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Lunatic tears _REBELLION  作者: AYA
act1 Sunlight Girl Moonlight Boy
12/57

1-11 Heretical Goddess

 この冬は例年より寒い。寒いだけならマシだが、雪の日も多い気がする。

 あの名古屋の騒動から1ヶ月が経った。前日の昼間から降り出した雪は、夜になってその勢いを増した。しかし学校は休みにならず、流雫は普段より早くペンションを出た。寒いが制服のブレザーだけを着ている。コートは一応持っているのだが、今日は羽織るのを忘れてきた。

 タイヤチェーンを装着し、速度を落とした満員のバスは、それでもけたたましい振動と走行音を客室内に与え、座っているのに疲れる。

 昨夜、流雫は宿泊客にプレゼントするためのチョコレートを溶かしていた。今日がバレンタインデーだからだ。尤も、流雫自身は今まで無縁だったが。昨年澪から受け取った、メッセンジャーアプリのデジタルカードが、唯一のものだった。

 中性的な顔立ちの流雫は、カッコいいと云うより可愛い男子と云う印象だ。しかし、シルバーヘアにアンバーとライトブルーのオッドアイと云う見た目が、逆に奇怪な目で見られていた。だから、誰も近寄ろうとはせず、バレンタインなども1人蚊帳の外だった。それでも、流雫は特に何も思わなかった。

 河月駅で別のバスに乗り換えた流雫が、河月創成高校に着いたのは、最初の授業が始まる2分前だった。同級生が彼に反応することは無かったが、それは何時ものことだ。互いに挨拶をすることすら無い。尤も、流雫にとってはどうでもいいことだが。

 無論、この状態をよく思わない同級生も1人いる。しかし、彼女が言ったところで流雫は意に介さない。双方に歩み寄りなど存在しないのだから。

 半数以上が遅刻した状態で、最初の授業が始まった。


 雪の勢いは収まること無く、ついにバスも午後からの運休を決めた。その影響で下校の問題も有り、授業も次で打ち切りになるのが決まったのは、1時間目の授業が終わった直後だった。

 ……その天気だと云うのに、学校前には10人ほど集まっている。雪の降り方を見ようと、窓の外を一瞥した少年には、その光景がやや異様に思えた。

 まあ、僕とは無関係……だといいけど。と思いながら、少年は細書きサインペンを片手に、教科書のデータが入ったタブレット端末に目を通す。

 ……しかし、やはり気になる。流雫はスマートフォンからコピーしていた電子書籍を開く。数日前から読んでいた、ルージェエールの話。

 ソレイエドールに仕えながら反逆の末に処刑された、血の旅団が崇める女神。ただ、その最期は一言で言えばあまりにも壮絶だった。同時に、その項目を独自解釈した血の旅団も、とんでもない想像力を働かせたものだと、流雫は思った。

 その項目で初めて目にした、テネイベールと云う暗黒と破壊の女神。読破したがその出生も死も、あまりにも壮絶なものと云う印象しか無い。

 そして経典上に出てくる女神などの絵が、各項目の最後に1ページ割いて掲載されているのだが、テネイベールのそれに目が止まる。

 流雫の脳で散らばっていた複数の点が、線で結ばれた気がする。少しだけ、頭が痺れる感覚がした。

 そう思っていると、ようやく授業が終わった。担任教師の授業だったから、そのままホームルームになり、それも終わると流雫は通学用の鞄を手にし、教室を出た。

「宇奈……」

と学級委員長が高めの声で名を呼び掛けたが、それよりも気になることが有る。

 流雫が靴を履いて外に出ると、敷地の外の人集りが消えていたことにようやく気付く。……何事も無かった。思い過ごしでよかった、と流雫は思った。

「宇奈月くん!」

と黒いロングヘアを靡かせた少女……笹平が後ろから呼び、後ろから来る。先刻何か呼び止めようとしていたが、何か言いたいことでも有るのか?

「……何?」

と流雫は問うた。

 「今日バレンタインでしょ?だから……」

と言って、笹平は鞄に手を伸ばす、と同時に銃声が聞こえた。

「えっ!?」

「なっ……!」

2人は同時に声を上げる。音の方向は……白い建物。

「……ウソだろ……」

と呟いた流雫は、積もる雪に足を取られながら走った。

「宇奈……!」

と笹平は声を上げたが、彼には最早聞こえていなかった。代わりに

「笹平!」

と後ろから声が聞こえる。黒いショートヘアの男子生徒に、セーラー服の上からコートを羽織る学級委員長はその名を呼び返す。

「黒薙くん……」

「どうした?宇奈月と何か有ったのか?」

と、黒薙と呼ばれた少年が問うた。

 黒薙明生。流雫の同級生で、笹平とは中学時代からの仲。ただ、流雫との関係は複雑で、一言で言えば彼のために彼を虐げなければならない。笹平は、学級委員長としてそのことをよく思わないが、かと云って止めさせる術を見つけられない。

 ……美桜の死を、唯一生で見たのは笹平だった。一緒に渋谷に行って、そして遭遇した。彼女自身は無事だったが、大きな爪痕が心に残った。

 全てはトーキョーアタックが悪いし、憎い。それぐらい誰だって判っている。ただ、突然のことに美桜の恋人だった流雫をスケープゴートにしなければ、そ

の現実を受け止められない生徒もいる。

 そして黒薙は、その連中の代表になった。連中は、自分が流雫に手を出している限りは何もしない。

「宇奈月が、欅平の代わりに死ねばよかった」

その一言を、二度と流雫が聞かなくて済むように。それが全てだった。

 ただ、その真実を彼に話すワケにもいかない。美桜の死に未だ向き合えていない……それは自分も同じなのだが……のに、更に彼を追い詰めることになりかねなかった。

 流雫は優しく……しかし優し過ぎるあまり、弱過ぎる。そして、クラスのメッセンジャーのグループからも1人外れて、孤立を選んだ。それでも、今は澪がいる。だから、流雫自身は最早どうでもよかったが。

 「1人だけ誰からもってワケにもいかないし……」

と言って、笹平は女子生徒が金を出し合った一口チョコのアソートの包みを、鞄から出した。

 先刻、教室から飛び出した流雫を呼び止めようとしたのも、そして今追ったのも渡すためだった。生まれて初めて、流雫が受け取るハズだったバレンタインチョコ……。

 しかし、流雫は同級生の声よりも銃声を気にし、去って行った。

「でも銃声がして……」

と笹平が言うと、黒薙は血相を変えて

「まさか、今の……!」

と4年来の同級生に迫る。彼女はただ、頷くことしかできなかった。


 ……人集りと無関係かは知らない、しかし胸騒ぎがする。

 無関係なら無関係で、そのままバス停でバスを待っていればいい。そして文字通り他人事で過ごすべきなのだ。

 しかし、他人事ではいられなかった。幾度となくテロに遭遇してきたことで、それへの正義感が無意識のうちについていた。過剰反応……なのだろうが。ただ、それも全て、太陽騎士団の教会だからだった。

 無意識に鞄に手を入れ、小さなブレスレットを胸ポケットに……そして銃をズボンのポケットに入れた流雫は、教会の観音開きのドアを引いてみたが、内側から鍵が掛かっているのか開かない。流雫は金属のドアに張り付いて、耳を押し当てる……と同時に、耳元に金属音が3回鳴り響き、振動が伝わる。

「っ!!」

流雫は思わず身体を離し、逃げようとする。しかし、すぐにドアが勢いよく開いて

「待て!!」

と叫ぶ声が聞こえ、流雫の足下に数発の銃弾が飛び、コンクリートとアスファルトを僅かに削る。

 不意に止まった流雫が後ろを振り向くと、大口径の銃口が流雫の心臓を狙っているのが判る。そこにいるのは、太陽騎士団の紋様を胸に遇ったネイビーのスーツの男。

「手を上げろ」

と声が上がる、流雫は大人しくそれに従う。

 ……こいつも?じゃあ先刻のは……?そう思いながらも、背を向けて隠した表情は、恐怖では無く疑問に支配されていた。

 ……銃を鞄から取り出し、この男を撃つ。それ自体は造作も無い。但し、そのために絶対的に足りないのは相手の油断。

 今は大人しく……。そう思った流雫に、

「宇奈月!!」

と呼ぶ声が聞こえた。黒薙!?

「来るな!!」

と流雫は叫ぶ。それと同時に、その足下に銃弾が飛ぶ。

 「うわっ!」

と声を上げて後退りする同級生の名を、流雫は

「くっ……、っ……!」

と呼ぼうとして、しかし留まった。……無用に名を呼んで、無関係な黒薙にまでとばっちりが及ぶことだけは避けたい。

「来い!」

とだけ男は叫ぶ。銃口はシルバーヘアに隠れる額を狙っていた。

 流雫は同級生に背を向け、男に近付いて行く。

「宇奈月!!」

再度再び叫んだ黒薙の隣に、黒いロングヘアの少女がやってくる。

「宇奈月くん!?」

その声に、流雫は左手を後頭部に回し、そしてピースサインをした。

 「……宇奈月くん!?」

と凡そ場違いなポーズに呟いた笹平に、黒薙は

「……何か、秘策が有るんだろ。宇奈月のことだ」

と言い、スマートフォンを手にすると緊急通報ボタンを押す。

 ……詩応の姉が殺された渋谷で、偶然居合わせた黒薙は流雫が戦うのを目の当たりにした。よく言えば絶対諦めない、悪く言えば死に損ない。その同級生のことだ、絶対生きて戻る。そう願うしかない。

 その隣で、笹平はメッセンジャーアプリを立ち上げ、サバトラ柄の猫のアイコンを押した。そこに表示された名前は、MIO。


 東京でも雪が降り積もり、行き交う人や車もゆっくりで、誰もが寒さに震えている。しかし、東都学園高校の教室は暖房が効いていて無関係だ。

 願わくば、雪だからと云う理由で早く帰れるようになってほしいが、列車が動く以上は無理な話か。そう思いながら、セミロングヘアの少女は休み時間に鞄からスマートフォンを取り出す。先刻、バイブのモーター音が聞こえた。パターンからして、メッセンジャーアプリか。

 流雫とのセルフィーが背景のロック画面に表示されたポップアップの通知は、笹平からのメッセージだった。以前、河月で流雫が足を撃たれた時に流れで連絡先を交換した。時々は連絡しているが、メッセージを送り合った回数は少ない。

 しかし、そもそも平日の日中に送ってくること事態稀だ。……まさか、流雫に何か?その不穏な予感が頭を過る。

 澪は、恐る恐るメッセージを開く。ダークブラウンの瞳を釘付けにしたのは、無情にも

「宇奈月くんが人質に銃を向けられ」

と云う短文だった。

 慌てて打ったのだろう。整理すれば、流雫が銃を向けられ人質になった、と読める。……流雫が人質!?

 澪は、笹平のアイコンと通話ボタンを続けて押しながら、廊下に飛び出る。その様子を見つめる、2人の少女がいた。

 「志織さん!?」

1フロア上……屋上に出た少女の声に、志織……笹平は目を見開く。まさか通話をしてくるとは思わなかった。

「澪さん!!」

その声に、澪は

「どう云う……!?」

と問う。ただ、その様子を生で見ている彼女の方が知りたい。

 「……銃を向けられて、教会に入っていって……!」

とだけ答えた笹平に、澪は最大の疑問をぶつけた。

「まさか、それって学校前の……!」

笹平は、一言だけ答えた。

「……はい」

 ……太陽騎士団の、爆破から建て直された教会……。

 目を見開き、唇を震わせる澪は、ただ一言

「何が……起きてるの……!?」

と呟き、河月にいる女子高生に

「……また、何か判れば……連絡……下さい……」

と伝え、

「……はい」

と云う返事が聞こえると同時に終話ボタンを押した。

 ニュース速報は入っていない。しかし、あの焦りようからウソをついていないことだけは判る。

 ……流雫が人質。恋人の同級生から突き付けられた残酷な現実に、雪が降る屋上でセーラー服のまま立ち竦む澪。最早、寒さすら感じない。

「流雫……」

と俯いたまま呟く少女の後ろから、眼鏡を掛けた黒いロングヘアの少女が

「……澪」

と名を呼び、近寄る。その隣にはライトブラウンのセミロングヘアの少女がいた。2つの足音が重なる。

 「彩花……。……結奈も……?」

と、澪は2人から目を逸らしたまま、呟くような声で言った。

 眼鏡を掛けた少女は、黒部彩花。そしてボーイッシュな少女が立山結奈。澪がこの学校で仲がよい2人だけの同級生が、少女を囲む。

「澪……何が……」

結奈の言葉に、澪は

「流雫が……人質に……」

とだけ、声を震わせて言った。

「え……!?」

「流雫くん……が……!?」

2人は同時に目を見開く。

 河月に住む少年とは、澪と一緒にいる時に何度も出会していることで面識が有る。ただ、連絡先は交換していないし、澪がいない時に会ったことは無い。

「……流雫の、同級生から連絡が有って……。何が……起きてるのか……判らなくて……」

と、途切れ途切れに言った澪の声を、チャイムが遮る。最後に

「……先、行ってて……」

とだけ弱々しく、小声で洩らした少女に対して無言のまま、2人は教室へ戻った。……何も言わなかった、いや言えなかった。

 ……独りぼっちの屋上。澪は俯いたまま、何の通知も来ないスマートフォンを握り締めていた。

「る、……な……」

声を詰まらせ、最愛の少年の名を呟く澪。

 何もできないことへの無力感、そして流雫を失うと云う最悪の事態への恐怖に駆逐される澪。……トーキョーゲートの時でも、これほどでは無かった。それは、今自分たちが直面している問題が今までよりも遙かに重いことを意味していた。

 視界は滲み、焦点を失う。

「……っ……、……」

最早名を呼ぶ声も出ない。ただ、自分の身体を強く抱き締めるだけだった。


 銃口を向けられたままの流雫は、両手を顔の高さに上げたまま教会のエントランスに入る。礼拝堂は1Fで、2Fにオフィスと洗面所が有る。

 階上から別の男が駆け足で下りてくる。やはり、ネイビーのスーツを着ていた。手早くドアを閉め、鍵を掛け、流雫の背中に自動小銃の銃口を突き付ける。

「くっ……」

背中に金属の塊を押し付けられた流雫は顔を歪め、教会としては殺風景過ぎるエントランスをゆっくり歩かされる。

 最初に聞こえた銃声は、礼拝堂の木製ドアを狙ったものだった。その弾痕がよく見える。2人に銃口を向けられた少年は、やがて開かれたドアの奥に入れられる。またも、背後で鍵が掛かる音が聞こえた。

 大理石を模したタイルの床には木の椅子が並べられ、窓は無く、天井は高めに確保され、2F部分はM3F分の高さが有る。正面の教壇の奥には大きな紋様が飾られているが、しかしそれだけだ。紋様さえ隠せば、単なる集会所にしか見えないほどに殺風景だった。 

 ……初めて太陽騎士団の教会に入った流雫は、もっと荘厳なものをイメージしていただけに、何か違和感を感じた。しかし、人が集まる場所としての機能は果たしている。だからこう云うものだと、流雫は思うことにした。

 ふと、小さいながらもサイレンが聞こえた。

「助かる……」

と呟いた少年の眉間に、銃口が押し付けられる。

「黙れ」

とだけ言った男も、着ているのは太陽騎士団のスーツだ。犯人は2人で、1人は普通の銃、そしてもう1人は自動小銃……。

 ……銃を持っていない4人は、いずれも同じ服装をして手を頭上に高く上げている。教会職員と云う人質か。流雫だけは、色こそ似ているも1人だけ違う服装だった。しかし、河月創成高校のブレザーの制服だから仕方ない。

 「旭鷲教会の……仕業か?」

と流雫は呟く。エアコンの音が僅かに聞こえるだけの礼拝堂に響くその言葉に、その場にいた誰もが一瞬固まった。

 金属のドアの反対側から聞き耳を立てていただけの少年が、何故その名前を知っている……?

「何を出鱈目な事を言ってやがる!」

銃を持った男の口から出たその言葉に、流雫は凜々しい目付きを向けて言った。

 「ソレイエドールに敵対するのは、ゲーエイグル。そして、ゲーエイグルとルージェエールの間に生まれたテネイベール……」


 ……ルージェエールは戦の末に悪魔に陵辱され、悪魔の血を引く胎児を妊む。そして、破壊された神殿で赤子を産み落とす。それがテネイベールと云う、経典上最も異端、そして哀しき女神の出生だった。

 敵対する2つの名は、経典上にしか出てこない。知っているのは、信者か宗教学者、そして宗教オタクか。流雫はその後者だと、人質も敵も思った。

 「テネイベールは、その悪魔の血が命じるがままに世界を混沌に陥れる。しかし、最後はゲーエイグルを裏切ってソレイエドールと共闘し、絶命した。そう、かつて自身が殺めた2体の女神の最期を辿るように」

と流雫は続けた。

 ……テネイベールはその混血に悩む中、悪魔の血がもたらす本能に抗えず、世界を混沌に陥れていく。それに立ち向かったのが、紅の戦女神ルージェエールの反逆罪による処刑……とされているが……後にその穴を埋めるべく戦っていた女神、翠の戦女神ベーアルと碧の戦女神ブリュオーズ。

 しかし、彼女たちはテネイベールの刃によって絶命する。だがその直後、母ルージェエールの血が覚醒し、悪魔の血……そしてゲーエイグルに反旗を翻し、ソレイエドールについた。そして、彼女の身代わりとなって、創世の女神に抱かれ、初めて愛を知りながら絶命する……。

 それが、フランス語で綴られていた書籍に載っていた、暗黒と破壊の女神についての全てだった。

 「ソレイエドールによって消滅したゲーエイグル……。名前はフランス語で、戦う鷲の意味……。だから旭鷲教会も、鷲がモチーフなのか……?」

自分自身が放った問いが、礼拝堂を完全に凍り付かせるのを流雫は感じた。

 ……旭鷲教会と云う名前で目立つのは、鷲。そしてゲーエイグルも、鷲をモチーフとした悪魔。単なる偶然だとしても、太陽騎士団やそれが崇める女神に牙を剥いている共通点は、どう説明がつくのか。それも偶然……なのか?

 「お前……何者だ……?」

1人の男が目を見開いたまま、問う。

「……ただの宗教オタク……」

とだけ答えた流雫は、しかし太陽騎士団絡みに限定すれば強ち間違っていないことに、内心苦笑していた。澪や詩応が聞いても、唖然とするばかりだろう。ただ、その自称付け焼き刃の知識に免じて解放されることだけは有り得ない。

 サイレンが聞こえ、それが大きくなって止まったから、警察が駆け付けたことは判る。果たして、この連中がどう動くのか……。

 「……澪……」

流雫は、誰にも聞こえないように呟き、左胸に手を当てる。

 学校では着用禁止だからと手首に着けてはいないが、先刻胸ポケットに入れたブレスレットに、ブレザーの上から触れる。流雫にとっての最強の御守りだった。

 「あたしがついてるよ」

ふと流雫は、その言葉を思い出す。……そう、僕には澪がいないと。だから、こんな立て篭もりごときで死ねない。


 何台もの警察車両が道路を塞ぐ。その中の1台のワンボックスから、特殊武装隊のロゴを着けたジャケットを羽織る集団が降りてくる。

 テロに対する抑止力強化のため、全国の警察で編成されたテロ専門の特別チーム。事件解決のためには、犯人の射殺も辞さないと云う方針の下に活動する。

 それが来たからには、早いうちに解決する……警察官のバリケードの目の前、ヤジ馬集団の最前列にいる男女2人はそう思った。

 ……しかし。

「誰が捕まってる?」

「あの混血らしい」

「宇奈月か。今度は何をした?」

と後ろから声が聞こえてくる。

 その言葉に、黒薙の苛立ちは少しずつ増してくる。それに気付いた笹平は、彼の腕を軽く引っ張り、気を逸らさせようとする。

「……黒薙くん……」

と笹平は小さな声で同級生を呼ぶ。

 黒薙が苛立つのも無理は無い、ただ今は相手にせず、連中が揶揄する少年の無事を願うだけだ。笹平が思うこと、それは彼も判っているだろう。

 だが、死ぬかも判らないのにあまりにも身勝手過ぎる。苛立ちに惑わされないこととの戦いは、或る意味自業自得とは云え、今の黒薙にとっては苛酷だった。


 人質も犯人も、唯一の部外者に釘付けになっていた。同じ制服を着た男は、この少年を宇奈月と呼んでいたが、少し珍しい名字だ。

 その宇奈月……流雫は、ブレザーのボタンを外した。暖房が強めで少し暑いからだが、フロントを開けたところで涼しくなるワケがない。気休め……にもならない。

 「……来い」

と言って、男は流雫の頭に銃を突き付け、問う。

「お前……裏切り者の真似か?汚い目をしやがって」

 ……汚い目。それは流雫のシンボルでもある、アンバーとライトブルーのオッドアイのことを指している。そして、先刻授業中に絵で見たテネイベールの瞳と同じだった。

 コスプレ向けのカラーコンタクトレンズを入れているワケでもなく、生来のもの。オッドアイ……虹彩異色症そのものが珍しいから、どうしても目立つ。

 「……僕の正体が、転生したテネイベールなら……最も判りやすいのに」

と流雫は言った。残念ながら、それは有り得ない話。単なる偶然でしかないが、逆に云えば同じように、偶然オッドアイと云う理由で殺された人も、いると云うことか。だとすると、あまりにも理不尽過ぎる。

 流石にそれは無いと思いたいが、事実は小説より奇なり、有り得ない話ではない。

「その名前を出すな!」

と男は銃口で少年の額を押した。首が後ろに傾き、

「ぐっ……!」

と声を出す流雫。

 「落ち着け!」

と別の男が言い、そして手を上げたままの人質が言った。

「……神聖な礼拝堂を血の海にするな……!神への冒涜だぞ」

その言葉に、男は流雫に突き付けていた銃口を人質に向け、引き金を引く。

 火薬が爆ぜる音が4回、白く殺風景な壁に反響し、そして髭を生やした中年の男はマネキン人形のごとく真っ直ぐ倒れ、タイルを血で染めて行く。

 「ぎゃぁぁぁ!!」

と別の人質が絶叫した。人が射殺される様子を初めて生で……しかも目の前で見た。あまりの光景に脳が拒絶反応を起こし、そして気絶する。

 「……っ……!!」

流雫は奥歯を軋ませた。

 ……あの日、渋谷で見た光景を思い出す。逃れられない。いや、逃れなければ。

 ふと、流雫は男の手元を見た。やはり、弾倉にホログラムシールが無い。少年は小さく溜め息をつき、微かに頷いて声を上げた。

「どうして、ホログラムが……」

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