多民族大帝国ユーミリァ
砂岩をもっと丈夫にした感じの材質で作られた建物たち、その中でも少し大きな、民家とは少し違う立派な建物。
文字は読めないけどベッドらしき模様で宿屋だと分かるその建物の一室で、オレはすっかり暗くなってしまった部屋の中、少し硬めのベッドに寝転びながらにいちゃんと繋がっていた。
『じゃあちゃんと言葉は通じたし、街には入れたんだね?』
「おう!」
『それで、ちゃんと狩ったワーム……えっと、スヴェーラだっけ。それもちゃんと売れて、宿を取ったと……』
にいちゃんはオレからの報告を聞いて、何だかしみじみといった様子で言葉を反芻する。
どうしたのかと聞いたら、優しい口調で答えてくれた。
『いやさ? だってフウ、ずっと俺にべったりだったじゃん。だから一人で何かできるようになってるのが嬉しくて』
「あー、オレのことバカにしてるだろにーちゃん。それくらいオレにだってできるもん」
『……ちゃんと、敬語使った?』
「……あ、あー、ダイジョーブだ、つかったつかった」
『まったく……この嘘つきさんめ』
バレてらぁ。でも仕方ないじゃん、敬語って尊敬する相手に使う言葉だろ? オレ尊敬してねぇもん。
『あのね、敬語ってのはマナーなんだよ? ……あー、ここ異世界だからマナーも何もないのか、でも偉い人と会ったらさ、丁寧な言葉で話さないと、牢屋に入れられたり殺されちゃったりするかもしれないよ?』
「んー、でもさにいちゃん、オレこの街のはなし、したよな?」
『うん、されたね……まさかそんな国があるとは思わなかったよ』
帝都に着いたオレはそのまま指示された赤い旗の建物へと向かった。
そこはあの門番のオッサンが言うには『軍』の施設らしいけど、全然軍って感じがしないんだ。
それこそ、アニメとかである『冒険者ギルド』ってのに近いような気がした。だってさ、朝っぱらから男女含むムキムキなやつとか魔法使いみたいな恰好した奴が酒飲んでるんだぞ?
良くある軍隊のように統率が取れてる訳でも無い。ただ、その場にいる奴の立ち振る舞いから、そいつらが強いって事だけは分かった。
そんな中、明らかに異物を運ぶオレの姿は多分目立ってたと思う。自分で言うのも悲しくなるけど服はボロボロだし、それに上に服を着てねえ。
上が裸ってのはオレ以外にも男衆は大体そうだったけど、下は流石にみんなもっと立派なもんだ。
そんなオレに一瞬奴らはチラッと視線を向けて、けどすぐに身内での会話に戻っていく。そんな一幕もあった。
きっと慣れてるんだろうな。門番のオッサンもオレのこと外から来た奴って言ってたし、多分そういうのはいるんだろう。
でだ、受付のお姉さんはオレからスヴェーラの死体を回収して、ちょちょいと皮とかの状態を確かめて、それから銀色と銅色の硬貨をくれた。
銀貨と銅貨、それくらいオレでもわかる。これで買い取りは完了したってわけだ。
『多民族大帝国ユーミリァ……ねぇ。わかった、こっちでもなんか調べてみるよ。……森から出れたらだけど』
それ以外にも収穫はあった。この国のこと色々知りたかったから、資料室って所に行ってみることにした。
場所は買取所の二階。本がたくさんあったけどもちろんオレは読めないから、なんか相談員みたいな人がいたから質問攻めにしたんだ。
おかげで色々知ることが出来たし、色々これからの事も考える事も出来た。
「にいちゃん、そっち大丈夫なのか? にいちゃん、肉とれるか……?」
『取れるに決まってるでしょ。前の俺ならともかく、魔術使えば色々出来るんだから……』
そっか、なら良かった。にいちゃんがお腹空かせてるのはオレも嫌だから。
『にしても……軍かぁ』
「……ねえ、にいちゃん」
『ん? どうしたの?』
「オレさ……軍に入ろうと思うんだ」
『軍に?』
あの時、受付のお姉さんにも言われたんだ。あの時はオレは、アイツらに言わせれば野良の存在。身分証明書も何もなく、ただ外からやってきて素材を持ち寄っただけの一般人。
満額で報酬を支払う事は出来ない。けどそもそもあのワームを狩れるんだったら軍への加入は可能だって。
でもさ、にいちゃんに相談せずに入るのはオレもどうかと思ったから、答えは保留にした。
『……大丈夫なんだよね? ちゃんと考えて、入るって決めたんだよね?』
「うん。なんかさ、軍って名前はついてっけど、あんまり訓練とかそーゆーのないみたいだし……かなり自由なかんじなんだ」
まずこの街には沢山の訓練施設がある。
剣術道場やら槍術道場やら、魔術師育成学校ってのも存在する。
けどそれらに通うためには、軍に入った状態である程度の成績を収めないといけなくて、この街に住んでいる住民はほぼ全員が軍に所属しているんだ。
だから全員が武勇に優れている、弱い存在はこの街では生きていけなくて、勝手に淘汰されていく。
「そもそもさ、はいんなきゃ生きてけねえんだ」
『そっか……気を付けてね? そっちにいるのはフウ一人だけ。俺がいつでも助けられるわけじゃないんだからさ』
「……ね、にいちゃん。あとどれくらいで迎えにきてくれる……?」
『……ごめんね。何度聞かれてもそれは分からないんだ』
「うぅ……」
にいちゃん……会いたいなぁ。
もうすっかり夜の帳は降り切って、空には綺麗な月が昇っている。
同じ空の下繋がっている、そういう言葉は良く見るけれど、そんなんじゃ満足できるわけないんだ。
「さみしい……やっぱりオレ、さみしいよ……」
『う……』
梅雨の道場帰り、にいちゃんが傘を持って迎えに来てくれるのがどうしようもなく嬉しかった。
まだオレがもっとちっちゃかった頃、家に誰もいない日。こっそり夜中外に出て、にいちゃんちの窓から家に入り込んでベッドに潜り込んだこともあった。
それくらいオレはにいちゃんが居ないと寂しい、寂しくて寂しくて、おかしくなっちまいそうになる。
『フウ、俺だって寂しいよ。これから暫く森で一人って考えるだけで……。でもさ、俺も頑張るから、フウも頑張ろうよ』
「にいちゃん……」
『フウは俺が居なくても大丈夫になるべきなんだ。オレだって、ずっと一緒にいられるわけじゃない……出来るだけ一緒にはいたいけどさ。
フウが俺のこと大好きな、にいちゃんっ子だってのは知ってる。なんかちょっと気恥ずかしいけどさ。
ちょっとだけ、独りで頑張ってみよ? 俺も頑張るから、フウも』
にいちゃんの優しい声。それにやっぱり寂しさが集る。けど、にいちゃんが期待してくれるなら……。
「ね、にいちゃん」
『なぁに?』
「オレに、がんばれって……いってくれる?」
『頑張れ。頑張れフウっ、フウなら大丈夫だよ!』
「っ……うん、うんっ。オレがんばる……!」
にいちゃんがそう言うなら。応援してくれるならオレは頑張れる。
今までだってオレはにいちゃんに褒められるために色々頑張って来たんだ。今回だって同じこと。
「……よしっ、にいちゃん、オレねちゃうね!」
『うん。頑張れフウ。おやすみ』
「おやすみ!」
にいちゃんがオレの身体から離れていく。冷たい感覚が広がって、けどすぐに砂漠の熱風で虚しさだけが残された。
夜の砂漠は、それでもまだ温かい。日中の干からびそうな熱さとはまた違った、絶妙な暑さ。
「……ねちゃお」
硬い布団の上には薄いタオルが一枚。けどこれだけで十分なんだ。
皮ひもでポケットを縫い付けたパンツを脱いで部屋の隅に投げ捨てる。風呂に入ってないし水浴びもしてないから、汗と砂で身体が少しだけ気持ち悪いな……明日街中を散策して、お風呂探そう。
ベッドに寝転がり、タオルを下半身にかける。丁度いい温度ですぐに睡魔が襲ってくる。
……でも、やっぱり物足りない。
沈みそうになる気持ちを忘れようと、オレは瞑想の要領で無理やり意識を投げ捨てた。




