閑話 人知れず、しかして其処にあるもの達
本編では盛り上がりを見せてますが、空気を読まずに閑話をぶち込みます。許せ、サ○ケ…
「おいおいおいおい! 勘弁してくれよ…!」
今日は厄日か何かか!?
そう恨み言を言葉にしたいくらいに、何の前触れも予兆もなく、突如として空港内は地獄と化した。
あちらへこちらへと視線をやっても、見られるのは狩られる側として逃げ惑う人に、狩る側として獲物を追い掛け回す悪魔。
ニヤニヤと下衆な笑みを浮かべている辺り、楽しんでいるのだろうか。
振るわれる無慈悲な一撃に、さっきまで生きていた人であった転がる肉塊や、それにより生み出されて溜まる血潮を乗り越え飛び越え、金髪の青年はひた走る。
出来るならば巻き込まれない様に、そして見つからない場所をと探し求めて走り回っていれば、途端、目の前を遮る悪魔の影。
他の獲物を探し求めていたのか、口元は随分と血糊で汚れているのが見て取れた。
その悪魔がギョロリと血走った目を動かし、こちらを捉えれば値踏みをするかの様に見た後に、ニタァ…と歪な笑みを浮かべだす。
どうやら奴の餌としてお眼鏡に叶ったらしい、クソッタレめ。
「ッ、クソが!」
敵意を向けられた、それを瞬時に察知すれば相手が動き出す前に、虚空を横一文字に裂くようにして手を振り抜く。
その瞬間、敵となった悪魔は何処から飛んできたのか、走る光の円によって胴体を泣き別れさせる事となった。
両断された悪魔は何が起こったか理解が出来ないとでも言うように上半身の腕をバタバタと動かしていたが、間髪入れずに飛んできた青年の蹴りを食らい、壁へと飛んでいく。
べしゃり、と嫌な音を立てて壁に激突した悪魔は、暫くピクピクと痙攣していたが、それも長く持たずに沈黙する。
「まったく、なんで悪魔が湧くんだよ、今日はまだ誰も襲ってねぇぞ………!」
光を反射させながら揺れるイヤリングを着けた金髪の青年は、動かなくなった悪魔を見下ろす。
何で同族に襲われなければならないのかという気持ちをいっぱいにし、それを表情に浮かべながら。
彼は一見すればただの人間ではあるが、その実は悪魔が人間の死体の中へ入り込んだもの__『魔人』と呼ばれる存在だった。
中身は悪魔だが、外面は人間である。
理性のない悪魔や、判別の付かない奴にとっては餌や獲物として認識されてしまうのだ。
厄介な事この上無いが、しかし、強くなるために同族喰いをする悪魔も居ると聞く。
つまり、敵に理性があろうと無かろうと案外あまり関係が無かったりするのだ。
弱ければ淘汰される弱肉強食の世界、それが彼ら悪魔や魔人達の日常であるのだ。
そんな血で血を洗う世界でも、稀にこの金髪の青年のような悪魔や魔人も存在している。
無難に生きる平和主義者、とでも呼べば良いだろうか。
好戦的でなく、理知的に動く彼にとって、今日この空港襲撃に遭遇したのは一重に運が悪かったと言えるだろう。
彼は止めていた足を今再び動かして走り出す。
どうせ此処は戦場と化すのだ、隠れても見つけられるか巻き込まれるかがオチだ。
ならいっその事、外を目指して脱出してしまえば良い。
何でもない、ただ友人の迎えで来ただけなのに…災難にも程がある…!
口にはせずとも、そんな思いを心の中で吐露しながら、彼は脱出が出来そうな所が無いか、探すのであった。
* * *
その悪魔はのそり、のそりとノロマな歩みを続ける。
一歩、また一歩と歩く度に上半身は左右に大きく揺れていた。
ガシャガシャと音を立てながら歩くのは、頭と呼べる物が首に乗っかってなどいない落ち武者のような容姿をした悪魔であった。
何を以て認識し、辺りを見ているか分からないが、キョロキョロと見回す仕草をしてから、少し離れた位置にもう動かない死体の方を向いてからそちらへと歩きだす。
そして目の前まで来れば、どれ、一つ食わせてもらおうとでも言うように抜き身の刀を、ずぶりと突き刺した。
じわりと刺された部分から服を赤く染め、やがて吸い切れなかった服の切れ目から、ぬるりと赤黒い血が顔を覗かせる。
しかしそれは下へ垂れる__ことなく、何故か逆に刀身を登っていく。
登る血は、柄まで届くことなく途中で、まるで手品のように何処かへと消え去っていった。
暫く…と言っても、たかだか数秒だったが、そのままで居た落ち武者は、ずるりと刀を引き抜く。
と、そんな落ち武者の背後に突如として一人の男が現れた。
その者の容姿は白い髪を腰辺りまで伸ばしており、何処となく妖艶さを含んだ赤く細い眼を持った男であった。
男は、着込んでいた白装束の裾をゆらりと揺らし、前髪を搔き上げて周囲を見渡し、状況を把握し、ポツリと呟く。
「まずまず、と言ったところか…人間共から吸い取れた血と肉で出せる数はそれ相応に増えてはいるが、はてさてどれだけ出すことを要求されるのか、今からがより恐ろしいな」
目の前に立たせたままの落ち武者悪魔に、次の獲物を探してこいと指示を出しつつ、手を何も無い虚空へと翳す。
するとどうだろうか、コンクリートの床をぶち抜き、アンデッドさながらに首から上がない落ち武者風の悪魔が姿を現した。
男は慣れた手付きで新たに増やした配下へと指示を出せば、自身は高みの見物でもするつもりなのか物陰へと姿を晦ませた。
* * *
「そこ、気をつけて下さい、物陰から反応を感じられます。民間人であれば保護を、悪魔であれば討伐を」
「おじさん、指示出されたよ! 出番だよ、ほら!」
「はいはい、分かったから…『埼原』さんはさっさとおいさんの事を離してくれませんかね? 行くに行けないんですけど?」
結界の内と外の境界線付近、其処には忙しなく人に指示を出す真面目そうな女性と、明るく朗らかな埼原と呼ばれる妙齢の女性、そしてそんな女性にひっつかれる父親のようなやる気のなさが伺える男性が居た。
ひっつき虫のようにくっついて来る彼女を何とか無理くり引き剥がし、男性はやっとこさ示された物陰へと赴く。
そこには残念ながら保護すべき人民は居らず、代わりに躯の血肉をモチャモチャと食べる小さな蜥蜴型の悪魔が居ただけだった。
「やれやれ…ほいっと」
はぁ…と小さく溜め息を付き、腰に引っ提げた鞘から刀を抜けば、真上からザン、と一輪刺しにしてその悪魔を討伐する。
幾ら通常武器が効きにくい悪魔と言えど、この程度の大きさと力の悪魔ならこれで簡単に絶命する。
人外の化物とはいえ、やはり生物の一つなんだなぁ…なんて感じつつ、刀を引き抜き、血を払って刀を鞘へと収める。
そしてこの惨劇の餌食になってしまった物言わぬ躯に向け、手を合わせてから隊の元へと戻った。
「『波取』二級、残念ながら物陰に居たのはちっこい悪魔だったよ」
「そうですか。では、『石原』さんは引き続き指示を待ちつつ、余裕があれば他の援護を。…それと、いい加減亭号をお決めになっては? 流石に戦地で本名を言うのはちょっと…」
戻ってきた男性_石原から報告を受けた、亭号『波取』と呼ばれた、指揮を出していた女性は小さく頷き、次に取るべき行動を伝える。
その際、気にしていた事をついでに告げる。
石原は退魔師であり、経歴も長くありながら未だに亭号を決めていないのだった。
亭号は所謂、その者を指すもう一つの名である。
敵に本名を知られては、そこから様々な事を探られ、果ては日常生活にて襲撃を被る可能性だってある。
それを防ぐ意味合いも兼ねているのだが、石原はちょっと嫌な小言を受けたと言うように、面倒そうな顔で後頭部辺りを掻いた。
「んー、まぁその内な。急ぎの件でもなし、今は考えるべきはこっちだろう。ほら、埼原さーん? 俺に任せっきりじゃなくて、あなたも戦うんですよー?」
「えー? もう何ならおじさんが全部やってくれても良いと思うんだけどなぁ」
石原は波取指揮官から、追加のお小言を貰いたくないと言うように話題を逸し、更に保険として先程まで引っ付いてきてた埼原へと話の矛先を向けた。
埼原は、露骨な話題逸しの槍玉に挙げられたのがちょっと不服だったのか、ぷくーと頬を膨らませながら言葉を返す。
「__あっ!」
と、途中で何かを見つけたのか、トトトッ、と少し離れた場所へと駆けていき、何かを持って戻ってきた。
「見てみておじさん! 捻れた角ー」
「よーし、そら、先行け」
ふんす、と自慢げに持ってきた物を見せて胸を張ってくる姿に、まだまだ余裕あるなと見て取った石原は埼原の背を叩いた。
「おわっとっとっとぉ!? やっぱりおじさん、ぼくの扱いが雑だと思うんだけど!!」
褒めてくれるか、多少の感想を言ってくれるだろうと思っていたのだろう。
流石に石原の行動が予想外だったのか、数歩程つんのめり、片足でとっとっ、と前へと進んで止まってから思わずといった様子で食い掛かる。
石原は肩を竦める程度であまり取り合おうとせず、そんな様子に腹を立てた埼原は、再び彼の行動を制限するかの様に引っ付き始めた。
波取はそんな二人の様子を、頭が痛いと言葉にする様に額に手を当て、頭を左右に小さく振った。
そんな時に、耳に付けたインカムから別の隊の報告が入ってくる。
そして続くのは己よりも更に上の、指示を出す者の声。
「__畏まりました。これより第二搭乗口より突入を行います。『影法師』三級、並びに『空踏』二級は『束払』二級の指示の下、行動をしてください」
その報告、指示の一連を全て聞いてから、応答のボタンを押し、返答をしつつ、続け様に隊に居る三人に向けて指示を出す。
人員を更に割くのは痛手だが、常に人手不足なのが退魔師だ。嘆く暇は無いだろう。
それに、石原と埼原の両名は騒がしく、巫山戯てもいる様に見られるが力のあるのは間違いない。
埼原はまだしも、石原は自分と同じ二級だ、彼女に多くの無茶はさせないだろう。……させない、はずだ。
やれやれ…気疲れなども相まって、今夜は酒がいつもより進みそうである…友には悪いが、今日は労いに付き合ってもらうとしよう。
気が少々早く感じもするが、彼女はそんな事を考えながら引っ付く者と引っ付かれる者、そして幾人かを連れて歩を進めるのであった。




