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俺と首輪の協騒曲  作者: ふぁふぁに~る
黒影と深森の練習曲
38/56

共闘

 ただでさえ黒かった獣から吹き出る黒い靄。それはどんどんその巨体を覆っていく。


 フウの蹴りによって骨を蝕まれた左前足を庇うように立ち回っていた黒獣だけれど、その余裕がない事を悟ったのか獣の風貌でありながら上半身を上げ、まるで威嚇するクマのように仁王立ちをした。


 狼とは似ても似つかない風貌で、けれどまるで狼が咆哮する時のように頭を上げると大きく吠え空気を震わせる。


「ギュルォォォォォンッ!」


「うるさっ! フウ、気を付けてよ!」


「わかってる!」


 魔素はその巨体にまとわりついて、まるで鎧のように身体の周りを漂い始めた。


 いや、鎧というよりもパワードスーツって言った方が近いかもしれない。あれは一種の身体強化魔法なんだろう。


 特に多く魔素が見られるのは怪我をした左前足。あの堂々とした佇まいから察するに、一時的にではあるだろうけど怪我を無かった事にしてるのかもしれない。


 早速フウが近寄り獣へと肉薄する。両手両足を輝かせ、身体を回転させながらの回し蹴りを繰り出した。


「はぁ!」


 しかしその蹴りは空を舞う。黒獣は前足で地面を蹴って、宙へ浮いた上半身でフウを見下ろしそのまま身体を押しつぶそうと上半身へと力を込める。


 それに気が付いて、咄嗟に尻尾の陣へと魔素を送り込み起動させ、尻尾の力で身体を押し出しその場から離脱しようと試みているけれど、あれでは間に合わないだろう。


 だからここは俺の出番。咄嗟に魔法の詠唱を開始する。


「『伸び出せ(アー・アブセン)』!」


「グゥ……!」


 フウの真横、獣の頭の丁度真下に細い土の柱を作り出し、そのまま圧し掛かろうとする上半身の動きを制限する。


 増幅も何もしていない普通の土壁は一瞬で砕かれるけれど。その一瞬の硬直は、フウが脱出するのに十分な時間だった。


「あぶねぇ……! おらっ!」


「ギュゥッ!」


「やっぱ、かてえ……!」


 その瞬間、更に獣の腹に真横から後ろ蹴りが放たれた。咄嗟に尻尾で伝える力のベクトルを方向転換して、身体の方へと飛んでいたフウがその勢いを叩きつける。


 どうやらあまりダメージは入っていないようだけれど、それでも悲鳴を上げて身体を一回転させる獣。


 残像が残るほどの速度での回転は周囲に風圧を撒き散らし、当たれば確かにフウにとっては大打撃と成り得るものだろう。


 けれど、既にそこにフウはいない。


 一撃離脱を心得ていたフウはすぐに離れ、回転が終わった瞬間の隙を狙い更に飛び込んでいった。


「ナイスにいちゃん! パンチは……ぜったいダメージはいんないよな。だったらっ」


 フウの攻撃は脚がメインだ。直接的な打撃の場合、腕よりも力が乗りやすく、体重も掛けやすい。


 なら腕の用途は何かといえば、直接的ではない間接的なダメージを狙う技。即ち投げだ。


「おらぁ! ひっくりかえれ!」


「グォォォ!!??」


 巨体の下に入り込み、その下半身を両腕で絡め取る。


 けれどその体格差は比べるのもおこがましい程圧倒的なモノ、フウの三倍弱の体躯はどう頑張っても縦回転の投げでは転ばせる事は叶わない。


 それをフウも分かっていたんだろう。前足を脚払いで宙に浮かせ、天性のバネを利用した捻りで獣を横に力を加えていく。


「魔導陣、『軽く在れ(ニツ・リクト)』」


 それを僅かながら俺もサポートをする。


 本来は軽い物を浮き上がらせる魔術。けれど魔導陣で増幅したその魔術は、その巨体を簡単にひっくり返させるには十分だった。


 突然自らの体勢を致命的なレベルまで崩され焦る黒獣。バタバタと振られた尻尾に当たった岩が、怒号を立てて罅割れ吹き飛ぶ。


 けど、転ばせたところでなんだよなぁ。生物である以上必ず柔らかい部位は存在する。けれど流石に相手も相手、転んで焦っているとはいえ、簡単に起き上がる事は出来るだろう。


 それに弱点探しは確実にフウの方が得意だ。それは任せた方が良い。


 俺は……とりあえず現状維持に努めるか。まずは起き上がられないようにしないと。


「魔導陣、『飛び穿て(ワス・ドゥーチ)』『軽く在れ(ニツ・リクト)』」


「グゥゥゥ!」


「っ!? 魔導陣!」


 俺の手から勢いよく発射された水は目の前の魔導陣を通り、更に勢いを増し獣の上方へと向かう。


 その水の奔流は更に俺の魔術によって流れを捻じ曲げられ、比較的柔らかそうな腹に向かい水流で地面へと押し付けた。


 憎々しそうな瞳が俺を逆さに捉える。全身へ纏っていた黒い魔素が収縮し、玉となった。


「ガァ!」


「うぁっ!」


「にいちゃん!?」


「大丈夫! フウは早くやっちゃって!」


 勢いよく飛来した黒い魔法弾。盾にした魔導陣が受け止めたけれど、その衝撃を完全に殺しきれず俺の身体は吹き飛んだ。


 最初に対峙した時とは比べ物にならない威力。あの時は俺の事を舐めていたのか知らないけれど、本気じゃなかったんだろう。


 擦った背中とお尻が少し痛い。でもこれくらいなら何の問題もないな、腕が無くなった時の痛みと比べれば、限りなく無いに等しい。


 でも、アレを何発も受けるのは流石にまずいな……。攻撃を受け止めた魔導陣は罅だらけになって、燐光と共に霧散してしまった。


 強度が足りなかったか……でも、咄嗟に作り出せるのはあの強度が限界だし、あんまりやり過ぎると体内の魔素が尽きてしまう。


 もう結構な量の魔術を使った俺の体内の魔素は、おおよそ六割といったところ。


 フウに施した魔導陣の影響か、自分の魔素の上限が蝕まれているようで、断続的にフウの方へ魔素が流れて行っている感覚がある。


 生産量よりは消費量の方が少ないけれど……何か対策を考えておかないとな。


「っとと、いけない。考えるのは後だった……っ、魔導陣! フウ、どんな感じ!?」


「くそっ! こいつ、おなかもかてぇ! だったら!」


 魔導陣を作り直す僅かな時間に水の拘束から抜け出そうとしていたのを間一髪で阻止すると、何度も何度も闇の玉を同じように放ち続ける。


 受けるわけにはいかない。つい数週間前まで味わっていた地獄を思い出しながら、身を捻り、その場で伏せ、風と魔力を纏わせた片手を使い捨て身で逸らし、何とか避け続ける。


「ここならっ、どうだ!」


「ギュァッ、ギュハッ!」


 そしてついにその猛攻が止む。見るとフウの右腕が、黒獣の胸の中心、鳩尾の部分に突き立てられていた。


 そこを何度も何度も、俺が出している水で滝行を受ける修行僧のようになりながら殴りつけるフウ。


 けど、まだ威力が足りていない。黒獣はさっきからずっと苦しそうに口元を歪めているけれど、徐々に


「魔導陣、『纏い包め(イド・ヴァープ)』! フウ!」


「おうっ!」


 すっかり使い慣れてしまった、四肢に風を纏わせる事による能力の向上。


 俺がその場で生み出した小型の魔導陣の白い光が風の帯を増幅し、フウの腕に絡みつくその帯が腕の魔導陣によって更に増幅される。


 亡きあの世界の人類たちの叡智。陣の重ね掛けによる増幅の重複。


 本来不可視であるはずの風が、はっきりと風属性の色である緑を纏い、辺りの細かい草花を土壌を周囲へ巻き上げた。


「おりゃぁぁぁ!!」


「グァァァァァァ!!!!!!」


 最初はフウの肩を抉り取られ、続いて俺も魔法で殺されかけた。この世界に来て初めての怨敵。


 最後はひどくあっさりと、フウの右腕と竜巻のように巻き付いた緑風が、黒い獣の胸の中へと杭のように突き込まれた。

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