初日(1)
唐突だが、結論から言わせてもらう。
多分私はこの職に向いていない。それはもう盛大なくらいに、だ。
何故このような結論に至ったか、理由は簡単だが、説明するために少し時間を戻すとしよう。
* * *
退魔師の新人達が集まる場所。そこに行くまでは良かったのだが、着いてから問題は早速起こった。
「おい、何で悪魔がこんな所に居るんだ…?」
「なんて不気味なんだ…」
「人型なのが余計に気味悪いわ……」
会場に入れば、先に集まっていた新人であろう者達にジロジロと見られては口々にヒソヒソと囁かれる言葉。
それもそうだろう。何せ自身の体は靄とも取れぬ黒よりも黒い色をした何かが膜のように張り巡らされていたのだ。
張り付いたそれは、体表と思わしき部分をよく見れば渦巻いたり蠢いたりしており、傍から見れば気持ち悪いものだろう。
それに相まって着ている服装もまた他から見れば奇抜と言える。
黒を基調とした、動きやすさを重視したシャツとズボン。その上から、頭から裾あたりまで丈のある長いレインコートの様な、ローブに近い服を着ている。先端までが灰に近い黒色をしており、目深くフードを被って居るので晒している肌面積はかなり少ない。顔の半分程でも見れたら上等だろう。
司祭とまではいかずとも、宗教じみた何かを感じさせるものだ。特に邪教寄りの。
現状を簡単に表すならば人の形をした影が服を着て、出入り口立っている様な、要はそんな感じだ。
でもこういう服って格好良くありませんか?
そうでもない?あぁ、そうですか……
入り口で突っ立っていても通行人が近寄らず、邪魔にならなかった理由。それがこれだ。
まぁ、確かにこんなのが居れば誰だって近付くことは躊躇するだろう。立場が違えば私も多分そうする。
そんな嫌なざわめきが立つ中、恐る恐る手を上げて発言をしようとする。
うわ、思いっ切り驚かれたし、何なら武器を構えてる人すら居るのだが。少し血気盛んすぎやしないか。
「あぁ…えっと、この体表に張られてるこれは【神威の代償】によるもので…」
『神威の代償』__
何も神様だって無償で力を貸してくれる訳ではない。一部の神や、契約者を痛く気に入ってしまったのを除いて、大抵は力を貸し与える代わりに何かを要求してくる。
それが『代償』だ。
代償、と言ってもそれは様々である。大きなものから小さなものまで多岐にわたる。
髪の毛や爪、体のごく一部分だけで良い場合もあれば、本来生きたであろう寿命の幾割かを持っていったり、臓器の幾つかを持っていったり、死後の魂や屍体を寄越せと要求するのも居るらしい。
……最後に至っては最早神は神でも死神だろう。
要はピンキリがあまりにも激しすぎるのだ。
何よりも一番キツいのは神が人間に神威を貸し与えるまで、人間は内容を知る由もないのだ。
天照大御神などといった有名どころならばある程度予想は立てれるが、あまり知られてない神だとそれがよく出る。
キツい代償を支払い、蓋を開けて見ればショボい神威でしたー。なんて事も起こり得るのだ。
今でこそ契約前に話し合ったり、確認をしたりするのであまり聞かないが、昔はこれが横行して悪魔は大歓喜、人類は大打撃だったとか…。
さて、代償によるものだと告げたは良いが、大多数はやはり納得のいかないご様子。
構えてる武器すら下ろさない辺り、語った言葉に対する信頼なんてものは皆無に等しいだろう。
流石にここまで敵対されて、聞く耳を持たれないとなると悲しくなってくるものだ。
どうしたものか…なんて思考を始める__と、その時。
カツン…と真後ろから靴の音が聞こえたと思った瞬間、耳をつんざく程の怒号が辺りに響き渡り、思考が遮られた。
「整列!!!」
胸いっぱい膨らませ、空気と共に吐き出された大きな声はその場に居た新人を萎縮させるには十分過ぎるものだった。
教官らしきその男はジロリと辺りを睨む様に一瞥すれば、固まったままの新人達に対してふんっ…と小さく鼻を鳴らした。
「聞こえなかったか?整列と言ったんだ、さっさと並べひよっこ共が」
あまりの圧を含んだ言葉と雰囲気に焦ったか、いそいそとせわしなく動いて列を成した。
私は一番目立ちにくいであろう左後ろ最後尾を取らせてもらった。
真後ろであんな怒号を浴びたんだ、他の新人さんには悪いがこれくらいは許して頂こう。