冶金師ルークス
カンッカンッと耳の中に響いていくようなけたたましい金属音。
耳を塞ぎたくなるような鋭い音が、至る所から絶え間なく聞こえ続けている。
服屋の店主はオレがまともな服を持っていない事を話すと、急いで一着だけ仕上げてくれることになった。受け取りまで大体一刻、時間になったら取りに来いとの事だ。
だからオレはもう一つの目的地、武器を手に入れる為に街の別の区画へと訪れていた。
「……すっげぇ」
硝煙と鉄錆薫る熱気溢れた大通り。露店や食料品店の立ち並ぶ中央通りと同じく人込みで覆いつくされた、雑音飛び交う街の一角。
これが、冶金通り。戦いが耐えないこの街を支える重要な拠点。
ただでさえ暑いこの砂漠の街の中でも物理的な熱気に包まれたそこでは、道の端々に露店のように広げられたカーペットの上で、色々な金物が売られていた。
鍋やお玉のような鈍い光を放つ調理道具から、剣や斧、はてはウォーピックと言った鋭い光を放つ武器の類まで。
そしてみんながみんな身体を纏う布面積が少ない。オレの格好でもあまり浮かないな。
「で、どこにあるんだっけ……えっと……たしか、青い屋根のでっかい店、だよな……?」
けどここら辺の建物は大体でっかい。青い建物だって幾つかあるし、わかんねぇ。
……しょうがない。聞くしかないか。
オレは道端で声を張り上げる男に近づいて声をかけた。広げられたカーペットの上に所狭しと並んでいるのは長短様々な刃物。
その主も腕が盛り上がった、いかにも鍛冶師って感じの見た目。きっと知っていると考えたのだ。
「なあ、ききたい事あんだけど、いいか?」
「ん? なんだぁ首輪の坊主。どうしたよ」
「ルークスって人のおみせ、どこかしってる?」
オレがそう質問すると、男の顔が少しだけ強張った。
「……ルークスさんの店に、なんの用だい」
「えっと、軍のうけつけの人に、そこで武器つくってもらってこいって」
「はぁ、そりゃ大層なこったっ。見かけによらないもんだねぇ」
「……」
不思議そうにこちらをじろじろ見つめる男。オレはまるで見世物を見るような雰囲気に少しだけ嫌な気分になりつつも、その意図を確認する。
相変わらず外は非常に暑くって、流れ落ちる汗が鬱陶しくてイライラが募る。にいちゃんが近くにいてくれれば、この暑さも共有出来て何でもないのに、オレのフラストレーションは溜まる一方だ。
「なんだ。なんかあんのか、そのルークスってひとに」
「ああ、坊主は知らんのかぁ。まっ、だから聞いてきたんだろうがなぁ……」
「だから、なにをってきいてんだよ」
「おぉっと悪ぃな、そんなせっかちになる必要ねぇだろ? ……にしても、坊主がかぁ」
両手を上げて降参を表しながら、相変わらず面白そうな瞳を辞めずにこちらを見続けて来る男。
ああイライラする。それになんだ、坊主がか~って。
「はぁっ……」
昔っからそうだった。オレはどうしても見た目で損をするんだ。どうしても舐められる、弱そうに見られちまう。
そして逆にオレがそいつをぶっ飛ばすと、物珍しそうに見られるか、それとも怖がったように見て来るかでさ……ああ、本当に……っ。
「へへっ、珍しい事もあるもんだぁ。けど坊主、いくら金を積んでもあの人は──」
「……おい」
ああ嫌だ嫌だ、嫌悪感が抑えきれない。
「うごか、ん? ひっ……わ、わりぃ、悪かったよ。だからそんな睨みつけて来るんじゃねえ、な?」
「なんだオマエさっきから。オレのことジロジロみてきてよ。きぶんわりぃ」
文句の一つだって言って良いはず、睨みつけたって良いはずだ。だってイライラするんだから。
それが功を奏したのかは知らないけれど、目の前の男は少しだけ引き攣った顔でオレの身体から顔へと視線を移しつつ、少しだけたどたどしくもようやく質問に答えてくれた。
「あ、あー、アレだ。坊主の探してるルークスのオヤジはな……まあ、一言でいやぁ偏屈なんだよ」
「へんくつぅ?」
「ま、行ってみるこった。俺も職人の端くれだが、あの人にゃぁ敵わねえ、どうこう言える立場でもねえし、あんまこういう事を言うのもなんだしなぁ」
「あっそ」
「けど、坊主は話に聞くところ監査官殿から紹介されたんだろぅ? つーことはお前さんはお眼鏡に叶う可能性が高いってこった。
本当に珍しい事なんだぜ? それと同時に出世株って事でもあるっつーわけよ」
「……どーでもいい。おしえてくれんのか? くれないのか?」
興味のない事をぺちゃくちゃぺちゃくちゃと、向こうからすれば世間話のつもりかもしれないけど、こっちからすればただ無為な会話。
急かすと、口を止めようやくお目当ての情報を口に出した。
「……ほら、見えるか? あの青屋根の工房の通りを右に曲がって、そうしたら見えるレンガ工房を左、そうしたら見える赤屋根が坊主のお目当ての場所だよ。
む、無駄話が、過ぎたかもしれねぇな。ところで坊主、お前さん武器はなんだ? なんなら俺が見繕ってやっても……」
「わかった。じゃあな」
「おいっ」
やっぱり人と話すのは苦手だ。ちょっとしたことでオレはすぐイライラしちまう。
なんでかわからないけどさ、オレってあんまりそういうのが得意じゃないんだと思うんだ。一緒にいて楽しいって感じるのは、にいちゃんだけで他の奴とはあんまり関わりたいって思えない、仲良くなりたいって、思わない。
「……」
ってか何だよ、オレにお節介でも焼こうと思ったのか? そんな風にも受け取れる男の言葉を無視してその場から離れた。
「……あっちぃ。それに、うるせぇ」
頭に血が上ったからか、暑さが今まで以上に強く感じられる。周りのがやがやという喧噪も、何だか
その場から離れて一息大きく深呼吸を繰り返して、オレはようやく落ち着いた。
オレこんなにイライラしやすかったっけ。別に珍しい眼で見られるくらい慣れちまったはずなのに。
……やめだ。難しい事を考えるのは後で良い。今は目的地に向かう方が先決だろう。
ええっと、ここを曲がって……あ、あの屋根の建物の通りを曲がればいいのかな。
「あれか?」
幾つもの人込みを避け、金属の匂いが漂う通りを抜けて、ようやくたどり着いたのは聞いた通りの特徴を備えた大きな工房。
どこかゴテゴテとしてイメージを抱く様な、威圧感を感じさせる建物だ。
「……なんか、うるさくね?」
中からガヤガヤとした人の声が聞こえる。確かに外もうるさいけど、それとは別種の……怒声?
光沢のある木材のようなもので作られた入口の扉、何があるのかと気になってその扉を開けようとした瞬間。
ドォンッッ!!
「ぐはぁッ……!」
「うぇぇ!?」
「ウゴッ!」
扉から飛び出て来た大きな塊。大きな音と共に飛び出して来たそれは、オレの身体を突き飛ばし危害を加えるに値するものだった。
反射的に小さく飛び、身体を回転させ脚を振り抜く。
「……え?」
ただ危険を排除する為だけの反射的な行動は、オレに脚にどこか硬すぎず柔らかすぎず、ある程度蹴り慣れている感覚を伝えて来る。
蹴り払った塊が、道の端っこに音を立てて落ちる音がする。辺りの喧騒が、一回り小さくなった。
え、待って。今飛んできてオレが蹴ったのって……。
「ひと……?」
「う゛ぉらぁぁぁ!! ドたまがぁぢ割っでやろがぁ!! オラぁ゛本気じゃぁぁ……あ?」
「え?」
続いて扉から出て来たのは筋肉の塊。大柄な体は筋肉で丸い印象を受け、鋭い目つきと日に焼けた肌で恐ろしい印象を抱かせるその人。
手に持ったハンマーはオレの頭ほどの大きさで、素肌にオーバーオールのような服というそのファッションは、滑稽ながらもひどく似合っていた。
その小さな瞳とオレの瞳が交差する。たった今全てを搔き消すような大怒声を放っていた人物とは思えないようなキョトンとした表情、けどきっとオレも同じような顔をしていると思う。
「……なんじゃァ、ちっこいガキがなぁにしとん。バガモンはどうじた、なぁんで、扉ん前に……」
「……け、けっちゃった」
「はぁ?」
オレが思わず右を向くと、大男も釣られて右を向く。そこにあるのはくの字に折り曲がった状態で倒れ、時折ピクピク痙攣する人影の姿。
お互い何も言わない、周りの人たちだって何も言わない。ただ不気味な、居た堪れないような謎の雰囲気だけが辺りに満ちる。
「……」
「……」
「……ウチの工房に、なんの用じャ」
「しょうかいされた、ルークスって人のとこいけって、軍のひとに」
「オラがルークスじゃ、まぁ、入れぃ」
空気を破ったその大男、ルークスの声にオレは従が……おうとして足が止まった。
いや、だってさ……あのまま? あの人、あのまま?
「ん? なにしとんじゃ、はよ来いや」
「……え?」
あれ? 放置で良いの?




