焔は振り切れず
槍を振り下ろし、突き、真横に薙いでも、その猛攻は止まることがなかった。
触れる質量を与えられたとはいえ、元は「影」。
更にたちが悪いのは、突っ込んでくる触手の中にナイフ持ちが居る事だ。
この触手、何とも器用な事に、先端を柄に絡ませて斬り掛かってきたり、投げてきたり、突いてきたりしているのだ。全くもって腹立たしい動きである。
満足に動けていないのはこれが理由であった。
何も持ってないならまだしも、ナイフが剥き身の状態なので防御しなければ不味いのだ。
「反則だろう!」と声を大にして言いたい__ところではあるのだが…実は周囲を焔で囲った辺りから、こちらが先に槍のカバーを外していたので、言おうにも言えないのだ。
本気ならばこれだ、と思ったのだが…どうやら悪手だったらしい…。
それならば、と相手も応じたのだろう。律儀というか何というか…。何にせよ、旗色が悪いのは見て明らかである。
「っと……ぁん?」
失敗だったなー、なんて考えつつ攻撃を捌き、地面を蹴って後ろへと下がり、距離を取る。
するとどうだろうか?先程まで視界を覆うほどに猛攻を仕掛けてた触手は追ってこず、先端から徐々にはらはらと消えていく。
ガス欠でも起こしたか?なんて思考を走らせ、触手の向こうに居るであろう相手を注視しようとする。
__と、目を細めた辺りで不意に、ぽんっと肩に手が置かれる重みを感じる。
こちらが振り向くが早いか、確認をしようとすればムニュッと頬に人差し指が突き刺さった。
「後ろを取ったので、私の勝ちでよろしいですか?」
そこには先程まで死すら見えそうな、本気の手合わせをしていたとは思えぬ、優しげな声色で、少し無邪気さが覗く問いかけをする相手が居た。
「……ハァーーー…分かった分かった、あたしの負けで良いよ。ったく、大したもんだね、あんたって奴は」
「お褒めに預かり光栄ですよ」
行動や攻撃があまりにもデタラメが過ぎる相手に、盛大なため息をついた後、半ば呆れ気味に肩を竦めながら認める。
彼はクスクスと笑ってそんな反応を流していた。
* * *
「危ないところでした……」
彼女が辺りに立ち昇らせた焔を消すために、少し離れたのを見てポツリと零す。
あのまま戦いを続けていれば、負けていたのは間違いなく己の方だった。
この勝利は、ただ運が良かっただけ。
殆んど賭けのようなものだった。
影から触手を生み出す。
そこに有限は無く、己の体力と力が持つ限り、ほぼ無限に等しく生み出される。つまり半永久的な生産からの攻撃だ。
それを利用した、物量に物を言わせた弾幕に近いもので、挙げ句にナイフを織り交ぜる小細工有りの猛攻。
しかし、これには当然というべき弱点があった。
それはこの攻撃を行っている間は動けないということ。
つまりはただの棒立ち。一対一ならまだしも、一対多の場合は無防備にも程がある攻撃。
今回は横槍の入る心配が一切無かったので、心配などせずに行えた。そこまでは良かった。
想定外と言えば、やはり彼女の強さだろう。
あれ程の物量。正面のみとは言え、迫りくる圧倒的な猛攻。
彼女はそれを槍一本で、防ぎ、躱し、凌いでいたのだ。
人間離れの化け物じみた、圧倒的な戦闘センス。
経験を積み、生きていけば何れ行く先で持てるかもしれない__が、残念ながら今の己には持ち得ないもの。
そんな相手に己が行ったのは、影から触手を生み出す行為を『半端に終わらせる』事だった。
これにより、影を介して彼から力の供給を受けていた触手は、その姿を保てずに自壊していく。
だが、半端に供給を断ったので即座に自壊するのでなく、緩やかに崩れていったのだ。
この間、己は触手の壁で相手の視界からは隠れていたので、神威を用いて最初の瞬間移動と同様、音も無く相手の真後ろに出たのだ。
結果としては上手くいったが、先にも言ったようにこれはただの賭けだった。
もし相手が触手を相手にしながらも辺りを警戒できていたら?この追撃はブラフで本命の攻撃があると予測されていれば?
…考えれば考えるほどに恐ろしい、無茶で無謀な賭けをしたのだと感じ入る。
相手が消耗しており、己の神威の正体がバレておらず、こちらの実力も見せていなかった。
様々な偶然が重なった上での辛勝なのだ。
きっとこの先、彼女以上の相手と相対するとなれば、己はそこできっと果てるだろう。
どれだけ考えても勝てるイメージが湧き上がらないのだ。
きっと勝とうと思うならば戦闘スタイルを今よりも磨き、戦術を増やし、経験を積む。もしくは戦闘スタイル自体を変えたり、増やして変幻自在に立ち回るか……
「…戦いは苦手なんですがねぇ……」
退魔師とはこの世界では謂わば軍人のようなものだ。
警察にも似通っているが、政府からの要請があれば、それに応じて動き、戦地へと赴くことだってある。
本格的な戦闘を行うならば、この言葉が何よりも適切だろう。
戦闘職とも言えるこれに就いた以上、当たり前のように戦いは付き物だ。
だからこそ今の己の発言は腑抜けたものとして処断されることだろう。
故に誰にも聞かれない様に、小さな声で呟き、大きく息を吐く。
緊張が解かれた事によって襲ってくる疲労感に身を任せ、彼はその場に背中から倒れたのだった。
これにて序章は終了です。
あまりにも戦闘シーンを長引かせてしまった気がする…少し反省…