訳も分からず
相性なのかキャラなのか。爆速で馴染んでしまった2人がこちら。
「ぁぁ、もう夕方かぁ…。あのさナナ。驚かないで聞いて欲しんだけど」
宵闇の時間。ものの数時間で、何故かすっかり順応した私は、彼を放し飼い(?)にして台所で夕飯を作っていた。実は静かに過ごすこともできる幽霊で良かった。とか、この空気感前から知ってる気がす…ぃゃぃゃ違うよダメだよ流されてるよと思考は堂々巡りしつつも。
だから初め、それは距離とか、風のせいだと思っていたのだけれど。
ベランダから私に語りかける佐々君の声は、既にかなり聴きとりにくかった。
「俺さ、たぶん昼間しか ぃ」
「ぇ?何か言いました?佐々く…」
私が振り向くと。
佐々君の姿は忽然と消えていたのだった。
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ええまぁ。お祝いしましたとも。やっぱり夢か幻かだったんだなって。良かった良かった私は日常に戻れたんだなって。思いましたとも。
そんな私の歓喜とは裏腹に。
「おはよ☆彡 ナナ、コーヒー淹れて?」
翌日早朝には、昨日と寸分違わぬスケスケボディーのイケメンが、持ち前の深く響く声で威力昨日比120%増しくらいの挨拶をしてくれました…とさ。ぅぬぅ。
ただし、私のリカバリ能力も昨日の比ではなく。
「今日は私、日勤なんで佐々君のお相手はできません悪しからず」
聞き返されるかな?という私の読みは杞憂に終わり、瞼を僅かに伏せた思案顔でかのイケメンが宣うには。
「ぁ!夜全然居なかったのは夜勤か…。ぃゃ俺てっきり見た目に寄らず 的なことかと…。ゃぁゃぁこりゃ失敬。日勤/夜勤両方アリってことは、ナナって看護師さん?それとも複数職種掛け持ちのフリーターとか?」
…聞き捨てならない内容もあったけど、まずは事実に則して回答するか。
「病棟勤務の看護師ですよ」
「それはそれは。日々勤労お疲れ様です。邪魔はしないから、てか出来ないから気にしないで?化粧するトコ見られたくないならベランダ出てるし」
「別に。すっぴん見られてる時点で、プライバシー云々は迷子ですから今更」
女性を気遣うフリくらいはできるんだ。喋り方と合ってないだけで見た目は20代後半だし、社会人経験もあるのかも。
「なぁんか失礼なコト考えてそうだな」
ジト目で見られても関係なく、朝食の片づけをして鞄を手に取る。玄関前で振り向くと、佐々君は透けてなければ違和感がないくらい自然にそこに立っていた。
そんな佐々君が、満面の笑顔で言うことにゃ。
「いってらっしゃいアナタ☆彡」
「………はぁ、いってきます」
天涯孤独の喪女にとって、久々の温かい挨拶の相手が幽霊って…。
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それから大禍なく過ぎまして。残り日数も半分を切った深夜勤の明けのこと。
「だから。俺って結構良心設計じゃない?生き物にはどうやっても触われないから女性のナナと同居しててもR18的な心配ないし。夜のお仕度覗こうにもさ?とけてる時間だから無理だし。そもそもそゆ欲求的なのめちゃくちゃ薄い!!俺史上最高レベルの薄さ!全年齢対象待ったなし!って感じ」
つらつら話す佐々君を放置で、私は明けの謎テンションのまま、ワインを干す。
「……。ナナ。体壊すから。やめときな?知らん内に深酒になって急性中毒起こす奴だってソレ」
無視をして、どかどか注ぐ、安物ワイン(字余り)。
「難波 七さぁん、ちょっ…俺さ、集中さえすりゃ無機物触れるんですけど?」
無視をして(以下略)
「…………。分かった。そっちがその気なら」
無視をして――
「おりゃぁ!」
突然。グラスが私の手からすっぽ抜けて、机経由で床に転がった。ローテーブルにアヒル座りだったから、けがはない。ラグに落ちたグラスも割れず、ワインも幸い白だから赤ほどシミにはならないだろう。
結論。こんなに怖くないポルターガイストも無いんじゃなかろうか。ただし。
「…掃除が面倒。あと酒臭さヤバイ」
私が呟くと、佐々君はため息に言葉を混ぜた。
「ナナの酒癖のがヤバイと思うけど。…も、聞くわ。何あった?」
声の調子をイキナリ年相応にしてくるのはズルいと思う。内容もそう。痛いとこだと知っていて、的確に当ててくる。
「…………。何も?」
「例のヤバイBossがまた無茶ぶりしてきたとか?」
的確に当ててくる。黙ってると肯定したことになるけれど。もう眠いんだか酔って来たんだか分からなくなってきた。別に情報流出する訳じゃなし、いっか。
「…新人教育と、看護研究と、係が2つ。中途だからって盛り込みすぎでしょ真っ黒か。どれも引き受けたからってお給料に変動ないけど、自分の時間は確実に削られる素晴らしい仕様ですね。他の人は断って?私が断ろうとしたら『単身者で職場の近くに住んでるんだから良いじゃない決定ね』ってゴリ押されて。断ったら多分勤務シフト編成と希望休が終わる。絶対終わる…。『看護師給与高くて羨ましい』とか言ってる奴出て来い。いつでも換わってやんよ。免許取ってからな。心身共にどんだけ過酷か取得前から早くも思い知るだろうさ、ふはははは・・・・」
「ナナのうしろに黒紫の焔がみえる…。魔王とかラスボスの風格だな」
そうかな?そうかも。
「…じゃぁさ。辞める?」
耳に沁み込むような、やけに軟らかい声で佐々君に言われて。睨んでしまう。
そんな、ダメな私の台詞がこちら。
↓↓↓
「なんで私が?」
ね?意味不明でしょう。でも、正直な気持ち。
そして、それに対する佐々君の返しがこちら。
↓↓↓
「だよなぁ。俺も社畜だったからさ。仕事は好きだけど、中の人たちを愛せなかったタイプの」
もっと意味が分からなかった。その「だよな」は何への同意?
違くて。分かる気がしたけど、ことばが響き過ぎて意味が飛んだ感じ。
この感覚、分かる人が居たらいいんだけれど。