共依存の形
第一章完結です。
「湯加減はどう?」
「さいこー!」
「身体、変なところは?」
「んー……よくわかんない」
俺たちの住んでいる小屋の周りは比較的開けた地形が広がっている。
夜になれば虫の声や獣の声が聞こえて来るものの、フウが定期的に狩りをして獲物を取ってくるおかげか、あまり危険な生物が襲ってくることは無い。
そう、アレだけが脅威だったんだ。
「にいちゃんもはやくー」
「ちょっと待って、フウの服を片付けてるんだよ俺は」
黒獣を倒すと身体から魔素が立ち上り、洞窟の壁をも貫通して霧散していった。
それと同時に俺たちを襲ったのはとてつもない違和感だった。胸の内に何かシコリがあるような、けど身体に何の不具合もない、そんな不思議な感覚。
けど俺たちは流石に疲れていて、あの黒獣の死体は近くの石や俺の土魔術で覆いつくして数時間かけ帰って来たんだ
すっかり空は暗くなっている。
「ねえねえ、これさ、お湯すてる時どーすんの?」
「適当に流すよ。どうせ床が泥になるだけでしょ」
フウの身体はあの黒獣の血まみれで、しかも身体にも大量の血が付着して、まあ見ていられないような状況になっていたんだ。
だから俺は、土魔術と水魔術を利用して湯船を作り、水を振動で温めてぬるま湯に変え、簡易的なお風呂を作った。
それを見た瞬間バーっとズボンとパンツを脱ぎ散かしてお風呂に突撃したフウを横目に、俺はその脱ぎ散かされた服を適当に作った水入り岩籠に放り込んでから服を脱いだ。
急かすフウに思わず苦笑してしまいながら、久しぶりの温かいお湯を堪能する。
「はぁぁ……やっぱりお風呂は良いねぇ……」
「ん、ってかさぁ、にいちゃんとおふろ、ひさしぶりかも……」
「そもそもお風呂が久しぶりでしょ、俺たち、ずっと湖水浴びだけだったんだからさ」
身体の芯まで暖かいお湯が沁み込んでいく。全ての問題がどうでも良くなってしまいそうなくらい穏やかで、吐く息まで何だかいやに暖かい。
五右衛門風呂のような大きさと深さの湯船は二人で入ると少しだけ狭いけど、どっちにしろフウは引っ付いてくるんだから関係ないな。
「フウ、ちゃんと手とか洗って……ないね。ちょっと湯船から出て、洗うよ」
「えー、オレでたくねえんだけど」
「良いから、ほらっ」
「にいちゃぁん……」
不満そうなフウを抱き上げて、湯船の外で身体を水で洗い流していく。
温まってた身体に冷水をかけたからか鳥肌を立てているフウの身体には、まだ赤黒い血の跡がこびりついている。
それを何度も手でこすって落としていると、何故かフウにじぃっと見つめられている事に気が付いた。
「ん? どしたの」
「や、なんかにいちゃんってさ……なんでもやってくれるよなぁって」
「何でもはやらないよ……何度も言ってるでしょ、俺はフウのにいちゃんで、フウの保護者なんだよ」
「……なんか、かあちゃんってかんじ」
「せめて父ちゃんにして?」
性別まで変えられるのは流石に嫌だ。ってかフウ、ナニとは言わないけど俺にちゃんと付いてんの見えてるでしょそれ。
あー、ってか俺も冷えて来た。最後にフウの小さな手をしっかりと洗ってから、もう一度抱き上げて一緒に湯船へと浸かった。
……フウも、大きくなったなぁ。ちょっと前までにいちゃんにいちゃんって後を追いかけて……今も来てたわ。
でも大きくなったのは本当だ。さっき抱き上げた時だってかなり無理があった。
最初見た時は痩せた子供だなぁって思ってたけどさ。しっかり筋肉も付いてるし、健やかに育ってくれてにいちゃんは嬉しいよ。
なんて、俺もまだ十六なんだけどなぁ。我ながら思考が三十路っぽい……いやこれは偏見か?
「はぁ……俺たち、ほんとに異世界にいるんだねぇ……」
「なにいってんだにいちゃん、今更だろ」
「あはは……なんか、ついね」
空を見上げると、日本ではまず見られないような満点の星空だ。
赤い星、青い星……前だったらそんな事言われても、結局大部分は白色に見えていた。
でも、こうもはっきりと星が見えると本当に星の色がはっきりと分かるんだ。
今日の天気は晴れ、空に雲は殆どない。フウと一緒に暖かい露天風呂に浸かりながら、空を見上げて夢うつつ。
なんか……ああ、なんかさ。
「変だなぁ、俺……」
「にいちゃん?」
「こんなさ、フウと二人で無理やり異世界に連れてこられた感じなのに……俺、本当は地球で、日本でさ、フウと一緒に普通の日常を過ごしていく、つもりだったのにさぁ……?」
「……にいちゃん」
おかしいんだ。フウ以外心の拠り所が無くて、寂しくて、でもフウの為に頑張らなくちゃって気を張り詰めてさ。
やらなきゃいけない事は色々あった。食べ物の衛生管理だったり、フウが採って来た動物の解体だったり、火が使えるようになってからは料理だったり、本当に色々だ。
「すっかり、慣れちゃった……それに、寂しさも感じなくなった。フウのおかげかな」
「お、オレが……? オレがいれば、にいちゃんさみしくない……?」
「うん、全然寂しくない」
良くも悪くも、あの人類が滅んだ世界での出来事が俺を変えてくれた。
俺は、狂ったんだろうか。それとも正常? 分からないけど、どうでもいい。
フウがいれば、俺は頑張れる。にいちゃんでいられる、どんな辛い事でも耐えられる。
実際さ、生きるってのは辛い事の連続だと思うんだ。俺みたいな若輩がそんな事を考えたとしても、意味はたかが知れているけれど。
けどそれが辛くなくなるとしたらどうだろう。
そんな素晴らしい事は他に無いんじゃないかな。親に誕生日を祝ってもらえることだとか、友達との何気ない日常だとか、後は……そうだな、成人して、親に晩酌をするだとか。
色々な幸せの形があるけれど、俺にとってはそれが一番幸せだと思うんだ。
「俺さ、最初の方実は泣いてたんだよ? フウに隠れてさ……」
「……しってる。にいちゃんねてるときとか、ないちゃうから……オレが、にいちゃんギュってしてあげてた」
「マジかー……目が覚めたら何故かフウに抱きしめられてる事多かったけど、そういう事だったの? 恥ずかしいなぁ」
そりゃあフウも俺に悪く思うよなぁ……。フウに気を遣わせないよう頑張ってたけど、寝てる時までは制御出来ないもんね。
「ま、でもさ。フウが気に病む必要はもう無いよ。
十分、俺は幸せ者だ」
「……ん、オレも、しあわせ……っ」
「あれ、泣いてんのー? あははっ、泣き虫さんめー」
「にいちゃんにいわれたくない!」
「はは、そうかもねー」
こうやってお互いに揶揄い合う。フウがこっちを見上げて朗らかに笑う。
それが何だかとっても楽しくて、この小さな幼馴染が自分にどれだけの幸せをもたらしてくれるのか、想像しただけで喜悦が沸き上がるんだ。
身体を綺麗に流し終わったら身体が渇くまで外で星を見上げ、いつの間にかウトウトし始めたフウを抱えて寝床へと二人で潜った。
腕の中で健やかな寝息を立てるフウを改めて抱きしめ夜の寒さを凌ぎながら、フウの事を起こさぬよう静かに口を開く。
「もう、大丈夫だよ。夜に泣くなんて事はもう、絶対にない」
当たり前のように服は纏っていない。服にしわが寄ると面倒だってのもあるけど、何よりも今はフウを感じていたいから。
直接肌に伝わる確かな感触から愛おしさが沸き上がる。今までよりも一層深い、柔らかな心の動き。
「大好きだよ、フウ……俺の唯一の家族で、弟で……俺がいなきゃなんも出来ないフウの傍に、ずっといてあげるから……」
その身体を掻き抱いて、耳と耳の間のつむじへ顔を埋めてペットにするようにフウを吸い、散々撫でまわした後に力の抜けたフウの吐息に俺も瞳を瞑る。
母が幼子にするように、飼い主が自らの愛犬にするように。フウの前髪を上げるとそこへ静かに唇を落とした。
「……おやすみ。フウ」
「ん……にぃ、ちゃ……」
「っ……寝言か……ったく、かわいいなぁ、もう」
ずっとこれが続けばいいと思って。フウは俺に依存しているけれど、それを拒否する事は絶対にしない。
だってさ、俺だって同じようなもんなんだから。俺たちはきっと、お互いで足りないものを補っている。
今までもこれからも、きっとそれが一番良いんだ。
───
地球での生活はどうしても不健康なものになりやすい。
ゲームだったりテレビだったり、やりたいことが多すぎて、中々眠れない。
けど森でのサバイバル生活はそうじゃない。夜暗くなったら寝て、日が昇れば起きる。そんな健康的な毎日のサークルだ。
だから俺はいつものように、窓から差し込む鋭い光に意識を浮上させられる。
いつもだったらフウが俺の腕の中にいて、ちょっとだけ俺の腕に涎を垂らしながら幸せそうな顔を見せてくれていたり、俺がフウに抱きしめられていたりするんだけど……。
「あ、れ……?」
いつもの感覚がない。酷く寂しいもぬけの感覚。
柔らかでスベスベの肌の感触とは似ても似つかない、ガサガサの藁。朝の冷えた空気が俺の肌を撫でて、鳥肌が立つ。
「……フウ、先起きちゃったのかな……?」
俺は眠い眼をさすりながら寝床から立ち上がり、外への扉を開けて伸びをした。
何処か出かけたんだったら、どうせすぐに帰ってくるはずだ。そう思って家の傍で身体を解しながら待っていた。
なのに、それなのに。
「フウ……? 何処に行ったの……?」
いつも通りの森と小屋、なのに一つだけが決定的に違う。
フウは、突如として俺の前から消えてしまった。
次回から第二章が始まります。ブックマークや評価、感想レビュー等頂けると非常に励みになりますので、よろしくおねがいします。




