模擬訓練(2)
__合図が鳴り、手合わせを始めてからどれだけの時間が経ったのだろうか…。
体感では一時間近く過ぎた様な感覚だ。
だが、あくまでそれは体感であり、実際は過ぎても数十分程度だろうか。
息は絶え絶えになっており、肩で呼吸をする始末。
心臓は五月蝿い位に早鐘を打っており、肺は少しでも多く空気を取り入れようと限界まで膨らむ。
最初に取っていた構えは、今は見るも不格好なまでに崩れていた。
「何故…」そんな感想じみた考えが脳を支配する。
面白がって見物をしていた他の新人達もまた、同じように考えている事だろう。
目の前の事象を、事実として受け止めきれず、理解しきれてない顔をしていた。
それもそのはずだ。
彼らが見守る手合わせ。
その瞳に映し出されている光景は、疲労が目に見えて分かるボロボロの姿をしたあたしと、手合わせを始めてから一度も息を切らした様子を見せない素手のあいつが立ち、互いの間には目に見えて分かる緊張感の走っているのだから。
「なんだい、闇瀬とやら…あんた相当強いんじゃないか…」
「いえいえ高御門さん、あなたに比べれば私など」
槍を杖代わりにして告げる彼女の言葉に、こちらは首を横に振って答える。
手合わせを始める前に、し合う相手の名前を知らなければ失礼だと彼女が告げたので、今は互いに相手の名前を知っている。
__彼女の名は「高御門 華懍」
この日の本に存在する退魔師の世界には、大きな三つの家の名が代々伝えられている。
所謂『御三家』と呼ばれるものだ。
創設の歴史を遡れば平安時代にもなる、そんな大きな家は優秀な退魔師を昔から排出しており、立てる手柄も大きなものばかり。
家の規模も然ることながら、影響力もかなり大きく、政治や世の情勢に口を出せる程の権力と実力があるのだとか。
また、神に愛された家系と噂もあり、そこらに居る一般の退魔師よりも莫大な力を内に秘めているとか、脈々と受け継がれた、秘術に等しい神威を持っているとか、色々と聞いたりする。
…あまり良くない噂も聞いたりはするが……。
彼女はそんな大きな家系の出であったらしい。
木端の私とは比べ物にならない上の人だったらしい。
お嬢様、とでも呼べば良いのだろうか。そんな上位人(?)な方だ。
失礼ながらもとても彼女の言動からはお嬢様なんて言葉は想像出来はしないが。
…これを言ったら彼方まで殴り飛ばされそうだから言わずに心に留めておこう。
というか、何故私がそんな大物の彼女の手合わせ相手をさせられているのか、今になって余計、疑問に思えてきた。
暫くはこのカードを組んだ教官を恨むとしよう…。
「息一つ乱してないあんたのその言葉、捉え方によっては嫌味だよ、全く…。それと、あたしを呼ぶときは華懍と呼べって言ったろ」
「おっと、それもそうですね。失礼致しました」
こちらの言葉に対し、やれやれと言いたげに肩を竦めて彼女は言葉を続ける。
名字で呼ばれるのも気に入らないのか、どこか不満気だ。
女性の相手は何とも難しいものである…。
「しかし、本当にあなたはお強いですよ。槍さばきは達人のそれですし、何度危うく死にかけた場面があったか……」
こちらの賛辞に、フン…と鼻を鳴らしてぷいっと横に顔を背ける彼女。
世辞だとでも受け取ったのだろうか。
だが、死にかけたという言葉に関しては賛辞などでは決してなく、本気の感想だった。