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プロローグ



「どうか忘れて下さいませ」


 相手の眼を見据えながらじりじりと後ずさる。

 だが相手は私の下がった分だけこちらににじり寄る。

 その眼はらんらんと輝いている。


「忘れられる訳ないだろう!君の故郷でもあるのだろう、私が同行して何が悪い」

「だから、それは出来ないんです」

「だからそれは何故だと聞いている」

「そ、それは………」

 私は目を逸らして口籠る。言える訳がない。


 私が異世界から来た転生者だなんて。 


 ましてや一緒に行ける訳がない。

 返答に困ったままちらっと一瞬視線を戻して相手の瞳をうかがった。絶対に自分も一緒に行くんだという強い意志を感じる。その奥には未知の世界に対する溢れんばかりの好奇心が眩しいくらいに伝わってくる。

 そうだ、この御方はこういう人だった。私はため息が出そうになりながら必死にこの場をやり過ごす方法を探すも、上手い方法が見つからない。


 そうしている間にも相手はエメラルドグリーンのその瞳をきらきらさせ、私にぐいぐいと迫って来る。その距離はもはや壁ドン出来そうなくらいだ。実際私の後ろには城壁があるから、あと数歩下がれば本当に壁ドンになってしまいそうだな、と私は現実逃避のように頭の隅で思った。


 ここは王城の中庭の片隅だ。中庭と言っても一般的な平民の家の中庭とは比べ物にならない程広く、中庭というよりももはや自然公園のようで、中心部には池や手入れの行き届いた植木や低木、お茶を楽しむガゼボ、庭園の至るところには完璧に配備された色とりどりの花畑が中庭全体を彩っている。美しい庭園を囲むように端の方には林みたいに沢山の木々が植えられている。その林の中、そんな端っこの隅っこの、林と城壁の間に私達はいる。そんな場所だから中庭を通る人達からはこちらの姿なんか見えないし、もちろん人も来ない。


 私は頬に汗が流れるのを感じながらつい考える。どうしてこんな状況になってしまったんだろう。

 私は元の世界に帰りたいだけなのに。

「何がそんなに無理なんだ?俺の婚約者である君の故郷に里帰りに着いて行くのはそんなに駄目か?」

「いいえ、駄目などという訳では……」

「では何故?」

「ええと……」


 必死に弁明しながらどううまくはぐらかして誤魔化そうかという思い悩んだ。

 もう正直に言ってしまおうかという諦めと、異世界人である殿下を連れて行ける訳がないという常識が頭の中の天秤の上でグラグラ揺れている。

 いやいや冷静に考えて将来国を背負うかもしれない王子が大事な責務を放っといて何を考えているんだ、と私の中で次第に苛立ちが募っていくのを感じた。駄目だ駄目だ、そんなこととても言える身分じゃない。ほんの少し気分を害されただけで不敬罪になってしまう。しかしそんなことは露知らず、相手は決して諦めず同じ台詞を繰り返す。


「何故行けない?もしかして私の公務のことを考えているのか?だったら心配は無用だ、ここしばらく出席する行事は無いし、雑務も少しくらい空けたって影響はない」

 そういうことじゃない、と私は心の中でつっこんだ。

「城を抜けるのにも慣れている。もしバレたとしても君の責任にはならない」

 違います、と声が出そうになるのを必死で抑えた。

「私は諦めないぞ、なんと言っても絶対に同行するからな」

 まるで駄々をこねて着いて行きたがる小さな子供のようだ。多分何を言ったとしてもイタチごっこみたいに同じ問答の繰り返しで絶対に納得しないだろう。


(ああ………)

 もういやだ、と思ってしまった。私は何がなんでも元の世界に帰りたいんだ。どうしてもあそこでやりたかった事があるんだ。それなのに。


 とうとう天秤が壊れ、遂に抑えていた言葉が溢れ出した。

「いい加減にして下さい!」


「殿下は絶対に連れて帰れません!」


アリアの物語が始まります。

初投稿ですがよろしくお願いいたします。

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