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Lunatic tears _REBELLION  作者: AYA
act1 Sunlight Girl Moonlight Boy
51/57

5-5 Light In Despair

 りんかいスカイトレインの駅舎の階段を駆け上がると、改札の奥にふらつきながら階段を下りる人が見えた。それも数人どころではない。

「な……!」

流雫は無意識に自動改札を跳び越え、駆け寄る。

「……ガス……、……人……」

絶え絶えの息混じりに言った男の声に、流雫は

「助かる。もうすぐ救急車が来る……!」

とだけ言った。既に救急の手配はされているだろう。

 それに被せるように

「流雫くん!」

と見知った顔の刑事の声が聞こえる。澪からの一報を聞き付けて真っ先に駆け付けたのは、弥陀ヶ原だった。

「何が起きてる!?」

「ガス……そう言ってる!」

とだけ焦りと苛立ちを交錯させた流雫は、下りてくる人を避けながらプラットホームへ駆け上がる。

 密室構造のホームフロア、その非常ドアが開けられていた。その先には、先頭の非常用ドアが開けられた列車。走路の脇に走る給電用レールは、電気の遮断状態を示すランプが点灯している。万が一よろけて触れても安心、それだけが幸いだった。

 車両から駅へと歩く人の流れが一瞬止まる。その隙に走路に飛び下りた流雫の鼻に、微かに刺すような臭いが漂う。

 ……プールの水のような臭い。そしてよく見ると、車両の中は緑がかっている……。

「流雫くん!!」

弥陀ヶ原が、今度は非常ドアから叫ぶように名を呼ぶ。流雫は叫び返した。

 「恐らく塩素ガス!!」

顔馴染みの少年の声に、若めの刑事の顔が引き攣る。

「!!室堂さん!!」

「ああ!!」

後輩の直後を走ってきた先輩の声を合図に、先に走路に飛び下りた弥陀ヶ原は

「流雫くんは駅から出ろ!」

と言って無線機を手にする。

 ……駆け付けたが、自分には何もできない。ただ、人が苦しむのを見ていることしかできない。

 ……美桜を看取った笹平も、あの時こんな感じだったのだろうか……。そして混乱を押し殺しながら、黒薙に連絡したのか……。

 「……っ……」

流雫は唇を噛み、踵を返した。


 改札を再度跳び越えた流雫は、しかし着地のタイミングを一瞬だけ間違えた。タイルで滑り、勢いを殺せず、頭から周囲の案内地図に激突する。

「だっ……!!」

派手な音と声が重なり、階段を駆け上がっていた2人の少女を震えさせた。その先頭にいた詩応が先に

「流雫!」

と声を上げた。

 ……地図の前で四つん這いになり、頭を抱える流雫。

「今の音っ、……流雫!?」

とボーイッシュな少女は言ったが、奥歯を鳴らしながら上げた少年の顔は怒りと戦慄と悲しみが交錯している。一言で言えば、喜怒哀楽から喜楽を奪われた結末だった。

 「流雫!!」

澪は叫ぶように名を呼びながら、最愛の少年に駆け寄る。

「列車で……塩素ガス……」

と弱々しく言った流雫に、2人は新宿の出来事を思い出した。あの総司祭暗殺に隠れがちだが、最初に何が起きたか……。

 頭を打った痛みなんて、どうでもいい。血は出てないし、内出血も起こしていない。

 それより、この場所で無差別テロが起きたことへの怒りが大きい。着地をミスして、リカバリーできなかった……それが冷静さを欠いている証左だった。

「流雫、行こう!逃げなきゃ!」

そう言って、澪は流雫の腕を掴む。

 ……今は冷静でなければ、流雫はそう思い直し、その助けを借りるように立ち上がる。少女はその手を離して先を走った。


 「台場のレースに進入車」

「台場の列車で異臭騒ぎ」

2つのニュース速報が、ほぼ同時に3台のスマートフォンを鳴らした。イベント区画の端で立ち止まり、息を切らしながら画面を見つめる流雫は

「……何処に消えた……?」

と呟く。

 あのトラックが地下に入ろうとするのを、レースの国際映像に捉えられていた。地下トンネル、その先は埋立処分場の人工島で、更には大井埠頭や城南島、反対側は新木場まで行ける。

「革命だとして……レインボーブリッジを使わないのはどうして?」

と、澪はスマートフォンの地図を見せて言った。

「え?」

「トンネルの前から右に行けば……」

と、澪は2人に説明する。

 トンネルの前から右折し、首都高速をアンダーパスで通過した先で、レインボーブリッジへ行ける。それから首都高速に回れば、霞ヶ関には着ける。

「道路封鎖で、流石に無理と思ったんじゃ……」

と詩応は言う。……それも一理有る。しかし流雫は、もっと別の理由を睨んでいた。

「……あれも含めて囮……」

「囮?」

澪の問いに、流雫は頷く。

「そもそも、あの車で革命を起こす気は無い。ただ警察を撹乱して、此処に気を取られている間に……本丸を狙う……」

「じゃあ……!」

先に声を上げたのは、詩応だった。

「塩素ガス騒ぎも、全ては囮……!」

「っ!!」

ボーイッシュの少女の声に、澪は自分のボブカットを鷲掴みすると、無意識に怒りを吐き出した。

「人の命を、何だと思ってるの……!?」

……今まで何度、そう口にしただろうか。

 無関係な人の命を奪う、その全ては、正義と云う言葉に隠した、自分の私利私欲に塗れた野望の実現のため。今までの戦いもそうだった。

「……目的のためなら、多少の犠牲は仕方ない……?犠牲に多いも少ないも無い!1万人死んでも1人死んでも、人の死は同じじゃない!!」

そう叫んだ澪は、怒りを超えて今にも泣き出しそうだった。

 無意識に飛び出した、あの総司祭が言いそうな言葉で自分にとっての最大の地雷を踏んだ。一言で言えば自爆だった。

 詩応だけは冷静だったが、だからと宥める術は持ち合わせていない。

 「……だから、僕が悪魔を救い出す」

その言葉に、澪は数秒経って頷いた。此処で叫んでいても、何も始まらないことぐらい判っていたからだ。

 「……でも、次の目的は……」

そう詩応が言ったのと、スマートフォンが鳴ったのは同時だった。

 「謎の部隊、国会襲撃」

「国会襲撃、日本陥落か」

連続した見出しに、3人は頭を力任せに殴られた錯覚に陥る。

 「くっそ……!!」

詩応が先に声を上げた。何もかも、遅かった……。

「ついに、革命が……」

そう呟き、澪は空を仰ぎながら、膝から崩れ落ちる。

 ……有り得てはいけないことが起きた。


 流雫は立ち尽くしたまま、スマートフォンを手にする。

 ……自分が屈したり、澪や詩応を殺されたりしたワケではないが、結果として誓った約束を護れなかった。クレイガドルアの名を騙った宗教団体による革命、もとい日本乗っ取りが成功したからだ。

 ……レンヌの少年に、何と送ればいいのか……。そして、美桜にどう向き合えばいいのか……。

 立ち尽くす流雫の視界が滲む。その隣で澪は、ただ空を見上げるだけだった。その端に、流雫の顔が映る。彼を、どう慰めればいいのか……言葉を見つけられない。

 そして詩応は、泣き叫びたい衝動と戦う2人に何と言えばいいか判らず、俯いたまま唇を噛んでいる。……ソレイエドールよ、教え給え。この2人を慰める術を……。


 アルスとのメッセージ画面に浮かぶキーボードを、新たな通知が遮ったのは1分後だった。しかし、1時間ぐらい経ったようにも感じられる。不鮮明な視線が辛うじて捉えた文字は

「国会襲撃犯を全員射殺」

だった。

 「え……!?」

反射的に声を上げた流雫に、少女2人が向く。

 ……国会議事堂を襲撃した謎の集団は、突入した警察の特殊武装隊によって全員射殺された。犯人たちは全員外国人だが身元は不明。

 それが、思わず開いた記事の中身だった。

「未だ……終わってない……」

そう呟いた流雫の目に、一度は失われた希望が戻る。

「革命は……成功しなかった……!?」

と言った詩応に、立ち上がりながら澪が続く。

「そう判断するのは早過ぎます。でも……こればかりは旭鷲教会にとっても予想外だったハズ……」


 欅平千寿は、重要参考人として身柄を公安に保護されている。監禁状態で部屋を24時間監視下に置いているのは、侵入者による殺害を防ぐための措置だ。逆に言えば、それだけ旭鷲教会にとっては目障りな存在だ。

 その宗教学者は、テロ集団と化した教団の動きを予測していた。流雫の読みとほぼ一致していたが、警察はこの学者を信じて特殊武装隊を何時でも動けるように配置していた。

 確かに、上からの圧力で情報を止めたりと、旭鷲教会の傀儡と化した部分も有った。しかし、海外メディアから外堀を埋められた上に、武力による革命にまで見て見ぬふりをするのは、警察と云う組織の根幹に関わる。

 このテロは最早、日本の警察としての威信を賭けた戦いでもあった。当然、そのことを3人の高校生は知らない。

 「でも、だとすると次は……」

と言った詩応の言葉に、流雫が答えた。

「……此処かな。臨海副都心」

「どうして?」

と今度は澪が問う。

 「イベントで集まった多数の外国人を前に、自分が日本の新しい指導者だと、挨拶代わりに勝ち名乗りを上げたかったハズだ。あくまでも穏便に」

「そっか……。でもそれがダメだった。だから、今度はこの場にいる人を人質にし、降伏を要求する。……あくまでも穏便に」

と続けた流雫と澪に、詩応は被せる。

「穏便にって……」

「奴らにとってはね。僕たちにとっては惨劇だけど」 

 「……でも」

と澪が言葉を挟む。

「成功する、勝ち名乗りを上げる前提なら、もう総司祭はこのエリアにいるんじゃ……」

 「……昨日あたりから、既にいると思う。今日明日、列車でしかアクセスできないから。ホテルの部屋か、駐車場の車がヘッドクォーターになってて、其処から実行部隊に指示を出して……」

と、流雫が近くの高級ホテルを見上げながら言う。

 ……臨海地区一帯を見下ろせる上階にいても、今この瞬間に自分たちを見下ろしていても不思議ではない。

 テロの指示を出すにも、タブレットとスマートフォンさえ有れば簡単なハズだ。今や、映画に出てくるような大掛かりな無線機もコンピュータも必要無い。

 卑劣で残虐……ダーティーなテロをスマートに起こす。これほど言葉として矛盾していると云うか、シュールなことは無い。

 「……未だ何も終わってない……」

そう流雫が言うと、女子高生2人は同時に頷いた。


 3人は一度、シンボルプロムナードまで歩くことにした。相手の動きが無い以上、次を待つしか無い。

 ケータリングで手に入れた強炭酸レモネードに口を付けると、大きな溜め息をつく流雫。弾ける泡が脳に新しい刺激を与え、先刻感じた絶望を払い除ける。

「……詩応さんの手伝い、未だ何もできてない……」

と、澪は言ったが、詩応は

「仕方ない、非常事態なんだし」

と返す。そう、今は一息ついているが、非常事態ではあるのだ。

 明日のレースは、破損したコースのバリアを修復し、警備を強化した上で、朝から予定通り行う、と云うアナウンスが流れた。

 このまま何も無ければ、今日の事件など何も起きなかったかのようにエコフェスティバル最終日を迎えるのだ。尤も、そうならないことは覚悟していたが。

 りんかいスカイトレインは、先刻の騒ぎを受けて全線で運転見合わせとなっていた。後は品川と新木場方面へ走る地下鉄、東京臨海ラインしか残されていない。もし、それまで止まれば動線上孤島と化す……。

 「……詩応さん?」

と澪が名を呼ぶ。

 2人に背を向けた少女の、ターコイズ色の瞳が捉えるのは、会場の端。市街地サーキットのコースは封鎖されているものの、消防と救急が乗り付けられるように、2ヶ所はバリアではなく簡単に開閉できるゲートが設けられていた。

 そのゲートが開けられていたが、先刻救急車と消防車が塩素ガス騒ぎの現場に向かって走っていったからだ。そして今も、救急車がピストン輸送状態で被害者を搬送している。

 しかし、何か不穏な予感がする。

「何が始まるの……?」

と澪は言ったが、今の頭で浮かんでくる答えは一つしか無い。流雫はレモネードを一気に飲み干し、

「……始まるとすれば、悪夢……」

とだけ答えた。


 開いたゲートから、白い観光バスと黒いワンボックスがコースに進入してきた。メイン会場の角、大きな交差点のゲートを何人かが開けると、2台は東京テレポート駅までクラクションを鳴らしながら進み、ロータリーに止まる。

 そして中から、30人近い男が降りてくる。全員、日本人には見えない。

 更には、台場駅の方から3人の護衛に囲まれた中年の男が歩いてくる。サングラスを掛けているが、風貌で判る。最近メディアへの露出が激しい、旭鷲教会の総司祭、炎鷲こと唐津学……。

「何しに来た!!」

「帰れ犯罪者!!」

と罵声を浴びせる連中に、護衛が銃を向けた。その周囲から悲鳴が上がる。しかし、すぐに銃は別の方向を向いた。

 ……その程度で銃弾を浪費する必要は無い。どっちにしろ、もうすぐその罵声すら名声に変わるからだ。

 やがて、4人の男はイベントのメイン会場のすぐ近くに着く。それと同時に

「最悪だ……!」

と、誰かがスマートフォンを見ながら声を上げた。

 ……東京テレポート駅で異臭騒ぎ。正しくは、駅に着く寸前の列車で発生し、ドアが開いてプラットホームに拡散した。そして、全線運休になり、駅は閉鎖された。

 其処でも、プールのような臭いがしたと言われている。つまりは塩素ガス。

 一見ワンパターンに見える。しかし、原料となるのは漂白剤や洗剤。ホームセンターやドラッグストアで、特別な手続きも不要でまとめ買いができる。疑われても、大規模施設の清掃や洗濯などで大量に必要だと云う尤もらしい理由で、簡単に遣り過ごせる。

 そして、ただ混ぜるだけで十分威力を発揮する。最も簡単な化学兵器として、塩素ガスは重宝する……それが連中の認識のようだ。

 鉄道が全滅している以上、2キロ先の有明地区でバスを待つ。それしか、臨海副都心から逃げる術は無い。すぐに逃げたいなら、その距離に躊躇している暇は無い。何十人かの男女が、脱出を試みてシンボルプロムナード公園を走ろうとする。

 しかし、どうやら逃がさない気だ。バスから降りた男全員の手には、銃が握られていたからだ。それも、弾倉が銃身の底からはみ出している。

 ……一瞥しただけで3万人近くいる会場で、銃の所持率ベースで計算すれば、1万を優に超える数の銃が有る。しかし、誰も抵抗しようとしない。正当防衛として撃っても、直後に返り討ちに遭うのは目に見えているからか。

 誰もが避難を諦める。……こうなると、ただ警察が犯人を仕留めるのを待つだけだ。

「こう云う真似は不本意だが……」

と切り出した唐津は、3万人の人質に向けて残酷な現実を叩き付けた。

「これは映画の撮影なんかではない。全て現実だ」

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