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勇者はずっと馬車の中

作者: 真佐 りん

 森の中の少し開けた場所、そこにモンスターと遭遇した冒険者たちがいた。


「ジャクリーヌは、正面のゴブリンの前へ! シモンは火炎魔法の詠唱準備! イザベルは、状況に合わせて動いてくれ!」

「オッシャー! いくぜー!」


 先陣を切るのは、戦士ジャクリーヌ。両手剣にフルプレートという重量装備であるが、その突進力はそれを感じさせないほどに速い。


「どりゃぁぁー!!」


 振り回した両手剣が、戦士タイプのゴブリン2体を、まとめて軽々とふっ飛ばす。その光景は、ジャクリーヌが女であることを忘れさせてしまうほどのものであった。


「シモン! ジャクリーヌの左前方の木に向かって、カウント後撃て! 3・2・1……今だ!」


「ファイアボール!!」


 杖の先から現れた炎の玉が、一直線に飛んでいく。しかし、目標地点には何かがいる様子はない。そして……


「うぎゃぁぁあ!!」


 伏兵として潜んでいたモンスターが飛び出し、それに直撃した。シモンが放ったのは、初級魔法のファイアボールであったが、その威力は凄まじく、直撃したモンスターがなんだったのか、特定するのは難しいほどであった。


「よし! やったぞい!」


 こおどりして喜ぶ、お茶目なじいさん。しかし、大魔法使いの異名をもつほどの人でもあった。


 シャシャッ! 突然、木の陰から矢が飛んでくる。2方向からシモンに向かって……ジャクリーヌはそれに気づいたが、防ぎに戻るには距離がありすぎた。


「危ない! じじい!」

「アローブレイク!!」


 ジャクリーヌが叫ぶのと同時に、呪文を唱えたのはイザベル。2本の矢は、シモンに当たる直前に、周りにできた光の盾のようなものに弾かれ、粉々に砕け散った。


「もうっ! おじいちゃん! 戦闘中にはしゃがない!!」


 申し訳なさそうに、ペコリと頭をさげるシモン。怒っている口調のイザベルであったが、顔は可愛く笑っていた。彼女は、回復呪文と補助呪文を使いこなす、ハーフエルフの僧侶である。


(正面に戦士2体、そして伏兵に弓兵2体プラス1……ということは……)


「おいみんな! あと1体、指揮官がいるはずだ! 気を抜くなよ!!」


 戦闘地域のすぐ後ろに、1台の馬車があった。その荷台の上に、仲間に指示をだすものの姿はあった。

 ピンと上に立った耳、シャッと伸びるまゆとヒゲ、クリンとした黄色く可愛い大きな瞳。そして、全身を覆う黒く(つや)やか毛並み。それは、人ではなく、まごうことなくネコであった。



「いやあ、まさかこんな所でボブゴブリンに遭うとはの。さすがのワシも疲れたわい……ジャクリーヌ、腰をもんでくれんかの?」

「なにをいってる、じじい! ワタシが1撃を弾いたあと、すぐに(いなずま)で丸焦げにしていたじゃないか!」

「あの呪文は年寄りにはこたえるんじゃ! 特に腰あたりにの!」

「腰はあとで、あたしが回復呪文かけてあげるから……ってそれより、本当に戦闘中にはしゃいだりしないでよね! おじいちゃん紙装甲なんだから気を付けないと……」

「わかっておる、わかっておるよ! それより、ジャクリーヌ、ワシの腰を……」

「じじい! しつこい!!」


 先ほどの戦闘は無事に勝利し、少し離れた小川の近くで野営をしている。


「うひょー! とてもいい香りがしてきたぞい!」

「はいはい、晩御飯の準備ができたよ! ジャクリーヌもおじいちゃんも席について」


 焚火(たきび)の周りを囲むように集まる3人。腰掛けられる低い丸太の椅子に座ると、丸太を縦に割ったテーブルの上にならぶ料理が3人を迎えた。


「この白いのはなんじゃ?」

「えーと、それはグラタンという料理で……」

「!! あつっ!! ワタシは猫舌なんだ! 先に教えてくれよ、クン」


 尋ねるシモンに料理の説明をしようとした黒猫。彼の名はクン。名付け親は勇者らしい。


「いやいや、まだ食べちゃダメでしょ! 説明を聞いた後、みんなでいただきますしなきゃ!」

「ああ、悪い。空腹にこの匂い。(あらが)うことができなかった」


 一旦、手に持っていたフォークを置き、頭をペコリとさげるジャクリーヌ。


「じゃ、続けるよ! グラタンは牛の(ちち)にバターと小麦粉を加え、塩コショウで味付けしたソースに、炒めた玉ねぎと鶏肉を混ぜ込み、チーズをかけて焼いたものだ」

「乳やバターは、この前寄った牧場で譲ってもらったものじゃな」

「鶏肉は、その帰り道にワタシが吹っ飛ばした、おおにわとりというわけか」

「もう1つ入ってる、大きくて白いやつは、たぶんニョッキだよね! まえ食べたときの、独特の触感が忘れられないのよ!」

「ゴメン、説明とばしてた。と、もう1つはトマトスープ。前に食べたことあるから、説明はいらないね!」


「……それでは、手をあわせてください!……いただきます!!」

「いただきます!!」


 シモンの号令にあわせ、手をパシリとあわせる3人。そして、いただきますの合唱のあと、食事のひとときが始まった。隣でクンも、ネコ用にたまねぎを抜き、塩分をできるだけ抑えられたものを食べている。

 しかし、この中には、これだけの料理をつくれるものはいない。一体誰が準備したのだろうか?


 食後、食器の片づけなどを終え、1杯をたのしむ3人。飲んでいるのは葡萄酒(ぶどうしゅ)のようだ。


「くはー! この1杯、たまらんのう、ジャクリーヌ!」

「ああ! 毎日は、この1杯のためにあるといっても過言ではない!」

「もっと飲みたいとこだけど、1杯だけって約束だからね」


 実は、お酒が大好きな3人。しかし、街の酒場で飲むとき以外は、食後に1杯だけと約束事があった。イザベルはそうでもなかったが、シモンとジャクリーヌは、大がつくほどの酒豪である。


「お前ら、1杯でも飲んだら、片付けしなくなるもんな!」

「その通りじゃ!」

「その通りだな!」

「その通りね!」


 クンの一言に、3人の返事が綺麗にハモる。


 そして、3人と1匹は眠りについた……しかし、なぜか誰も、馬車の荷台を使わなかった。この馬車は一体なんなのだろうか?



 「おはよう! おはよう! おはよう!!」


 ぺちぺちぺち、クンが自慢の肉球で3人の(ほう)をたたく。これが、このパーティの正しい朝の迎え方らしい。


 シモンはふらふらと森のほうへ歩いて行ってしまった。寝ぼけているのだろうか?


「おい! じじいはどこに行きやがった?」

「どうせ、用足しでしょ」

「じじいが居なきゃ、パンが焼けないじゃないか!」


 昨晩点けていた焚火(たきび)の火は、すでに消えていた。

 そして、夜と違い、朝食は自分たちでつくるというのが、ここでの約束事の1つであった。黒くて長いパンを、両手剣で器用に切るジャクリーヌ。横で、チーズの塊を1人分ずつにわけるイザベル。


「今、戻ったぞい!」

「じじい! さっそく、火をつけてくれ!」

「おじいちゃん! ちゃんと手、洗ってきたんでしょうね?」


 ゆったりしたような、慌ただしいような、そんなやり取りがつづく。いつも通りの賑やかな朝の風景に、みんな笑顔になっていた。


「……それでは、手をあわせてください!……いただきます!!」

「いただきます!!」


 こんがり焼いたパンに、あぶってトロリととけそうなチーズをのせてかぶりつく。


「はあー! とっても美味しいわー!」

「昔は、切っただけのパンとチーズを、もさもさと食うだけの朝食じゃった。焼くだけで、こんなにうまくなるとはのう!」

「フー、フー、フー!」


 アツアツのパンととろけるチーズを堪能する、イザベルとシモン。猫舌のジャクリーヌは、冷ます作業を頑張っているようだ。


「それでは、本日のお題を発表する!」


 いつの間にか、馬車の荷台の上に駆け登っていたクンが、叫ぶように言った。耳も尻尾も上にピンッと伸びており、気合が入っている様子だ。イザベルとシモンは、食べる手を一旦止め、ジャクリーヌは、冷ます作業を中断した。


「これから、川に沿って下流に進む。今の時期、産卵のためサケがさかのぼってくる。それを捕る漁師を手伝い、サケを分けてもらうこと。それが、本日のお題である!」


 なにか、手紙のようなものを読みながら、クンは話している。


「なにか質問は?」

「はいはーい! 朝食急いで食べて、すぐ出発した方がいいのかな?」

「えーと……いい質問だイザベル。漁をするのは満ち潮のときなので、まだ時間がある。ゆっくりしていて問題ない! 他には?」

「質問ではないのじゃが……この川を下流に2時間ほど進んだ所に、シイバと呼ばれる村があったはずじゃ。そして、村の漁場が、半時ほど上流に向かった所にあったのではないかと思うんじゃが……」

「ということは目的地まで、1時間半! じじい! たまには役に立つな!」


 そういうと、ジャクリーヌは程よく冷えたパンとチーズにかぶりついた。



 出発して2時間後、目的の漁場にたどり着いた。道中に、大きなイノシシである、ビックボアに遭遇するというアクシデントにあり、予定より少し遅れてしまったのだ。


「それにしても、ちょうど漁のはじまるタイミングとは、ワシら運がええの!」

「運がいいものか! いきなり突進してきたビッグボアに、ワタシが吹っ飛ばされ、それがお前の顔に直撃して、鼻血がドバドバ出ていたじゃないか!」

「でも、ジャクリーヌ。シモンにぶつかる前に、咄嗟(とっさ)に剣を木にあてて、衝撃はほとんどなかった様にあたしには見えたんだけど?」

「いやあ、鎧越しとはいえ、若い女の尻が顔にとは、たまらんかったの!」

「こんのエロじじいめ!!」

「冗談じゃ! 冗談! ……半分だけな」

痴話喧嘩(ちわげんか)はその位にして、村の人と交渉しないと、ね!」

「なにが痴話喧嘩だボケネコ! じじいと一緒に、すまきにして川に沈めるぞ!!」


 いつの間にか、村人と交渉を始めていたイザベル。真剣に話していたかと思うと、急にきゃっきゃと楽し気に笑いながら話していた。徐々に、他の村人も集まり、イザベルを囲む輪になっていた。そして、イザベルは空に高々と胴上げされた。


「わっしょい! わっしょい! わっしょい!」


 嬉しそうな顔をして戻ってくるイザベル。


「一体、なにがあったんじゃ? イザベル?」

「さっき話してた、ビッグボアいたじゃん?」

「ああ、エロじじいの話のヤツな!」

「あいつ、実は村の畑を荒らしまわる悪いヤツで、皆困ってたんだって! 仕掛けた罠は罠ごとふっ飛ばすわ、狩りに行っても逆にふっ飛ばされるわで!」

「ワタシが脳天をたたき割ってやったからな! はっはっは!」

「それで、そのお礼に、今日の漁でとれた魚、全部くれるって!」

「触られ損じゃなかったな、ジャクリーヌ!」

「うっせい! ボケネコ!」

「しかも、今晩の(うたげ)に招待してくれるって!!」

「……ということは!」

『招待された宴では、酒を好きなだけ飲んでよし!』


 最後のセリフを3人同時に発すると、万歳しながら何回も飛び跳ねた。



 盛大に盛り上がる宴をよそに、村のはずれにひっそりと馬車が止まっていた。普段、繋いであるはずの馬は、村の厩舎(きゅうしゃ)に移してあり、荷台だけとなった姿はよりさみし気に見えた。

 いつの間にか戻ってきたのか、クンが荷台の上に座って星を眺めている。


「勇者……ニコラ様……」


 クンはそっと呟いた。そして、手紙のようなものをとりだし、読みはじめた……



(2年前……)


 とある廃墟(はいきょ)に、捨てられた子猫が1匹いた。

 魔法の研究をしていた、ビル爺さんと呼ばれる人が飼っていた猫の子供だった。1人小屋にこもり魔石の生成の研究を繰り返すビル爺さんであったが、ある日、魔石が暴走し、爆発してしまう。その爆発により、空間転移が発生し、とある廃墟に1匹だけ飛ばされてしまったのだ。

 あてもなく彷徨(さまよ)う子猫。しかし、そこ一帯は草木も生えない荒れ果てた地であり、子猫が1匹で生き抜くなど無理な話であった。

 2日ほど歩いたころ、なぜか目の前に突然馬車が現れた。その馬車に吸い寄せられるように近づいていく子猫。

 そして、目の前には1枚の手紙が置かれていた。


『はじめまして。ぼくは勇者ニコラです。勇者として旅を始めたものの、格安で馬車を譲ってくれるという人に(だま)され。荷台の中に閉じ込められてしまいました。これは呪いの馬車らしく、決して外にでることができません。もし、ぼくを助けてくれるということならば、この呪文を唱えてください。ただし、途方もなく大きな覚悟が必要です。』


 なぜか子猫は、文字を読むことができた。


「……ラフィール・カダーロ」


 そして、なぜか言葉を話すことができた。呪文を唱えると、食べ物が目の前に現れた。考える間もなく、それに食いつく子猫。


 満腹になり舌なめずりをしていると、すぐ横に手紙が4枚置いてあるのに気付いた。


『ありがとう。呪文を唱えてくれて。君は黒くて可愛い雄の子猫のようだね。それなら君の名前はクンだ。男の子は〇〇くんって呼ぶだろう。だから、クンだ。』


 黒い子猫はクンと名付けられた。


『残りの3枚は、仲間への紹介状だ。それを見せれば必ず力になってくれる。しかし、決して誰にもぼくのことは話してはならない。そういう呪いだからね。』



 ……次の日の夜


「ラフィール・カダーロ」


 呪文を唱える、イザベル。この呪文は勇者パーティだけが使える、伝説の呪文。仲間だけが共通でつかえるアイテムボックスのようなものだ。しかし、それを知るのはクンと勇者だけだ。シモン、ジャクリーヌ、イザベルは晩御飯を呼び出すための呪文だと思っているようだ。


「昨晩は魚ずくしじゃったからのう! 今晩は肉が喰いたいの!」

「昨日捕ったビッグボアの肉に3,000点!」

「なあに、言ってるの? ジャクリーヌ! 自分で言って赤くならないでよ!」

「まだかの! まだかの!」


 自分のセリフで、顔を真っ赤にするジャクリーヌ。フォークの後ろでテーブルをトントンたたくシモン。


「おじいちゃん! お行儀悪いわよ! それより、運ぶの手伝いなさい!」


 料理も並べ終わり、席につく3人。


「この赤いのは、ビッグボアのトマト煮込みとみた! どうじゃ?」

「ワタシに3,000点、3,000点だな!」

「だから、なんであんたは自分で言って赤くなるの?」

「えーと、それはビッグボアのトマト煮込みです。厚切りにしたビッグボアに塩コショウ、そして小麦粉をまぶし一旦ソテーして……」


 クンの料理解説コーナーがつづく。そして、ちらちら見ているのは勇者ニコラが書いた手紙。毎晩の料理に、出したことがないものがあると解説がついてくるのだ。


「……それでは、手をあわせてください!……いただきます!!」

「いただきます!!」


 このなぞの合図も、勇者の手紙で指示されたものだ。この世界にこんな風習は存在しない。一体どこの風習だろうか?


「これうんま! これうんま! ビッグボアの肉とトマトの相性たまらんぞい!」

「一緒に煮込まれた、人参と玉ねぎ。それに肉にまぶされた小麦粉がうまく絡んで、味を引き立てあっているわね!」

「ビッグボアの脂身の旨さ! これはワタシに3,000点、いや6,000点だな!」


 3人と1匹で囲む、楽しい食卓。実は、本当はあと1人いることをクンだけが知っている。いや、もしかしたら3人も気づいているのかもしれない。それを探ってはいけないことも含めて……


 そう、勇者はずっと馬車の中……

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[良い点] タイトルに偽りなし。で、そんなで話が進んでいくのは新鮮でした。 [気になる点] あらすじで記載されている、使われることのない馬車。そうではないけれども、どう説明するのかと言われると、ひどく…
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