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Lunatic tears _REBELLION  作者: AYA
act1 Sunlight Girl Moonlight Boy
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5-3 Oath Eve Of The Revolution

 曇り空の朝、親戚夫婦から2つの誕生日プレゼントを渡された流雫は、机の上に大切に置く。親戚からは気になっていた火を使わないサイフォン、そしてフランスから届いたのは少し高級そうなペン。

「ミオさんとの婚姻届に必要でしょ?」

と母アスタナは戯けていたが、要は大事なサインの時に、と云うことらしい。

 流雫は、黒いショルダーバッグを掴んでペンションを出た。ネイビーのスラックスにワイシャツとネクタイだったのは、澪が制服を指定してきたからだ。

 流雫は河月の学校で孤独、だから学校帰りに寄り道デートなどしたことが無い。美桜が生きていた頃もそうだった。その代わりにと思ってのことだった。

 それでも、下にはトリコロールがモチーフのTシャツを着ていた。そして、手首には今日で手に入れて1年となるブレスレット。今日から、その送り主の家に4日間世話になる。半分遊びではないのが、残念なところではあるが。

 特急列車は満席で、高速バスを選んだ流雫は、窓側の席に座りながら車窓を眺めていた。

 ……前回バスを使った時は、台風が接近している中で激しい雨が降っていた。その隣を追い越していったワンボックスに襲われたのは、次の日……空港での出来事だった。そう、トーキョーアタックの1周年追悼式典の日。澪が初めて、引き金を引いた日だ。

 あの日のようなことに、ならないことを願うしかない。そう思いながら、目を閉じる流雫。銃はバッグの奥底。二度と使わなくていいように、との願いが贅沢過ぎると思える。


 バステの降車場に立つセーラー服の少女は、白に青のストライプのバスを見るとその前に寄る。そして最後に降りたシルバーヘアの少年の名を

「流雫!」

と微笑みながら呼ぶ。流雫は

「澪!」

と声を弾ませた。約2週間ぶりの再会が、半ば遊びではないと知りつつも楽しみだった。

 バステから新南改札へのエスカレーターを下りると、2人は足を止めた。

 ……雨が降る4月、帰国したばかりの流雫と再会するハズだったこの場所で、澪と詩応が総司祭の暗殺を目撃した。それがきっかけで戦闘になった。駆け付けた流雫の囮も手伝って、全員が無事だったのは幸いだった。

 ……そして、雨が降る中、この場所で詩応が泣いた。澪が強く抱き締めて、その悲しみに、嘆きに触れた。

 あの辛い1日を、2人は思い出した。辛い話も、何時かは笑い話になる……、なんて理想論で片付けられるワケがない。

 流雫は階段状の広場に立ち、灰色の空を見上げる。雨の心配は無さそうで、それだけが救いだ。

「……流雫……?」

と呼んだ澪に向いた少年は

「……ちょっと、ね」

とだけ言って微笑んでみせる。その瞳に、強い決意が宿っているのを、ボブカットの少女は見逃さなかった。

 しかしそれは、逃れられない最後の戦いが、何時訪れてもいいようにと、常に緊張感を張り詰めさせる……その覚悟すら、求められている気がした。


 朝の新幹線で東京へ向かう、ボーイッシュの少女。不意に首の疵痕が疼き、その上に指を這わせる。

 ……澪が秋葉原の事件に遭遇した、そのことを詩応が知ったのは、事件の翌日の夜だった。その時初めて、東京に住む少女から、私設軍隊と云う言葉を聞いた。その時は軽くしか聞かなかったが、それは今日から東京に行くから、その時に会って詳細を聞き出すことにしたからだった。

 太陽騎士団が開く短期間の合宿に行くことにした。春休みのそれの短縮版で、2泊3日のプランで10回開かれる。そして詩応はその第2回目にエントリーしていた。とは云え初日は夜前だ。そして、澪の父から臨海署へ呼び出され、直接臨海副都心へ向かうことにした。

 伏見家は4月の件も有って訝ったが、結局は送り出すことにした。真も最初は困惑したが、総司祭の死を受けて脅威が幾分ながら薄れたと知ると、賛成した。テロに遭遇しても死なないこと、それだけが条件だった。

 右手には緑……エメラルドの太陽のチャームがアクセントのブレスレット。スマートフォンのホーム画面とロック画面の壁紙は、トーキョーホイールと首都タワーでのセルフィーに変えた。……もし、今日からの東京でも戦いが避けられないのなら、自分の隣で銃を握ることになる2人だけが味方だ。そのことを意識したかった。

 ……詩愛姉の死、それに決着が付けば、流雫も解放されるハズ。そうすれば、本当の交遊関係が生まれるだろう。全てが解決したから二度と会うことは無い……なんてことは、詩応も流雫も望んではいなかった。


 臨海署への最寄り駅へ向かうスカイトレインは満員だった。しかし、1駅手前の台場駅を発車すると、車内はがら空きになった。車窓からは、会場に向かう列がよく見える。

 ITECの競技車両の走行セッションは明日からだが、既にメイン会場は賑わいを見せていた。それはこの電気自動車レースも、東京エコフェスティバルの一つに組まれていたからだ。

 エコを学び、エコを楽しむ、をコンセプトに開かれるイベント、それが東京エコフェスティバル。最大の目玉であるレース以外にも、ステージショーやら体験会やら色々組まれている。幅広い層の来場客が集まることを想定していた。

「今日でこれなら、明日明後日は大変ね……」

と澪は言った。

 道路自体は、クラッシュに備えて設置されたバリアの影響で車線こそ少なくなっているものの、今は通行はできる。ただ、今夜から完全封鎖だ。コースの内側と外側のアクセスは格段に悪くなる。

 臨海署は、流雫が東京で最も多く行った場所。犯罪を犯したワケではないのだが、流石に苦笑を禁じ得ない。

「誕生日だってのに悪いな」

と言いながら、澪の父が受付で出迎える。

「そう思うなら避ければいいのに」

と返した澪を尻目に、既にキープしていた取調室に2人を通すベテラン刑事。

 ……刑事が2人を呼び出したのは、選挙結果を受けての連中の動きが気になるからだった。それがどう云う結果だろうと、ロクなことにはならない……それが一種の共通認識だったからだ。

「……飛躍した話かもしれんが、この前君が言った私設軍隊が本当に動き出す……として、Xデーは何時だと思う?」

と常願は問う。その険しい目を直視する流雫は、数十秒経って細い声を絞り出した。

 「……最も早くて、今週末……」

「……どうして?」

と、あくまでも冷静を装いながら問うたのは澪だった。

「……臨海地区に、これだけの人が集まってる。それに、目玉のレースはヨーロッパベースの国際選手権だから、チームスタッフは外国人ばかり。何のために動くかは判らないけど、もし代表の警護でなければ……」

と言った流雫の声を、

「……まさか、其処のイベントを狙う気か?」

と弥陀ヶ原が遮る。流雫は頷きながら答えた。

「……引っ掛けとして」

 「……どう云うことだ?」

と、今度は常願が問う。3人の目が、オッドアイに集中する。流雫は一度だけ深呼吸した。

「……この前澪が読んだ、日本を乗っ取るため。……選挙に惨敗して、平和な乗っ取りは遠離った。だから……」

そこで一度言葉を止めた流雫は、もう一度深呼吸した。今の頭で思いつく限りで、最悪のシナリオ。一度唇を噛み、少年は言った。

「……私設軍隊で、クーデターを起こす」


 「クーデター……!?」

と反射的に声を上げた澪の隣で、流雫は言った。

「このエリアに警戒網を張らせ、その裏で日本の中枢を狙う。形振り構わないなら、そうしたって不思議じゃない……」

「……でも外国人までとばっちりを……!」

「外国人に、日本の歴史が大きく変わる瞬間に立ち会わせる。自分が日本の新たな指導者になる瞬間を」

と澪の言葉に被せる流雫。その言葉がもたらす恐怖に、澪は思わず

「流雫……」

と身構える。

 「……あの連中なら、何を起こしても不思議じゃない、それだけの話だから」

と言ってみたが、それが単なる妄想話だと一蹴する人はいなかった。総司祭として送り込んだ手駒さえ、教団の生け贄として平気で始末できる連中だ……何も起きないと思う方がどうかしている、とさえ思える。

 しかし、それに最も怒りを覚えるのは、2人の刑事ではなくその娘でもなく、フランス生まれの少年だった。

「……旭鷲教会に入った人の全てが、犯罪者と云うワケじゃない。少しでも救われたいと願って、だから帰依した人だっている。だけど、炎鷲と云う総司祭が……教団を私物化した。凶悪なテロ集団になったのも、全ては私利私欲のためなんだ……」

「流雫……?」

その声に、澪は思わず最愛の少年の名を呼ぶ。

「伊万里だってそうだった。……救われたいと思った人の命を、何だと思ってるんだ……」

その言葉に、澪は思わず肩を抱き寄せる。……宗教難民に近い過去を抱えているだけに、そう云う連中を私利私欲の駒にする連中を、流雫は絶対に容赦しなかった。

 SNSで知り合って1年10ヶ月、澪が流雫の「お前」呼ばわりを見聞きしたのは、2度だけ。それも、全て伊万里に対してだった。普段、名字や名前でしか呼ばない流雫がそう呼ぶのは、そう云うことだ。

 恐らく、炎鷲こと唐津に会ったなら、間違いなく「お前」と呼ぶだろう。殺意に近い眼差しを向けながら。流雫にとって、それだけの相手だ。

 シルバーヘアの少年に何と言ってやればいいのか、答えに戸惑う澪の耳に、ドアのノック音が聞こえた。寸分の後にドアが開かれると、

「遠いところ、ご苦労だったね」

と常願が言う。その相手に、澪は流雫を抱いたまま

「詩応さん……!」

と言った。その声に、俯いていた少年も顔を上げて

「伏見さん……」

と続く。

 「……どうしたんだい?」

と問うた詩応に、澪は

「流雫が……怒りに困惑してて……」

と答える。……一見矛盾しているが、間違ってはいない。

「……旭鷲教会が悪いんじゃない。全ては……あの総司祭が……」

と細い声で言った流雫に、詩応は

「……流雫が言いたいことは判る」

とだけ言った。自分も、会見で見た炎鷲と云う総司祭に蹂躙された教団の信者として、色々思うからだ。

 「アルスがタワーで言ってたんだ。旭鷲教会の思惑を潰したいと。ただ、旭鷲教会そのものを、とは言ってなかった」

と詩応は言う。

「……宗教も人が創設したもの。結局、最後は人次第になる。……そして、悪魔とは云え、その名前を私利私欲の踏み台にされてる……。だから、連中の思惑さえ潰せれば、後は残った人の手で自然と再生される」

と言った流雫に、詩応は問う。

「それ、アルスが?」

シルバーヘアの少年は頷く。数日前に聞いた話を、半分以上そのまま口にしただけだった。

 「僕には、それだけの知識は無いからね。だけど、その通りだと思ってる」

その言葉に、澪は思い知らされる。自分たちが避けられない戦いは、旭鷲教会との戦いではない。旭鷲教会を……クレイガドルアの名さえも護るための戦いなのだ、と。

「悪魔を護る戦い……」

と、思わず呟いた恋人に流雫は

「悪魔を、人間と云う名の悪から護るための戦い……」

と続く。

「君たちが活躍すること無く、終結するのが最善だけどな」

と弥陀ヶ原は言う。それは尤もな話だった。


 夕方前に臨海署を後にした3人は、少しだけエコフェスティバルを見て回ることにした。あと2時間もすれば今日のイベントが終わるが、それでも賑やかさは衰えない。

「ちょっと待ってて」

と言い、流雫は会場の端のレーシングカーに近寄る。フランス製でカラフルなカラーリングだが、明日この界隈で選手権を戦うのだ。

「アルスに自慢するんだ」

と言った流雫は、スマートフォンのカメラを車に向ける。すると、片手を上げながら近付いてくる男がいた。流雫はフランス語で何か交わし、2人でカメラに収まる。そして、車とのツーショットを撮り、手を振って別れながら満足げに2人に戻る。

 「このシャツ見て、同郷かって話になって盛り上がって……」

と、制服の下に着たトリコロールのシャツを指しながら言って微笑む流雫の目には、無邪気さしか無い。これこそ、年頃の少年として、本来在るべき流雫なのだ。

 彼が心を開いた4人だけが見ることができる、その特別感に触れられる……それは細やかな優越感を2人にもたらした。


 「今日、流雫の誕生日だから……」

と言った澪は、シブヤソラに3人で行くことにした。この3人で行くのは、初めてだったりする。

「……此処、あたしと流雫が結ばれた場所で……」

と、少し頬を紅くして言った澪。

 ……あの時は、流雫が帰国した日で、その足でこの場所に立った。1年前の4月のことだった。夜景と云うイルミネーションに祝福されたことを、今でも覚えている。

「……アタシもいてよかったのか?」

と問うた詩応に、流雫が

「伏見さんも、僕にとっては大事だから……」

と答える。複雑な経緯が引き寄せたとは云え、今では数少ない……頼れる存在。誕生日だから恋人以外とは……とは思わない。

「それに……もう一度この景色を見たい。3人で。だから、何が起きても屈しない……そう思えるんだ」

と続けた少年に、詩応は出逢った時のような苦手意識が霧散していくのを感じた。

 ……ソレイエドールの導きが紡ぎ始めた3人の結束は、女神の力を頼ること無く、今や誰にも解けない、断ち切れないほどの強さを誇っていることを、詩応は感じる。

「流雫……アンタ……」

「僕は、頼れる人に頼りたい。だけどその分、その人の力になりたい。だから、澪や伏見さんの力になりたい」

その言葉に、心臓が少し締め付けられる錯覚がしたのは詩応ではなく澪だった。

 ……彼女に向かって、流雫がそう言ったのは澪が聞く限り初めてのことだった。……自分ではできないことは潔く頼り、その分頼られる時に力になる。そのギブ・アンド・テイクでしか、悪夢の日々の真相を暴けないことを、流雫は思い知らされ、そしてシフトした。

 目的のために絶対に譲れないものは譲らない、しかし譲っても構わないものには固執しない。そのことを、オッドアイの持ち主は漸く知った。

「……敵わないな、流雫には」

と言って笑った詩応に、澪は

「そうでしょ?あたしの恋人ですから」

と言って微笑む。

 そう戯けられるだけ、不安に押し潰されていない。押し潰されそうでも、2人がいるから怖くない。


 ふと、澪を中心に、手首をブレスレットに飾られた3人の手が重なる。……3人の静かな誓い。図らずも、それは今日が革命前夜であることを示唆していた。

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