side:とある受付嬢 密談
「失礼します。アントルース監査官、参上致しました」
私たちが運営している軍直属の買取所、立派な三階建ての建物の三階部分、私たち買取所所属の監査官を束ねる長官の部屋。
私こと、ユーミリァ軍部監査官アントルースは、長官への報告の為にこの部屋を訪れた。
「おう、入れ」
「失礼します」
ノックの後に帰って来た、良く響く男の低音。促されるままに扉を開けて、目の前でだらしなく座っている男に相対すると、量の拳を胸の前で突き合わせる。
「ん、挨拶は良いがよぉ、とりあえずアレだ、どうだった?」
無精ひげを生やし、鍛え上げられた隆々の筋肉を外気に曝け出す大柄の男。ユーミリァ軍部監査長官ロスモスティ
くすんだ金の体毛と暗い色の肌、その様相はアウトローにしか見えないが、立派な私の上官だ。
他の偉い人たちと同じように腕っぷしで成り上がった人物である為、少々荒い見た目通りの性格である事は否定できないけれど。
そんな彼が言う、『アレ』。私は先ほどまで対応していた幼い少年の事を思い出しながら、報告を始める。
「はい。一先ずは軍への仮加入は完了しました。しかし、本人は一切の武装を所持していなかった為、物資の購入を勧めさせて頂き、現在は勧めた鍛冶屋へと向かっているはずです」
「鍛冶屋、どこの鍛冶屋だ」
「ルークスさんのところです」
「ルークスの野郎かぁ……で、素質はどうだ」
「中々に高いかと。佇まい、一瞬だけ飛ばした闘気に対する反応、外見から察せられる運動能力。そのどれもが高水準に達しています。
見た目年齢は非常に幼く、精神面も見た目相応に幼い印象、しかしながら殆どの動揺が無かった事から胆力は高いかと。
一方闘気への反応が警戒にとどまったところを鑑みるに、本人はその扱い方を理解していないようでした。
身体に刻まれた文様からは微弱ながら魔素の反応があり、何かしら固有の戦い方を確立している事は確かです。闘気の扱いを覚えれば、その魔素を使った戦闘と合わせ更なる戦闘能力の向上が期待できます」
「ほぅ……お前さんが高評価を下すなんて珍しいじゃねえかよ。今期に入隊したやつは碌な奴が居なかったが、最後の最後に良いのが来たってわけか」
「はい。彼は中々の逸材かと。実際の戦闘能力に関しては、後々テストを実施する予定です。
更には、彼はスヴェーラの心臓を要求してきました。なぜ初めに討伐した時当該部位のみを抜き取らなかったのかは不明ですが、『魔喰化』が起こっていると推定できます。
スヴェーラで『魔喰化』が起こったという事は、彼自身の同化現象は未だに初歩的な部類に納まっていると言えましょう。伸びしろに関しても十分です」
けどあの少年は間違いなく強いのだろう。それは確実に言い切れる。
そもそもの話、彼が持ち込んだスヴェーラという魔物。一応弱い魔物の部類ではあるのだが、地中を移動し獲物を捕食するという厄介な性質から、専門の道具を使った対策が一般的だ。
それを素手で対処した、それが出来るというのは十分熟達した武力を持つ証だろう。
更に、スヴェーラによる『魔喰化』。
体内に流れる魔素濃度よりも濃い魔素濃度を持つ存在を倒した際、相手の魔素を吸収し自らの力に変える、最も一般的で基礎的な能力向上法の一つであるが、それは生物的には格上へ危害を加えた時にしか起こりえない。
私の報告を聞いた長官は、切れ長の瞳をギラリと一瞬光らせ、確信を付く問いを私に投げかける。
「で? そのガキはなんだった、外からのスパイかなんかか?」
「……」
そう、この国、ユーミリァ他民族大帝国は、外からの移民が多い。
しかしながらそれらの民は、力が無ければ半ば受け入れてもらえなかった流民と同じにも等しい扱いとなるのだ。
それでも過去の犯罪も何かしらの素性の問題も全てが無かった事になる可能性があるこの国を求める存在は少なくなく、結果として様々な武の形がこの街へと流れつく事になる。
それ自体は何の問題も無いのだ。一番の問題は、他国からの干渉。
我が国のスタンスは、簡単に纏めるならば来る者拒まず出る者追わずの鎖国に近い。
矛盾しているようであるが、我が国において力ある存在の扱いは非常に良い物である為に他国への流出はまずあり得ない為なんの問題もないのだ。
しかしながら、ごくたまに厄介な存在がやってくる可能性がある。それはスパイだ。
スパイは本当に面倒で、力さえあれば成り上がれる我が国において上層部へ他国の人間が入り込むというのは非常に容易い事なのだ。
そんな中である程度の発言権が得られれば? 面倒な事になるのは想像に難くないだろう。
だからこそ、監査官である我々はまず人に対する審美眼を鍛える。そうして怪しい存在は予めリストへとピックアップしておいて、面倒ごとを避ける事に注力するのだ。
さて、そうしてあの少年に対する私の判断であるが、簡単な事だろう。
「あの少年が、スパイやその類の人物である可能性は限りなくゼロに等しいかと」
「ほぅ……根拠は?」
「幾つか理由がありますが、その一つとしてある程度の素養が身に付けている事を隠そうとしていない点でしょう。更に彼が書いた文字に関してですが、私が収めていない言語でした。
更に彼はその素養の割に非常に無知な印象を受け、スパイとしての役割を果たすのに障壁となる段階のものである印象です」
スパイとして活動するなら素養は確かに必要だが、それを隠さないというのはおかしい。
それに彼の見せたその素養を支える言語は、明らかにこの近隣諸国のそれとは違う異質な物。
少なくともここら周辺のものではなく、例え我が国においてある程度の発言権を得たとしても利益につながりにくい。
更に無知と来た。猶更私たちの敵である可能性は低くなる。
「その他、少なからずの警戒心は存在していたようでしたが、不自然な心情の変化などは殆ど感じ取ることが出来ませんでした」
「殆ど?」
「はい。彼の身に付けている首輪の事を質問した時に、二度ほど。しかしながらそれは危惧している事柄とは無関係であると判断させていただきました。
どうやら彼には待ち人が存在し、その彼曰く『にいちゃん』がその首輪を付けた人物だそうです。身体の魔素反応を含む文様も、おそらくは『にいちゃん』なる存在が彼に描き込んだものかと」
「なるほどなぁ……文様という事は何かしらの式だ、つーことは魔法じゃあねぇ。つーことは魔術って事になるが、文様を利用した魔術の類で身体に取り付けるようなもんは……記憶にねぇなぁ」
こんな見た目でありながらも、こと武術や魔術の事に関しては博識な彼がそういうのならば、未知の技術の可能性が非常に高い。
だとすれば、なおさら我々の対応は決まったようなものだ。
「……よし、そのガキのテストは俺が直々にやってるやる。アン、俺の予定を調整しておけ」
「かしこまりました。くれぐれも無茶をさせませんようお願いいたします。後々の任務遂行に支障が出ては敵いませんので」
「あ゛ぁ? バカかテメェ、何年ここの長官やってると思ってんだ、それくらい心得てるわ」
「これはこれは、失礼いたしました。先日訓練所の備品を点検の名目で破壊したロスモスティ長官に対して失言を」
「……あー、なんだ。仕事に戻れ」
「はっ」
おっと、普段丁寧な対応で周りの人たちから評判を得ている私としたことが、ついつい本音と嫌味が。
まあ別に良いのだけれど。どうせ相手は長官なのだし。
「失礼致しました」
「おう」
それだけ言い残し私は長官の部屋を辞して、元の持ち場へと足早に急ぐ。
増えた書類を片付けて、早くやる事をやってしまわないといけない。私は今日も忙しいのだ。
「……あの子、確かフウカくん、よね……。溜まった任務、討伐系だけでも良いからさっさと片付けてくれないかしら」
なんて、まだ力も未知数の子に望むのもどうかとは思うけれど。
ああ、本当に監査官の仕事は忙しい。




