偽夢の世界
『もしもーし、聞こえているかな?」
誰……誰だ? 少なくともフウの声じゃないな、聞き間違えるはずがない。
ちょっと声が高めの……子供の声っぽい、ような気がする。反響しまくっててわからない。
でもはっきりと聞き取れるのがなんとも不思議。まるで脳内に直接語り掛けられてるみたい。
『あれ、聞こえていない? 返事がない……おっかしいなぁ』
「聞こえてる……聞こえてるよ」
『それならちゃんと返事してくれなきゃ。まったく』
なんか、ごめん。そうやって謝ろうと思って我に返る。
……まって、なんで俺は謝らないといけないんだ。そもそもここはどこで、誰と話してるんだ。
瞳はまるで目隠しをされたみたいに光を捉えないし、それ以前に身体の感覚がない。
状況が理解できない、頭の中がぐるぐる回って、熱くなって、何も考えられなく……。
「……あぁ、夢か。そうだよな……俺寝てたし」
じゃああの首輪付けてとかいう要求も夢か? 夢だろうな、そうだ、そうに決まってる。
『現実逃避は賢い手段とは言えないねー。まっ、夢だって思いたくなる気持ちはわかるよ、君たちには理解できない事象だろうしさ』
現実逃避だと? 仕方ないだろ、だって現実に思えないんだから。
夢の中で誰かに咎められるとか……なんだ、俺そういう欲求でもあったか?
『まぁいいさ。どうせ結果は変わらない、君は優秀なパーツだからねー』
「パーツ……?」
『こっちの話、君は気にしなくても良い事だよ』
謎の声に感情は感じられない。あくまで淡々と言葉を紡いでいる。
それに、こっちの話なんてそんな言い方をされると気になっちゃうじゃないか。多分誰でもそうだと思う。
『さてと、君にひとつ質問をしようか』
「質問? いや、質問したいのはこっちなんだけど、ここがどこで、何をされているのか──」
『質問内容は、フウカ君の事だ』
「っ、そう、フウ、フウはどこにいるんだ……?」
夢なら願えばフウが出てくるはず、夢なら、夢……夢じゃない……? いやでも身体の感覚ないし……そもそも身体の感覚が無いってのが変な話じゃないか。
身体が寝ているなら布団の感覚があるはずだし、俺はフウを抱きしめながら眠ったんだ、腕の中に、あのぬくもりが感じられないとおかしい。
『君は、フウカ君に好意を抱いているかい?』
「当たり前だろ、好意……好意ってか、そんないい方しなくても普通に好きだよ」
でないと一緒にいたりしない、俺は聖人じゃないし多分見捨ててるよ。
一緒にいて楽しいし、癒されるし……何より温かいんだ。フウは。
『人に向けられる『好き』という感情は面白いものだと私は考えているんだ。そしてそれには色々な意味があって、感情の繋がりは魂にまで影響を及ぼす。
超常が鳴りを潜めた君たちの世界ではその影響はかなり薄い。でも超常が常識となった世界においては、影響は顕著なものとなる』
「なに言ってるんだ……? お前は、そもそも何の話を……」
『そして超常がない世界において、個人の武なんてものは真の意味で役に立つ事は有り得ない。
それはあくまで個人の素の肉体から発せられる力学に基づいた力であり、それは大きな視点で捉えた際に非常に小さなものだ』
言っている事は何となく理解できる。けど脳が追い付かなくて、耳の右から左へと流れてしまって点と点が結ばない。
これはあれだ、うちの高校の数学のおじいちゃん先生の授業に似てる。まあ声の年齢は離れまくってるけど……でもそんな感じ。
けどギリギリ理解できるところだけで判断すると……まるで……。
「なにさその……別の世界があるみたいな言い方」
『間違ってない……っとと、これじゃ私のキャラがブレブレじゃないかー、せっかく警戒心の欠落を狙って軽いキャラで通そうと考えてたのにさ。まっ、そんな事はどうでもいいんだけどねー』
そう、キャラなんてどうだって良いんだ。でもこいつはつまり、フウが今の世界じゃ役に立たないと言ったって事になる。
そして同時に語られた、別の世界の、超常が常識になった世界とやらのやらの存在……つまり、フウを……。
「フウを、どこかにやるつもり……? またあの子を一人にする気か……!?」
それは許されない、許しちゃいけない。
俺が知り合った頃のフウは、本当に見ていて哀れだった。
まだ幼いのに無理に笑って、人への甘え方も知らないような男の子。
半ば無理やりうちに招待して一緒にゲームで遊んだり、練習中の料理を振舞ったりして……突然泣き出したフウにあたふたしながら俺は……。
「傍にいてあげないといけないのに……! 俺しか、いないんだから……」
『そうだね! そうなんだよね!』
「え?」
思わず漏れた心の声に、どういうわけだか高らかに賛同し始めた声。
考えも吹き飛んで困惑することしか出来ないくらいの勢いに押される。
『フウカ君のポテンシャルは凄まじい! あの才能は是非とも有効活用したいと私としても考えていてね、超常の世界へと送らせてもらったんだ』
「送らせてもらった? え、でもフウは俺と一緒に寝てたはずだろ?」
じゃあなんで俺だけここにいるんだ、もらったって、まるでもうすでに旅立ったみたいじゃないか。
『そうだよ? まったく、抱きしめあって寝てたせいでさ……転送座標指定が大変だった。
それで本来は終わりのはずだったのに……緊急で君にも向こうへと行ってもらう事になったってわけ』
「は? 待て、フウは無事なんだろうな?」
それが一番大事な事。こんな現実味がない状況なのに不思議とこれが夢じゃないという事を脳が感づき始めている。
だってそうだろ、身体の感覚が無いことをはっきりと意識して、これが夢であると認識していたはずなのに事は全然俺が思うように進まない。
やっぱり、夢じゃない……? いや、夢、夢だよな!?
『んー……まあ、無事っちゃ無事だねー、でもぉ……ちょっとねぇ』
「……っ、な、何かあったんじゃ……!」
『最初はねー、フウカ君なら一人でも大丈夫だって思ったんだけどさ、いやーあれは予想外だった』
真っ暗闇だった視界に謎の光が集い始めた。それは徐々に形を成して、現れたのは真四角の窓のようなもの。
『フウカ君は、君よりも一か月前にあっちへと旅立った。場所は選んだし、自給自足は容易だったはずなんだけどさぁ?』
真っ白だった窓が徐々に彩られ始めて、見たことがない森が移される。
まるでドローンが動いているような視点はどんどん広大な森の中に入って行って、中にポツンとあった小さい木の小屋の中を映し出した。
「ふっ!? フウ!?」
『たった一か月、でも君たちからしたら、意外と長い時間なのかもね』
暗い部屋の端っこ。身体に沢山の擦り傷を負いながら、膝に顔を埋め泣いているフウの姿。
心が軋む音がした。