Memory For Two Fingers
机の端に置かれた、指2本ほどの大きさのミニカー。母の故郷で開かれる自動車レース用のオープンカーを模したそれは、ブルーの塗装が半分ほど剥げ、鈍い灰色のダイカストの地が剥き出している。
15年前から持っている玩具は、しかし17歳になった今でも手放すワケにはいかない。僕の全ては、パリでこの2ユーロの愛車を小さな手に握っていたあの日、大きく変わった。だから、あの日を忘れないために。
「母さん、ちょっと頼みが……」
「電子書籍で、送ってほしいのが有って。日本のストアじゃ入手できなくて」
「フランス語でいいよ。1冊か2冊。ノンフィクションで……」
「ちょっと、気になるんだ。あの日に起きたこと……」
「百科事典サイトにも、軽くしか載ってなくて」
「……サンキュ、母さん」
早朝、小さな部屋から聞こえてくる少年の声。母とのビデオ通話を終えた彼は、軽く溜め息をつく。……年明け最初のビデオ通話がこれとは。しかし、欲しいものが日本に無い以上は、フランスに住む両親に頼むしか無い。
軽く苦笑いを浮かべながら、少年はスマートフォンの時計を見ると部屋を出た。
誰もいなくなった薄暗い部屋、その中央のローテーブルに残されたルーズリーフには、細書きのサインペンで文字が書かれていた。黒いインクで綴られたそれは、フランス語でノエル・ド・アンフェル。