汚れた身体を抱きしめて
森の中は意外と快適だった。確かに虫はいるんだけど、良く羽虫って言われるタイプの虫はいない。
確かに生理的に繰るタイプの虫はいるっちゃいるんだ。でかいゲジゲジっぽいのだとか、後は大きなミミズ系の虫だったり。
けどそういうのはオレが近づくとすごい勢いで逃げてくから、怯える必要はないって事にすぐ気が付いた。
「これで向かってこられてたら、叫んでたかも……」
なんか地球の虫より全体的に大きいんだよ。小さい何かが這い寄ってくるような恐怖じゃなくて、もっと本能的に、こう、嫌悪感と拒絶感が襲い掛かってくる。
慣れないといけないんだろうなぁ。
「さて、と。頑張って集めないとだ」
そんな俺の、気持ち悪いって感情よりもずっと大事な事、それは果物を集めることだ。
あとは、出来れば地形の把握とかもしておきたい。こんなところで遭難しようもんなら戻ってこれる自信がないし、ただでさえ見失いやすい獣道だ、万が一ここが何処か分からなくなるだけでも致命的じゃないか。
森を歩くのになんて慣れてない、整備されたキャンプの経験ならあるけど、こういったサバイバルの経験がない俺は、そもそもこうやって森の中で生活するのすら初めてだ。
けど、それでやる気を削がれるわけにはいかない。この状況だとそんな事言ってられないんだよな。
これからどんな生活が待っているのかまだ俺はよくわからない。辛いかもしれない、痛い事も多いかもしれない、それでもフウにひもじい思いはさせたくない。その為には俺が働かないといけないんだ。
まあ、一か月間もここで生き残ってきた先輩であるフウにももちろん手伝って貰うけど……俺の方が年上だから。
フウはまだまだ子供だ、俺が守らないと。
───
「……こんないらなかったかな……」
服を捲り上げた袋代わりの空間に、四、五個ほどの果物を入れたまま俺は帰路についていた。
バランスを崩せば果物が周りに散らばっちゃうから丁寧に、けど遅くなりすぎるのもどうかと思ったから足早に、悪い足場にも少しずつ慣れを感じながら歩を進める。
まああるに越したことはないだろ、これくらいの量だったらすぐ食べきっちゃいそうだしな。
にしても、森の中ってなんか落ち着くなぁ。心が穏やかになるっていうか、木々の生命力が伝わってくるような……。
俺って普段こんなポエマーな事考えないはずなんだけど、不思議とそれが一番正しい表現のような気がするんだ。
「~~、~~♪」
よくコマーシャルで流れる特徴的な音律を鼻息で奏でながらフウの待つ家に向かって進んで、獣道を踏みしめる。
目の前を遮った枝を頭で押しのけるとようやく小屋が見えてきた。
フウ、まだ寝てるかな。もし起きてたらどうしようか……俺はどうやって接してあげればいいのかな。
まず抱きしめてあげようか、果物が邪魔だな……最初にテーブルにこれを転がして、それからフウに優しい言葉をかけて……。
シュミレーションの中のフウは俺の思うような反応を返してくれるけど、現実はどうだかわからない。
「別に、そんな深く考える事でも無いはずなんだけどなぁ」
ちょっと緊張する……ただフウと会うだけなのに。変なの。
膝でドアを押して身体を滑り込ませると、すぐに後ろを向いてドアを閉める
「た、ただいまー」
「……っ」
後ろから、息を吞んだ音がした。ゆっくりと振り返る。
「あっ、起きてたんだ! えっと……あー、俺だよ?」
「ぅ、……ぅぁ……」
あ、俺の脱いだシャツ抱きしめてる。起きたら別のシャツあってびっくりしたかな、どんな気持ちだったんだろう。
薄汚れた頬を震わせて、金魚みたいに口をパクパクさせたフウ。輝く双眸は見開かれて零れ落ちそうだ。
何か、何か言わないと……。
「果物、取ってきたんだ。テーブルの上食べかけあったけど、お腹いっぱい食べてる?」
テーブルの上に果物を転がしてもう一度フウに向き合った。……あ、服伸びちゃったかな。
黙りこくりただ俺を見つめるフウへと呼びかける。
「えっと……フウ?」
「にっ、ちゃ……?」
「うん、そうだよ」
抱きしめられていた俺の服がはらりとフウの膝に落ちた。
まずい、こういう空気苦手なんだ……お願いだから何か言ってくれ……。
「……あ、ってか俺、今フウに貸した服着てるんだよね。待って今脱ぐから……っ」
「ぅ、ぅぅぁぁ……!」
「あー、あぁもう、泣かないで、お願いだから……!」
玉のような涙を眼の縁に浮かべたフウに俺は焦る。急いで汚れた服を脱いでフウに差し出すけれど、泣き止む様子はない。むしろ徐々に嗚咽がひどくなってきた。
最初は抱きしめるか、とか考えてたのに……そんな思考はどこかへ吹っ飛んだ。今はただ泣き止ませようと焦るだけ。
ひっく、ひっくと肩を震わせるフウは、徐に何かを求めるように手を差し出し始める。
にじり寄って、その手を包み込んだ。
「うぁっ……!」
喉の奥から声を振り絞るように、嗚咽交じりにたどたどしく言葉を発する。
「にぃ、ちゃぁ……っ。ほん、もの……?」」
「うん、そうだよ。本物に決まってんじゃん、変な事聞くなぁ……」
当たり前の質問に俺は一切迷わずそう答えた。
小さな手のひらを俺の手でこねくり回す。手に少し黒い汚れが移っているのを見て、ちゃんと手を洗わせないとなぁ、なんて考えて。
本来スベスベの手の甲は土汚れでカサカサしてるし、少しだけ豆で硬くなった手のひらは皺の間に汚れが入り込んでる。
擦りむけた指の付け根に今までの頑張りが見て取れて、なんだか胸に温かいモノが宿った気がした。
「頑張ったな、一人で辛かったろ?」
「んっ……! んんっ!」
必死に首をガクガク縦に揺らしてうなづいた。
パクパクさせていた口元をふるふる揺らしながら、徐々に口角が上がり始めたフウの顔。
見開かれていた瞳も徐々に閉じられて、上がった頬で下瞼を押し上げ細められた目の端に、小さな光の粒がジワリとにじみ出た。
思い切り腕を引かれる。
「フウっ? うッ……っ……甘えん坊だねぇ」
「にぃちゃっ、にぃちゃぁぁぁぁん……! うああぁぁぁぁぁぁ……!!!」
急にフウに首に縋りつかれてびっくりした。フウは多分全然身体洗ってないし、薄汚れてておかしなにおいもする。
けど不思議と嫌じゃない。せめて今だけは甘えさせてやろう。
そんな思いで俺は小さな身体を抱きしめ返して、導かれるがまま藁のベッドに腰を下ろす。
「あったかいねぇ。もし夜寒かったら一緒に寝てやろうか?」
「あ゛ぁぁぁぁっ、ぁぁ、うぁぁぁぁぁっ……!」
締め付けが少し苦しいけど、それ以上に感じる謎の幸福感。どういうわけか、俺まで視界が潤むような感じがした。
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