと訂正しておいてね」

「分かりました、心配無用でしたね」

 こうなればこの嘘がばれる前に何としても友達を見つけておかなければいけなくなってしまった。

(どうしよう……)

 この時の私はまだ呑気にも友達を作る事や学院の生活と授業の事で頭がいっぱいで、その他のことは全く考えていなかった。


 それがまさかあんな事に巻き込まれるなんてこの時は想像もしていなかった。


お読みくださりありがとうございます。

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