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Lunatic tears _REBELLION  作者: AYA
act1 Sunlight Girl Moonlight Boy
55/57

5-9 Requiem For The Devil

 4人が連行された臨海署は、3人は女子宿直用のシャワー室へ案内された。流雫も男子用を案内されたが、代わりにバスタオルだけ受け取ると最上階の休憩室の端で、服の上からタオルを押し当てながらスマートフォンを耳に当てる。市街地コースとして閉鎖されたエリアに乗り付けた車に乗せられる直前、

「流石だ」

と返事が届いたからだ。身体を温めるより、大事なことが有る。

 「よくやった」

スピーカーからの第一声に

「サンキュ、アルスもアリシアも」

と答える流雫。

 「全員無事か?」

「うん。怪我もしてない」

そう答えた流雫に、アルスは

「……お前はヒーロー扱いされることを好まないのは知っているが……、お前はヒーローだ。お前だけじゃない、ミオやシノも」

と言った。流雫は

「……だと思う」

と返す。珍しく否定しなかったが、それは澪や詩応の名が入っていたからだ。無論、アルスも判っている。2人がいたからこそ、僕は戦えた……流雫はよくも悪くも、そう口にする人間だと。

「今日だけは甘えろ?」

と言って戯けたアルスに

「……今日だけは、そうするよ。でも、アルスもアリシアもヒーローだからね。僕にとっての」

と答えた少年は、乾いたハズの瞳にまた冷たさを感じる。

 思わず、紙コップに入ったコーヒーでごまかすと、弥陀ヶ原が近寄ってくるのが判る。また、別の……しかし誰も死なない、時間が長いだけの戦いが待っている。だがその前に、知りたいことが有る。

「あ、アルス。最後に一つ、教えてほしいんだ」

と流雫は言った。


 アルスのスマートフォンが短く鳴ったのは、1組のカップルがレンヌの教会に着いてすぐのことだった。礼拝堂に入るなり目にした

「やったよ」

とフランス語で書かれたメッセージに、ブロンドヘアの少年は大きな溜め息をつき

「ルナがやった。無事だ」

と恋人に言いながら、

「流石だ」

と送る。それと同時に、

「戦いも、終わったわね……」

とアリシアは言葉を返した。旭鷲教会が仕掛けた宗教テロと云う戦いが、ついに終わった。

 その余韻に浸っていると、今度はスマートフォンが長く鳴る。アルスは最初の声から弾んでいた。その会話の様子は、赤毛の少女にとって微笑ましい。

 その最後に、アルスが長い言葉をゆっくりとした口調で唱える。

「判らなくなった時は、言ってこいよ」

と言って通話を切った恋人に、アリシアは言った。

「最後のって……」

「ああ。ルナらしいよな」

とアルスは答える。ただ、唯一惜しむとするなら、自分でなくシノに問えばよかったのに。恐らく、思い立ったのが自分との通話中だったからか。

 司祭が礼拝堂に入ると、アルスは

「日本の争いは、終わったようです」

とだけ伝える。ニュース速報でも未だ届いていない、最速の情報だ。

「そうか……それはよかった」

と答えた司祭に、アリシアは

「これで、この国の脅威は一つ消えましたね」

と被せる。

 「ああ。少しずつ平和が戻ってほしいものだ。この国だけじゃない、あの国にも、そして世界にも」

と司祭は言い返し、奥へ消えていくと同時に礼拝堂に信者が入ってくる。何時もと変わらない土曜日の朝だ。

 アルスは礼拝堂を後にし、アリシアもそれに続く。

「賑やかは苦手だからな、一旦出るか」

そう言った恋人に、アリシアは微笑んだ。彼なりに、平和が戻ってきたことを実感したい、それが判っていたからだ。


 6人が集まる取調室は、一言で言えば狭苦しい。

「……大変だったな」

ベテラン刑事の一言で始まった取調は、事件の規模が規模だけに、今日明日と2日間掛けての耐久戦になることが、既に決まっていた。

 ……真は、2日前に教会で話を聞いていた。この7月中に、何かが起きるのではないかと。フランス革命に擬えた動きが日本で起きても不思議ではなかった。そして、起きるとすれば東京。だから東京へ向かうことにした。

 先輩で恋人の女子高生は呆れたが、しかし3人だけでは足りなかった。真がいたから、1対2が2組として有利に事を運べたと思っている。そして、それは流雫も澪も同じだった。


 レースを妨害したコンテナトラックは盗難車だったが、南岸の埋立処分場で乗り捨てられた。火を放たれ、全焼している。単に臨海副都心を撹乱する目的だったと思われている。

 警察に立ち向かった唐津の私設軍隊は、流雫たちの決着がつく直前に鎮圧された。大きな被害が双方、そして人質となった数万人にも出ること無く終結した。

 詩応と真が取り押さえた首相は、刑事に逮捕されるまで藻掻いていたが最後は呆気なかった。今は近くの病院で、真が撃った1発の銃弾の摘出手術が行われている。流雫や澪と同じ小口径の銃は、威力が弱いために銃弾が貫通せず体内に残りやすいと云う、もう一つの特徴が有る。だから、或る意味で厄介なのだ。

 そして、その隣の部屋では大怪我をした男の処置が行われていた。

 暴発は、秋葉原で澪が戦った相手がそうだったように、密造した違法銃と違法銃弾そのものに起因するものだった。生産時の精度に問題が有ることが、河月で押収した銃を細かく調査した結果判明している。更には、銃弾も火薬を規定より多く装填していたため、内部の部品が爆発のエネルギーに耐えられず変形し、弾が詰まった可能性が有力だった。それでも、暴発の確率自体は低いが。

 最も手っ取り早い武力化、その答えが大量の密造だった。その結末は、その最終決定を下した唐津にとっては最大の皮肉でしかなかった。

 澪は、3週間近く前に秋葉原で遭遇したあの事件を思い出していた。だから、血相を変えて唐津に駆け寄った。流雫と同じで、この黒幕には死なれてほしくなかったからだ。

 生きて、今までの事件について全て話すことで、何もかも明るみになってほしかった。日本乗っ取りを狙った総司祭しか、知らないことは多いハズだからだ。

 しかし、秋葉原で見たことがフラッシュバックする。それとの戦いを強いられながら、澪は椅子に座る女子高生3人の端でただ俯いていた。

 

 唯一立った流雫は壁に寄り掛かり、目を閉じている。トップバッターだった真の供述を聞きながら、今までのことを思い返していた。

 ……この2年近く、トーキョーアタック、トーキョーゲートと云う亡霊に付き纏われてきた。しかも、その結末をこの目で見届けることになるとは。

 今まで遭遇して戦ってきたテロで、その結末に後味が悪くないものなど無い。流雫が護りたい人全員が死なないことは、今まで大町と詩応の姉を除いて達成してきたが、あくまで最初の条件でしかないのだ。そして、全てが終わった今の後味は、寧ろ最悪だった。

 ……戦いは終わった。だが、あのテロの脅威への恐怖、張り詰める緊張感、イチかバチか賭けるしかない悲壮感、そして銃の音と反動……死ぬまで、脳から消え去ることは無いだろう。ただ、二度と銃を持たなくて済む……そう願うばかりだ。

 澪は時折、後ろを振り返る。微動だにしない恋人が、何を思っているのかは判っている、と思いたい。


 日没を迎えた頃、最後に回された流雫の取調も終わった。真は、どうやら詩応の1人部屋に転がり込むらしい。教会の担当も、臨海署から話を聞いていたらしく、経緯が経緯だけに特別だと言っていたようだ。

 帰り間際、流雫はあのペデストリアンデッキに行きたいと言った。総司祭に銃口を向けたあの場所に。3人はついていくことにした。

 空には晴れ間が戻っていた。しかし、あのゲリラ雷雨の痕跡は、未だ残っている。しかしその雨に流されたのか、階段の血痕が残っていないことは幸いだった。

「……此処かな」

そう呟いた少年は、スマートフォンを鳴らした。

「……やっぱり頼む」

そう言った少年に、礼拝堂に戻っていたアルスは

「ああ。何時でもいいぞ」

と答える。信者ではない自分だけより、信者のアルスも交えた方が相応しい、そう思っていた。

 流雫はスピーカーフォンモードにし、その場に膝を突く。アルスも礼拝堂の床に膝立ちした。そして、詩応は無意識に、流雫の隣に跪いた。

 ……そうか、だからこの場所に戻りたかったのか。やはり流雫には敵わない、と思いながら目を閉じた。


 我が女神、ルージェエールに願う。クレイガドルアに眠りを。彼は悪から解き放たれた。

 我が女神、ソレイエドールに願う。クレイガドルアに眠りを。彼は悪から解き放たれた。

 この地から、彼に鎮魂の祈りを捧ぐ。久遠の安寧を与え給え。

 この地から、彼に鎮魂の祈りを捧ぐ。久遠の安寧を与え給え。


 フランス語と日本語が繰り返される。その様子を、澪と真は後ろから見つめていた。

 ……日本乗っ取りを阻止する戦い。それは、血の旅団をベースに創設された旭鷲教会、それに私利私欲の踏み台として寄生する人間と云う名の悪から、悪魔クレイガドルアを護る戦いでもあった。これ以上、独裁者にいいように扱われないように。そして悪は、逮捕と云う形でこの地に倒れた。

 時を同じくして、連中がフランスで起こそうとしていたテロも、未遂に終わったと聞いている。流雫は漸く、浮かばれてほしかった人々に救済の手が差し伸べられたと思った。そして、何時しか日本乗っ取りの隠れ蓑として使われるようになった、その名にも。

 ……そして澪は、流雫の救済を願っていた。彼は既に、一生分の怒と哀に苛まれてきた、だから喜楽で満たされてほしかった。

 「……サンキュ、アルス」

その言葉に、スマートフォンのスピーカーから

「やっぱり、お前らしいわ」

と言って笑う声が聞こえる。流雫は微笑んでみせた。その表情は、レンヌにいる少年には見えないが、容易に想像がつく。

 「……また連絡するよ。じゃ」

そう言って通話を切った流雫は、ブルーとブラックのグラデーションを映すオッドアイの瞳を濡らしていた。

 テロとの戦いは終わった。しかし、戦いがもたらした結束は終わらない。これからも続く。普通に遊べる、何でも話せる間柄として。

 孤独でも構わない、澪と知り合うまでそう思っていたハズの流雫が無意識に、深層心理で求めていたもの。そして2年近く経った今、美桜がいた頃より笑えている……少年はそう思った。それだけ、流雫が感情を見せるようになったからか。

 美桜は羨むだろうか。ただ、同時に


 渋谷で別れることにした2組は、最後にハチ公広場に寄った。土曜日の夜とあって相変わらず喧噪に包まれている。

 詩応は姉が斃れた場所で手を合わせる。

「終わったよ、詩愛姉」

とだけ言ったボーイッシュな少女と、その隣に立つ恋人の背後で、流雫と澪は慰霊碑に向き合っていた。

 「……あたし、一度だけ……美桜さんに逢ったの。夢で……だけど」

そうボブカットの少女は切り出した。

「台風の空港……あの前の日に。……流雫のこと、頼むよ。美桜さん、そう言ってた。そう言ってほしかったから、夢に出てきた……そう思ったりする時も有るけど」

「だからこの前、約束したの。この場所で。流雫を死なせはしないと」

と言ったボブカットの少女は、凜々しい目付きを恋人に向け、そして微笑む。

「……だから、あの時……」

流雫は言った。

 あの雨足に掻き消されない声は、今でも耳に残っている。そして、あの言葉が唐津に焦燥感をもたらし、自滅を招いた。暴発と云う結末は、澪にとっては少し強烈だったが、美桜が2人を形振り構わず、とにかく護ろうとしたから起きたことなのか……。と、流雫は数時間経った今になってそう思う。

 「うん」

と頷いた澪は

「今日まで、約束は果たせた。流雫を護れた。でも、これで終わったワケじゃない。明日からも、あたしは流雫の力になる。流雫には、あたしがいなきゃね」

と、最後に少しだけ戯けてみせる。流雫は

「だから、僕も澪の力になる」

とだけ言った。悲壮感が潜んでいないことは、そのアンバーとライトブルーのオッドアイの瞳を見ればすぐに判る。

 ……SNSで知り合って2年近く、流雫は確かに強くなった。頼もしくなっていった。今に満足できない、だから僕は弱いと言い続けていても、自分自身のことだから自覚が無さ過ぎるだけで。それは、澪が誰よりよく知っている。

 もし、流雫が迷って歩けなくなったのなら、あたしは流雫の澪標になる。最愛の少年が見上げる、星無き夜空にさえ微かな光の瞬きを見つけられるように。

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