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Lunatic tears _REBELLION  作者: AYA
act1 Sunlight Girl Moonlight Boy
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5-4 Promises to fulfill

 詩応と別れた流雫は、渋谷での3人の誓いが最高の誕生日プレゼントだと思いながら、澪の家に向かった。

 室堂夫婦は何時ものごとく、娘の恋人を歓迎した。細やかながら祝われた流雫は、ディナーの後で澪の部屋に入ると、床に座る。そのタイミングで、スマートフォンが鳴った。アルスからだ。

「お前の誕生日だったよな」

と切り出したフランス人は、しかし流雫のことだから澪といると思ったらしく、手短に済ませようとした。流雫は一度端末を耳から離し、臨海地区で撮ってきた写真を送った。数秒後、アルスは

「はぁ!?お前、何てことを……!!」

と声を裏返す。

 夕方会った男は、アルスの推しで人気のドライバーだったらしく、それとのツーショットを羨ましがっていた。

「何てことと言われても……面白かったよ」

と返した流雫の声に、アルスは微笑みながら

「くっそ……羨ましい……」

と恨み節を吐く。ただ、一言祝ってやりたかった以上に、言うべきことが有った。

 「……ルナ、気を付けろ。恐らく明日、大きく動くぞ」

その言葉に、流雫は声を上げる。か

「……え?」

「7月が重要視されてる、と言ったろ?明日明後日が最後の週末だ。だとすれば、明日あたり動く予感がする」

「……僕も、そう思ってる。……サンキュ、アルス」

と返した流雫と、その優しくも凜々しい声を耳にしたアルスは、改めて

「フェリシティション!」

「メルスィ!」

と誕生日祝いを交わす。

 自分の隣で、自分には判らない言葉で盛り上がる流雫の表情に、澪は

「流雫……あんなに笑えるんですよ……」

と誰にも聞こえないように呟いて目を閉じる。ふと浮かび上がった少女が、微笑んでいるような気がした。


 合宿の初日は、総司祭の講話から始まった。秋葉原の事件には触れられなかった一方、社会的な抹殺は逃れたものの教団再生には一層の功徳が必要だと云うものだった。しかし、詩応は半分上の空だった。

 ……正直、この総司祭も信じていない。しかし、このタイミングで自分を狙ってくることはほぼ無いだろう、と思った。だから、今回も〆切直前で出席を決めたのだ。とは云え、今回の真の目的は澪に会うことだったし、言い方は悪いが合宿は半分宿代わりのようなものだ。

 講話に続いて始まった座学が終わったのは22時過ぎ。最初にシャワーを浴びたボーイッシュの少女は、今回も1人部屋を与えられた。ベッドに座ると溜め息をつく。

「司祭の話、当たり障りないものだった」

と恋人にメッセージを送った詩応のスマートフォンが通知音を鳴らしたのは、その1分後だった。

「合宿じゃ流石に話しにくいがね」

「アタシを狙うことは無いと思うけど」

「未だ何も解決してせんで、油断禁物だがね」

と遣り取りを交わした詩応と真。

 油断禁物、確かにその通りだ。思えば、新幹線で首を切られた時も、油断していたと言われれば反論できない。

 手帳にGPSトラッカーを仕掛け、新幹線の車内まで追ってくるとは思っていなかった。思えばキリが無いが、それで流雫が自分が悪いと言って沈んでいたことを、澪から聞いている。それも、流雫の悪いクセだ……。

「……そうだな」

と詩応は打ち返す。真は暗い話を終わらせようとし、話題を変える。

 「ところで明日は?」

「午前が座学で、午後はエコイベントで特別学習。夜はそのまとめ」

と詩応は打つ。

 社会活動に強い教団として、SDGsに絡めたエコ学習を外すことはできなかった。ちょうど、このタイミイングで臨海副都心で関連イベントが開かれている。

 イベント自体一種の祭りだが、エコ関連のブースを訪れる程度だ。行動は発表も含めて個人単位だから、詩応は1人で動き回ることに決めていた。

「気を付けて、行ってきんしゃあよ」

と真が打つと、詩応は

「うん」

とだけ返し、スマートフォンをベッドに置く。

 ……色々な疑問が堂々巡りするが、答えなんて出ない。ただ、断ち切ることができない。

 ……時期が時期だけに、変な牽制も仕掛けてこないだろう。とにかく、なるようにしかならない。そう思いながら、ボーイッシュの少女はベッドに寝そべった。


 澪が目を開けたのと、流雫が通話を終えたのは同時だった。澪は一度部屋を出て、1分後に戻ってくる。

「あたしからも。誕生日おめでと!」

そう言った少女の手には、ホールケーキが有った。

 流雫の誕生日だからと、先刻母の料理中に隣でスポンジケーキを焼いて、先刻母の料理の隣で密かにデコレーションをしていた。オーソドックスなもので、これぐらい流雫なら簡単だろうが……。

 ナイフで切り分け、皿に盛る。それからが澪にとって緊張する。流雫は

「澪が、これ……」

と呟きながら口にする。変に飾らない味わいが、流雫に安寧の溜め息をつかせる。

「……サンキュ、澪……」

とだけ、しかし満面の笑みで言った流雫の隣で、表情を緩めた澪も手を付ける。

 ……気付けば、ホールケーキの皿は空になっていた。紅茶を飲み干した流雫の手を、澪が握る。

「……来年も、絶対に流雫を祝うんだから」

そう言った彼女の言葉の意味を、流雫は判っていた。

 制服のまま、指を絡め、顔を近付け、目を閉じて。……濡れた唇が重なった。

「ん……」

「ん……ぅ……」

と息が漏れ、啄むように熱を求める。

 ……まずは、3日後の澪の誕生日を祝う。そして、来年も。そのためにも……。流雫はその熱やくすぐったさを脳に刻む。

「……はぁ……っ……」

熱を帯びた甘い吐息が、2人の唇の隙間から零れ、開いた目が薄らと濡れていた。そのことを隠すように、再度唇を重ねながら

「澪……」

「流雫……」

と、最愛の存在の名を呼ぶ2人。

 ……これが、最後のキスにならないように。絶対に叶える、叶えられると流雫は思った。


 朝。流雫より少しだけ早く目覚めた澪は、セーラー服に袖を通した。

「あ、おはよ」

と声を上げた澪を、寝ぼけ眼で見る流雫。

「おはよ、澪」

と言葉を交わした少年も、澪の家に預けてあるルームウェアから制服に着替えた。

 昨日はあの後も、ただ抱き合っていた。何か、そうしていないと落ち着かなかったからだ。着替えたのは、日付が変わる前にシャワーを浴びた時だった。

 昨夜、流雫の母に頼んでキッチンを借りることになっていた。ガレットを焼くためだ。その間、澪はコーヒーを淹れる。窓の外、天気は快晴。今日も1日、蒸し暑くなりそうだった。

 今日も臨海副都心へ行くが、取調は無い。詩応は合宿で、会えるのは明日だ。完全に2人きりでデート。楽しみで仕方ない。

 ガレットにナイフを入れながら、常願は

「何か有れば、すぐ臨海署に入ってこい」

と言った。冗談のハズだったが、昨日あの話をした以上、冗談に聞こえなかった。


 臨海副都心、昨日と唯一違うのは、動線の殆どが制限されていること。歪な銃の形をしたコースレイアウトが特徴的だが、台場から青海、そして有明を回る設定だ。会場内への動線は、りんかいスカイトレインの駅舎か、台場のペデストリアンデッキの立体交差を使うしか無い。

 2人が台場駅に着くと、ペデストリアンデッキの端には既に人集りができていた。もうすぐ練習走行が始まるらしい。時間は10時前。

 やがて高めのモーター音が聞こえた。その数秒後、最初の車が風切り音を残して走り去っていく。ギャラリーの歓声の方が大きいだろうか。

「エンジン音がしないのは、何か不思議ね……」

と言った澪と流雫は、アフロディーテキャッスルへと向かった。

 流雫と澪が初めて顔を合わせた、この商業施設の脇もコースになっている。やはりと云うか、青海駅側には人集りができていた。ただ、その影響で反対側が空いていると云うことは無い。

 思えば、流雫と澪がイベントに絡めてデートしたのは、結奈と彩花の誘いに乗る形で行った、ジャンボメッセでのゲームフェスだけだった。秋葉原のハロウィンは、偶然会場がそうだっただけの話だ。尤も、この2人なら何処だって、特に何もしなくても一緒にいるだけで楽しめるだろうが。但し、事件さえ起きなければ。

 午前中は練習走行のみで早めのランチタイムに入り、午後は1レース目の予選と決勝と云うのがレース初日の予定だった。それは、もうすぐレストランやフードコートが混み始めることを意味する。

 ただ、どうせだからと、商業施設を出た2人はエコフェスティバルのケータリングに行くことにした。そのメイン会場は、アフロディーテキャッスルから臨海署の方向に少し行った区画。アイドルのステージショーが開かれ、盛り上がっている。

 比較的空いているブースに並び、小さなテーブル席を陣取った2人は、冷たいジュースを喉に流してカレーライスを頬張る。こう云うランチタイムも、ゲームフェス以来だ。ガレットを持ってきてもよかったが、夏場は気が引ける。

 午後はどうするか決めていない。ただ、流雫がこう云うのが好きなのは、澪は知っていた。だから、彼が望むなら決勝まででも付き合う気でいた。


 有料の仮設スタンドは既に満席だったが、バリアで見難くなっているものの無料で見ることは一応可能だ。それに、仮設の大型ビジョンも何台も設置されていて、それには国際映像が映し出されるようになっていた。

 2時間後の決勝のスタート位置を決める予選が、もうすぐ始まる。20台以上のカラフルなレーシングカーが、千分の1秒の走行タイムを競うべく、臨海副都心の道路に出てモーター音を奏でるのだ。その様子を、2人はアフロディーテキャッスルの近くから見ることにした。

「澪、流雫!」

と、後ろから名を呼んだ少女。2人は同時に名を呼び返す。

 遊びではないが、今日も会えたことは嬉しい。しかし、一抹の不穏な予感が頭を過る。……そうなった時はそうなった時だ。そう割り切るしか、目の前を楽しむ術は無い。

「伏見さんは?」

と問うた流雫に

「エコ関連のブースを回って、夜取り纏めて発表。社会活動に関する目を養うため、だと」

と答えた詩応に、澪が

「流雫がいいなら、後で3人で回ります?折角ですから」

と問う。それに流雫が

「僕はそれがいいかな。伏見さんも交えてなんて、普段できないから」

と被せる。澪とは頑張れば毎週でも会うことはできるが、詩応とはそうはいかない。何より、澪が3人を望んでいる。

 この2人には、本当に頭が上がらない……そう思った詩応の

「じゃあ……」

を遮るようにブザーが鳴り響く。それと同時に、15分間の予選が始まった。少し間隔を空けながら、1台ずつ目の前を通っていく。

 3人がいるのは、このコースでは緩めと言われるコーナーの外側。ピットと呼ばれる作業エリアから出て来た車両との合流地点でもある。

 車に興味は無くても、2人はこの公道レースと云う、非日常が日常に融ける感覚を面白いと思った。何より、昨日もそうだったが2人の中心にいる少年の目が、童心を取り戻したように見えて、微笑が零れる。


 ブザーから2分後、突然場内実況で悲鳴が上がった。ビジョンの国際映像は、離れて止まる2台を捉えていた。バリアに刺さった1台に、もう1台のドライバーが駆け寄る。それと同時に予選が中断になる。

 何が起きたか判らず、実況もレース目当ての観客も騒然としていた。

「……何だろ?」

と流雫が呟く。その声に続くように実況が流れた。

 「コーススタッフによると、大型車がコースに進入し、避けようとしてクラッシュしたと……!」

一層騒がしくなる声に、流雫は顔色を変えて踵を返す。その表情を逃さない2人は、その後を追った。

 他の人に聞こえなさそうな場所を選んで止まった流雫の後を追った澪と詩応は

「流雫……?」

と同時に名を呼ぶ。振り向いた少年の目付きは険しい。

「……大型車……」

その一言が、何を意味しているのか、2人には判る。……思い付く限りで最悪の事態。

 「まさか……」

と先に反応したのは詩応だった。流雫は頷く。その隣で、澪はスマートフォンを開いた。SNSに上がった写真に目が止まると、2人に

「これ……!?」

と言いながら見せる。アフロディーテキャッスルのすぐ先の交差点の写真には、黄色の大型車が写っていた。

 ……コンテナトラックが、スピードを上げたまま紅白のバリアを破ってコースに進入し、外に大きく膨らんだ。そして走ってきたレーシングカーが避けようとして、内側のバリアに当たり、跳ね返って外側のバリアに刺さった。

 後続のドライバーが救助に駆け付けたが、トラックは海底トンネルに入っていった。その先は、1本道ではないが空港まで行ける。トンネルの先にも封鎖のバリケードは有るハズだが、相手は大型車だ。突破しているだろう。

 3人は戦慄を覚えるが、同時に確信した。……これは誤進入による事故じゃない。革命の狼煙だと。


 クラッシュの影響で中断したままだった予選はそのまま打ち切りとなり、同時に安全上の問題を理由にこの後の決勝もキャンセルとなった。明日に関しては、今からの緊急ミーティングを経た上で、関係する団体を通じて後ほど発表する、とのことだった。事故……もとい事件から数分後のことだ。

 ただ、十中八九明日も全キャンセル……流雫はそう思っていた。何より、大型車の行方が気になる。トンネルを通り、何処へ消えたのか……。そして、次はどんな手に出るのか……。

 

 目玉のイベントが無くなったことに、落胆と遣り場を失った怒りを漂わせる観客のためにと、急遽ドライバーのサイン会や車両の撮影会が開かれることになった。

「行ってきなよ、折角なんだから」

と、澪は流雫の背中を押す。確かに気になることは目の前に有るが、そればかりに囚われていても……と、少女は思っていた。何か有れば、続報が入るハズだ。

 それに、アルスに自慢しながら笑っていた流雫が愛しく、何度でも見ていたいからだ。尤もそれは、今この瞬間も押し寄せる不安の裏返しでしかなかったが。

 恋人の背を見送りながら、澪は詩応に言った。

「……詩応さん、流雫のこと……好きですか?」

突然の問いに

「え?」

と思わず問い返した詩応は、しかし数秒経って

「……好きだな」

と答える。澪は

「……よかった」

と言って微笑む。答えなんて判りきっていたが、その一言だけが澪に安堵と安寧をもたらす。

 この束の間の平和が、束の間でなくなってほしい……そう思う少女に、

「戻ったよ」

と言って近寄る流雫。小さなノートしか持たなかったが、昨日会ったドライバーがこの少年を覚えていたらしく、ステッカーにサインを入れてプレゼントしたらしい。

 ノートに挟み、バッグに入れながら

「アルス、また羨ましがるだろうな……」

と言って笑う流雫の表情は、しかし一瞬で曇った。

 ふと見上げた目線の先は臨海署……その前を通るりんかいスカイトレインが急停車した。そして遠目に……車内の人が次々と倒れていくのを目にしたからだ。

 「まさか……」

そう声に出した流雫は、

「澪!臨海署に連絡を!!」

と叫び、アスファルトを蹴った。

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