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Lunatic tears _REBELLION  作者: AYA
act1 Sunlight Girl Moonlight Boy
15/57

1-14 Bitter Moonlight

 流雫も大いに手伝ったディナー、今日のメインは地元河月の食材を使ったポトフだった。今日の宿泊客は、この大雪で足止めを食らった挙げ句連泊を余儀なくされた面々で、寒いからとフランスの家庭料理を振る舞うことにしたのだ。

 その後片付けは、しかし今日はしなくていいと言われた流雫は、手短にシャワーを済ませると部屋に戻った。澪がキッチンで何かしたいらしい。親戚夫妻に宿泊代代わりの手土産を用意できなかったから、何か振る舞っているのだろうか?澪のことだからやりかねない。

 流雫はドローイングペンを手にした。極細の樹脂製のペン先をノートに走らせ今日起きたことをまとめていく。キーワードは、やはり旭鷲教会のことだった。

 ……またしても、河月の教会が狙われた。1年で2回も、全壊と半壊だ。しかし、何故よりによって河月なのか。あれぐらいの規模の教会なら、他にも有るハズだ。

 旭鷲教会にとって、この人口15万人の地方都市に太陽騎士団の教会が有っては不都合なのか。だとすると何が……。

「流雫?入るよ?」

ドアのノック音に重なって聞こえる声に、流雫は反応しながらノートを閉じる。

「今日ぐらい、何もかも忘れないと」

そう言った最愛の少女は、皿に茶色のブロックを十数個も乗せている。

 「はい、バレンタイン」

その言葉に、流雫は

「えっ……?」

と声を上げた。まさか、初めてのバレンタインチョコが澪からで、しかも今年とは思っていなかった。

 市販の板チョコ数枚を溶かして生チョコにしただけだが、それでも手間だ。オンラインでレシピを探し、スマートフォンと睨めっこしながらどうにか形にした。

「初めていっしょに過ごすバレンタイン……先刻、ふとそう思ったから」

と澪は言った。

 ……河月署に向かう車に揺られながら、澪は今日がバレンタインの日だったことを思い出す。元々流雫には会えないのは判っていたから、またデジタルのメッセージカードを送る程度だと思っていた。

 しかし、結果として河月に行った。流雫と一緒にいられるのに何もしないのも癪だからと、彼の取調を待っている間に簡単にすぐにできそうなレシピを探し、生チョコに辿り着いた。

 帰りがけのコンビニで売れ残りのチョコ、も有りだったし、それでも彼は満足するだろう。ただ少しぐらい、張り切ってもいいと思っていた。

 流雫はシルバーのフォークで1個だけ口に入れた。舌の上で溶け始めた生チョコのキューブは、流雫好みのビター寄り。

 昼前に発生し、昼過ぎに解放された事件のことが、料理中でも頭に浮かんでいた。それも苦味とほのかな甘さが包んで溶かしていく。

  「……サンキュ、澪」

その言葉に、ようやく何時もの流雫が戻ってきた気がして、澪は満面の笑みを浮かべた。

「難しい話は明日。折角あたしもいるんだし、今日はこのままゆっくりしなきゃ」

と言った澪は、空いていた恋人の背中に背をくっつける。

 「……覚えてる?1年前、僕が初めて銃を撃った日……」

流雫は小さな声で言った。

 ……あの夜、流雫は澪に告白した。自分が銃を撃ったことは思い出しても怖かったが、折角知り合った澪……ミオに見捨てられるのではないか、その恐怖が上回っていた。

 しかし、澪は流雫……ルナを見捨てなかった。そして流雫は少しだけ泣いた。それが、2人の今を決定付けた。

 あの日この世を去った美桜が、遺された僕が泣かないようにと、澪を引き寄せた……流雫はそう思っていた。

「覚えてる。驚いたけど、でもこれが現実なんだと思った」

と澪は言った。


 綺麗事じゃ生きられない。それが、たった一つの現実。そう、何度も思い知らされてきたし、言い聞かせている。

 護身のために人を撃つ、倫理上問題が有っても生き延びたいなら、そうするしかない。泣き言も、綺麗事も言ってい によられない。形振り構わず、死の恐怖に立ち向かうしか無いのだから。

 そう云う世界で、澪は流雫が独り抱える苦しみや悲しみに触れようとした。そしてこの1年、何度も泣き叫んでは立ち上がってきた。

 流雫。……ルナ。本来の名前の由来は月。優しい光を夜空に浮かび上がらせる一方で、寂しく冷たく凍える星。

 普段あたしに見せる優しさの陰で独り凍えて泣くのなら、優しく抱いてあげたかった。何度でも、流雫が拒絶したとしても。

 澪は目を閉じて、自分自身にも言い聞かせるように言った。

「……だから、あたしは決めたの。何が有っても、流雫を見捨てない。流雫の力になる。……だから今、こうしていられる」

 その言葉に、流雫は目を閉じる。不意に、目にほのかな冷たさを感じた。

「……澪……」

細い声で愛しい人の名を呼んだ少年に、澪は背を向けたまま言った。

「流雫……あたしは、流雫といっしょだよ」


 使い古された言葉で言えば、流雫が月なら澪は太陽。光を分け与え、温もりを授ける存在。それは流雫にとって、この1年半近く……今日まで生きてきた証でもあり、そして明日からを生きる希望でもあった。

「……僕も、澪といっしょだよ」

そう囁くような声で言った流雫は、頬を少し紅くしたまま、しかし目を開けることは無かった。アンバーとライトブルーのオッドアイの瞳が映す視界が、滲んでいることがバレるから。

 最悪だった2人のバレンタインは、しかしハッピーエンドを迎えた……2人はそう思った。こうして背中合わせで、互いの生を感じていられるのなら、このまま夜が明けなくてもいい、とさえ思えるほどに。

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