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Lunatic tears _REBELLION  作者: AYA
act1 Sunlight Girl Moonlight Boy
47/57

5-1 Pray For Forever Friends

 「誕生日おめでとう!」

「メルスィ!」

日本時間23時半。河月とレンヌに住む2人は、スマートフォン越しにフランス語を交わし、互いにジンジャーエールのペットボトルを開けた。

 あの出逢いから約4ヶ月、1万キロ離れたアルスは、流雫にとって同性で唯一仲がよい同世代だ。

 11日間だけ、流雫より年上を気取っていられるプリュヴィオーズ家の末裔は、同時に今までパリで大きな事件が起きていないことに安堵していた。それもそのハズ、誕生日の今日がフランス革命記念日……謂わばフランス版建国記念日だからだ。

 バスティーユ・デイと呼ばれたりもする7月14日は、バスティーユ襲撃によってフランス革命が始まった日で、この日を記念日として制定している。軍事パレードを中心とした大掛かりなイベントが、エトワール凱旋門が有るシャルル・ド・ゴール広場からコンコルド広場まで伸びるシャンゼリゼ通りを中心に開かれる。

 多数の群衆が集まるイベントで、それも建国記念日にフランスの顔に泥を塗るような事件は、起こした後のリスクが大き過ぎる。もし、6月に起きたテロの再来を企てている連中がいたとしても、流石に今日ばかりは避けるだろう……とアルスは読んでいた。

 それより、やはり日本が気になる。あの事件から1週間、日本での新たな動きは無い。尤も、この週末には重要なイベントが控えているから、動かないだけなのだろうが。

「アルスを祝えるなんて、思ってなかったよ」

と言った流雫に、

「ルージェエールが、俺とお前を導いた」

と言ったアルスは続ける。

 「だが、お前が俺を信じるから、俺はお前を信じる。何度も言ってきたが、全てはそれに尽きる、だからこうしていられるんだ」

その言葉に

「サンキュ、アルス」

と言って微笑む流雫。一度口角を上げたフランス人の少年は、やがて険しい顔つきに戻る。

 「……血の旅団は、太陽騎士団の手を握った。だが、害悪は残っている。あの日本人の路線を継承する連中だ。それはフランス国内の問題だが、近いうちに片付くと思ってる。問題は日本だ」

「……判ってる」

と落ち着いた声で返す流雫の声に、アルスは

「お前なら、心配無いとは思うが。お前にはシノもいるし、何よりミオがいるからな」

と言った。あの3人が、あんなテロ集団と化した連中に、屈するワケが無い。

 しかし、何度でもそう言いたいのは、自分が日本にいて、直接力になってやれないことを残念に思っているからだった。

「それに、アルスやアリシアもいる。だから、僕は絶対に屈しない」

そう言った流雫の声は、アルスの脳に焼き付く。

 こう云うことを、飾るワケでもなく自然と言える。だから好感が持てるし、敵わない。

「約束だ」

「うん。約束する」

そう言い合って微笑んだ2人の結束は、最早誰にも切れない。


 「今日、教会に行ってきたんだ」

日付が変わる寸前に、澪のスマートフォンを鳴らした女子高生はそう切り出した。

 ……フランスをルーツとする太陽騎士団にとっても、フランス革命記念日は重要な日だ。夜にミサが開かれ、軽食が立ち食い形式ながらも振る舞われる。

 その帰り間際、教団関係者に呼び止められた詩応と真は、件の総司祭の話を聞かされた。

 ……秋葉原の事件の2日後、総司祭は最終的に殺害されたことが断定され、そこからあの界隈で起きた一連の事件の捜査が進められた。だが、その進展は選挙戦の裏に隠れ、目立たない。それどころか、偽旗作戦で被害を受けた太陽騎士団の落ち度を指摘する声も相次ぎ、事件の報道を掻き消そうとする勢いも感じられる。

 ……詩応と総司祭の間には、少なからず因縁が有った。しかし、そのことを知るのは真だけだ。そして、やはり今の教団では真以外信じることはできない、と思っていた。

 新しい総司祭が礼拝堂に設置されたディスプレイに映し出されていたが、見る限り今までと同じ、旭鷲教会の臭いを感じたからだ。そうではなかったとしても、それだけ詩応を不信に陥らせたのは、やはり姉の件だ。

「今のままじゃ、誰が総司祭になっても同じ気がする」

そう言った詩応の言葉は、しかし確かな説得力を持っていた。

「詩応さん……」

と名を呼んだ澪は、その続きが出ない。数秒の沈黙の後、詩応は言った。

「澪……言いたいことは判る。でも、アタシは屈しない。アンタもいるし、流雫もいるんだし」

その言葉に、詩応は微かに口角を上げた。彼女に流雫を認められていることが嬉しかった。

 名古屋に住むボーイッシュな少女が、熱中していた陸上を捨ててまで、姉の死を追ってきたことを、最後の最後で徒花にしないためにも、自分が力になりたい……澪はそう思っていた。

 「……そうそう、夏休みに少しだけ東京行くんだ。時間が合うなら、また付き合ってほしいな」

と、詩応は話題を変えた。リスクは承知の上だが、夏休みも短期間ながら合宿が有る。それに出るためだ。理由は、言わずもがな。

「……あたしも、詩応さんに会いたい……」

と澪は言った。

 その日は、7月最後の週末。流雫との誕生日デート直前。好きな人たちに会える日々が、澪は楽しみだった。


 流雫との通話を終えたアルスは、早めのディナーを終えると一家揃ってレンヌの教会に向かった。フランス革命記念日を祝したミサのためだ。その席上でアリシアと数時間ぶりに再会した少年に、司祭が近寄る。

 出席者を代表してのスピーチに、プリュヴィオーズの末裔として選ばれた。何の予告も無く唖然とするアルスに、アリシアは

「……ルナたちのこと、話してみれば?」

と言った。他人事だと思って……アルスは溜め息をつきながら、ルージェエールの像の前で一度胸に手を当て、マイクの前に向かう。緊張するが、なるようにしかならない。

「……スピーチの本旨からは外れると思うが……大目に見てほしいと思う」

と、アルスは前置きをして言った。


 ……太陽騎士団と血の旅団が歩み寄ったのは、パンデミックが原因だったとは云え、或る意味自然だったのかもしれない。元を正せば、ルージェエールを崇める我ら……血の旅団も太陽騎士団の宗派だったからだ。

 そして、ゲーエイグル……正しくはクレイガドルアを崇める異国の邪教に、カレーもダンケルクも、そしてパリも狙われた。しかし、その相手は、謂わば血の旅団が生んだものだと言っても差し支えない。

 その邪教と戦っている、勇敢な戦士が異国にいる。ソレイエドールを崇める、敬虔な太陽騎士団のシノ。無宗教と言いながらも、ルージェエールが産み落としたテネイベールに似たオッドアイを持つ、パリ生まれのルナ。そして、2人が慕う……ソレイエドールを思わせる慈悲に満ちたミオ。

 自分と同い年の3人は、邪教が起こすテロに遭遇しながらも、戦ってきた。偶然か、ルナのミドルネームはクラージュだ。その名の通り、勇敢に戦い、そして奴らの思惑を次々と払い除けてきた。

 邪教が、フランス革命に擬えた革命戦士を標榜するのならば、この3人は守護戦士だ。異国……日本での戦いを通じて、本国フランスの我々にも、光を授けようとしている。

 私は日本で、3人の戦いをこの目で見てきた。ヒーローを気取らず、ただ愛する人と生き延びる……そのために身を投じざるを得ない彼らに、私は希望を見た。

 今日はフランスにとって大事な日だ。だからこそ、今日まで祖国で平和を享受している身として、我が女神ルージェエールに願う。彼らの、邪教との戦いに絶対的な守護を。そして、彼らが普通の高校生として生きられる日々の再来を。


 時が止まったかのように静まり返る礼拝堂で、アルスは自分の鼓動だけが聞こえる気がした。自分に向くオーディエンス全員の目は、しかし予想外のスピーチに聞き入っていた。そして、少年が降りた祭壇に向かってスタンディング・オベーションが起きた。

 敬虔ながらも、ノエル・ド・アンフェルに反対したことがきっかけで没落した、プリュヴィオーズ家の末裔、アルス。ヴァンデミエール家以外全員、この一家を見くびっていた節は否めない。しかし、それも改めなければならない……。そう誰もが思った。

 その一方で、アルスは真っ先に外に出る。数分間の息が詰まる緊張感から、漸く解放された。

「ふぅっ……」

と大きく溜め息をついた恋人に、アリシアはコーラを渡す。

「アルスらしいわ」

「お前の言葉がきっかけだ」

とアルスは返す。しかし、あの場で即興で言葉を紡ぎ、口に出したのはアルス自身だ。

 「俺は思ったことを言ったまでだ。血の旅団が生み出した邪教と戦うのが、無関係な日本人なのは忍びない。しかし、俺には何もできないからな」

と言って、アルスは奥歯を軋ませる。日本に行って一緒に戦う……と言ったところで、正当防衛のためとは云え銃に触ることすらアウトだ。結局、ルナの足手纏いになるだけだ。もどかしいが、それが現実だった。

「まあ、何度でも言う。あの3人が、俺にとっての希望だ。いや、恐らくはフランスの……、そしてルージェエールやソレイエドールにとっての」

とアルスは言い、口角を上げる。その表情に、赤毛の少女は軽く笑った。そして彼女も、実際に会ったことは無いが3人に対して、恋人と同じ願いを唱える。

 ……3人に、女神の慈悲と守護を。 

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