side:フウカ イラナイ子
にいちゃんの話は色々と凄くって、オレはずっと驚きっぱなしだった。
バケモノに追いかけられて、にいちゃんは何回も死んじゃって……けど諦めずに色々足掻いて、魔法とか魔術とかいろいろ難しい事も出来るようになって。
突然そんなこと言われて、オレも最初は頭ん中がぐるぐるになってわけわかんなくなった。
でも、にいちゃんがオレに嘘つくわけもねえし……それになんか、にいちゃんの雰囲気も変わったから信じざるを得ない。今いるところが前の世界とは全然違うってのも、その信じる気持ちを強くした。
にいちゃんは頑張った。オレの為に、頑張ってくれたんだ。
そうしているうちに、何時しかにいちゃんは何もしゃべらずただオレを抱きしめたままになる。規則正しい息だけがオレの耳に伝わってくる。
「……」
「にいちゃん……ねたのか?」
「……」
「ほんとに、ごめんなさい……」
自然と零れ落ちたのは謝罪の言葉。そうなると、もうオレのネガティブは止まらなかった。
全部オレが悪いんだ……にいちゃんはそんなことないって言ってくれたけど、やっぱりオレが悪い。
だってさ、辛い思いをしてるのって全部、オレの事をにいちゃんが可愛がってくれてたからだろ?
オレがにいちゃんちの隣に引っ越して来なかったら……そんな、すっごく悲しい想像をしちまうくらい、にいちゃんに悪い事をしたって気持ちでいっぱいになるんだ。
オレはにいちゃん無しじゃ生きられない。生き方を知らない。
本来それは、親が与えてくれるもの。ネットにはそう書いてたけどさ、オレの親ってオレの事……どう、思ってたんだろうな。
にいちゃんが、もしもオレの父さんだったら……いや、母さんでもいい。とにかくもっともっと、オレと近い人だったら。
そんな夢想をした事は数知れない。けど叶う訳もないと諦めて、にいちゃんはにいちゃんだから良いって結論になったんだ。
でも今は? にいちゃんにはオレしかいなくて、オレにもにいちゃんしかいない。
嬉しい……にいちゃんは辛いのに、オレは嬉しいんだ。オレ、ほんとに悪い子なんだよ。
胸に頭を当てて懺悔をしていると、突然オレの頭に優しく触れる手の感触。
見上げると、困ったような表情で大好きなライにいちゃんがこっちを見ていた。
「にいちゃん!?」
「……はぁ、ほんとに、フウはさぁ……」
「ね、ねたふり……?」
「ちがうよ、意識が落ちかけてただけ……そしたら突然弱音吐き始めたんだから……目も覚めるよ」
本当にどうしようもない。そんな呆れた声色を隠しもせずに、ただ優しくオレの頭を撫でて来る。
安心する、優しい手だ……。オレがこの世で唯一心から安らげるそれに、申し訳なさと相まって涙が再び出そうになる。
「フウ、俺の事好き?」
「ん、だいすき……にいちゃんのこと、オレだいすきだよ」
「そっかぁ。俺もだよ。フウの事が可愛くって仕方ないんだ」
オレの頭ににいちゃんが顔を埋める。にいちゃんの心臓の音が聞こえる。
優しくて落ち着いた音色に、やっぱりオレは安心する。
「最初は思ったよ? なんで俺をこんな所に~って。自分の意思でフウの所に来る事を決めたのにさ」
「ごめん、なさい……」
「でもさ? ちょっと考えてみたんだよね。もしも向こうの世界に残る選択肢があったとして、俺は本当に幸せなのかなぁって」
「……でも、にいちゃんは、ヒツヨーなやつだ……」
「え?」
「オレはっ、イラナイやつだ……」
にいちゃんはどこまでも優しいんだ。オレが悪い事をした時だって、叱ってくれるのはにいちゃんだけ。
でも、その声だって優しい。にいちゃんと会うもっと前、人間は嫌な記憶はよく覚えてるって前にネットで見たけれど、だからなのか昔の事はよく覚えてる。
オレは、自分がいらない子だと思ってたんだ。
父さんと母さんのお手伝いをしても、もっと手際よくやれって怒られて……見よう見まねで何とか形にしても、下手くそだってやっぱり怒られて……。
朝も昼も晩も全部宅配。しかも冷めた、父さんと母さんの食べ残し。人の温もりを感じる料理なんて知らなかった。
オレが話しかけると迷惑そうにするからいつの間にか口数も減って、服とかも新しいのあんまり買って貰えなかったからサイズがあって無かったり、ボロボロだったりしてさ。
にいちゃんがそんなオレを変えてくれた、救ってくれた。
迷惑かけたくない、けど……オレは怖いんだ。にいちゃん必要としてくれない、いらない自分に戻るのが。
「バカな事言うな!」
「ひぅっ……!?」
「なぁにがいらない奴だこのバカ! 俺以外にもフウを必要としてる奴は探せばいるし、第一そんな、必要不必要で考えるもんじゃないでしょうが!」
「え……うぇ……?」
突然、にいちゃんが怒り出した。口調は相変わらず優しいけど、怒らせたんだったら謝らないと……。
嫌われたくない、にいちゃんに嫌われたくない……!
「あー、ごめん。ちょっと怒鳴り過ぎた」
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」
「……あれ、フウ、前のフウに戻ってる……?」
「ごめんなさい……ゆるして、ごめんなさい……」
やだ、やだよ……にいちゃん、オレを見捨てないで、怒られるのは嫌だ、悪い事したなら謝るから、だから……!
「はぁ……フウ、こっちみて」
「ご、ごめんな、さい……?」
「もう怒って無いよ。突然おっきい声上げてごめんね? でもさ、フウはいらない子じゃないよ」
「ほんと……?」
「俺はさ、大事なフウが自分の事をいらないだなんて言い出したから怒ったんだ。フウは必要だ、少なくとも俺はフウを必要としてる。
それはフウも分かってるでしょ?」
「……ん。にいちゃん、ライにいちゃんは……オレのこと、かんがえてくれてる」
「でしょ?」
そうだった……にいちゃんはちゃんとオレの為に色々してくれてる。
オレはいらない子じゃない、そんな思いがオレの胸の中を温かくしてくれて、怖い気持ちもどっかにいっちゃった。
「俺の話続けるよ? フウがいなくて、俺は幸せなのかなぁって考えたんだ。けど、多分そうしたら俺はもう幸せになれない。
フウはさ、俺に救われたって言うけど俺だってフウに救われてるんだよ?
俺の父さんと母さんは世にも珍しい仕事大好き人間だ。一年中世界の何処かを飛び回って、家に両親が同時にいた事なんて数えるほどしかない。
高校に上がってからなんて二か月くらい会ってないんだよ? まあ、仲は良いし毎日メールとかはくれてたけどさ、やっぱり一人だと寂しかったと思うんだ。
でも俺にはフウがいた。にいちゃんにいちゃんって懐いてくれて、後を追っかけまわしてくるような可愛い幼馴染で弟分の、フウがいたんだよ」
にいちゃんがオレの身体をギューって抱きしめてくれる。にいちゃんの匂いが胸いっぱいに広がっていく。
頭と胸がポカポカして、身体の芯にジーンとした何かが走る。居てもたってもいられなくなるような焦燥感と、一生こうしていたいという安心感。
ごちゃ混ぜの感情にいっぱいいっぱいになるはずなのに、頭の中はにいちゃんで一杯だ。
「ご飯を作れば美味しそうに食べてくれる。お手伝いは上手だし、俺の邪魔をしないようにいっつも気を使ってくれる」
「でも、オレわがままだし……」
「確かにたまに我儘なところはあるけどそこも可愛いし、第一フウはまだ十一歳だよ? 我慢する必要なんてない。
あとフウって結構大人びてるからね。たまにフウと同じくらいの子を見かけるけど、フウと全然違うよ?」
「オレ、人とかへーきでなぐるぞ……? 動物とかころしても、なんとも思わないんだぞ……?」
「それが普通じゃないって自覚出来てるだけ良いじゃん。 世の中にはね、サイコパスって言われてる、人を殺すことの何が悪いのか理解出来ないような人だっているんだ。
それにさ、そういうのすっごく役に立ってるよね。オレ一人だったらこっちの世界で肉を取るのにも苦戦してたよ」
「オレ、オレ……っ」
「ほーら、そうやって無理して自分の悪い所探さない。良い所探そうよ。
例えば……そうだなぁ。フウは一緒にいて楽しいよ、あととにかく可愛い」
「か、かわいいって……オレ、男、なんだぞ……? かっこいいのほうがうれしい……」
「あはは、それは数年後かなぁ、今のフウは可愛いよ? それにさ、後ろをちょこちょこ追っかけて来る弟分が可愛くないわけないじゃん」
それは……そうかも。オレだって後ろから追いかけて来るちっちゃいのいたら可愛いって思うかもだし……。
って事は、オレって……。
「やっぱり、オレってにいちゃんのペットってことだなっ。なんならオレの腹なでるか?」
「へぁ!? あー、いや、そうじゃなくてね? ……ん? 違わない? いや、違うはず、フウはペットじゃなくてぇ、あぁ……」
「でもよ、首輪もあるぞ!」
「すぅ……はい。この話はおしまい、もう元気出たみたいだしさ」
「ちぇ……でも……ふへへ」
「なにさ、なんで笑ったの」
だって嬉しいんだ。にいちゃんがオレにそこまで思っててくれたことが。
なんかもやもやはまだ残ってるけど、すっかり暗い気分は消えちまった。
にいちゃんは辛い思いをしたけどそれは全部オレの為だった、それは本当に悪い事をしたと思うけど、だったらオレも、そのにいちゃんの頑張りに答えなきゃいけないんだ。
オレが死ねばにいちゃんも死ぬ、にいちゃんが死ねばオレも死ぬ。そもそもにいちゃんが居ない世界でオレが生きている意味も無い。
オレはにいちゃんを守らないといけない。
「ね、にいちゃん」
「どした?」
「オレにさ、にいちゃんのことをまもらせて?」
「……」
そんなオレの言葉ににいちゃんは少しだけ考えた後、答える。
「……わかった」
それがにいちゃんにとって嫌な事だってのは知っている。だからその四文字には、いろんな思いが籠っている事も知っている。
「けどさ、俺からも良いかな」
「うん」
そんなにいちゃんからのお願いを断る事なんて出来るはずもない。
どんなお願いをされるのか身構えていたのに、にいちゃんの言葉はとっても嬉しい事だった。
「俺にもさ、フウと一緒に戦わせて」
「うんっ!」
にいちゃんと一緒。それだけでオレは何でも出来るような、そんな気がするんだ。




