思いつき
「ねえフウ、一つやってみたいことがあるんだけど、良いかな」
「んぅ? なんだなんだ?」
俺の話を聞いてもらって、それから何故だかまた泣きだしたフウを抱き枕にしながら眠りについて。
目覚めた俺は外でフウが飼ってきた小さい動物の肉を焼きながら、そんな事を切り出した。
ぱちぱちと油の弾ける音を響かせる肉と炎を尻目にフウに向かって猫の手で呼び寄せる。
ちょこちょこと近づいてくるフウの手を取って、細い二の腕を掴みながら指先に魔素を込めた。
「えっとさ、俺が使ってるこの魔導陣、『理三法増減陣』って言うんだけど……まあ、名前はどうでもいいや。ちょっと試したい事あってさ」
「うん、なにするんだ?」
「フウの強化だねぇ、出来たらだけど」
この魔導陣は応用が効く、効きすぎると言っても良い。だからこそ、この恩恵は俺だけじゃなくてフウにも与えられるんじゃないかって考えた。
指先に込めた魔素、その性質を変化させて色を持たせる。白粉をまぶしたように染まった指先を、フウの腕へと押し当て縦に一本線を引く。
「……うん、描けるね」
「に、にいちゃんっ、くすぐってぇ!」
「あー、ごめんごめん。ちょっとだけ我慢してねー……えっと、機能はするかな……」
フウの腕にはまるで刺青のように俺が触れた一部分だけが白色に染まっていた。そこに魔素を流し込むと、僅かに発光し始める。
よし、ちゃんと機能してるな。けど線一本じゃなんの効果もないから魔素の無駄だ。
魔素の性質を元に戻して霧散させ、今度は本命の魔導陣を書き込んでいく。
今まで空中に投影する形だったからこういった円柱形に描き込むのは初めてで、少しだけ時間を掛けながらも描き進めていく。
くすぐったいと笑うフウを抑えながら、何とかその作業を終えるとフウへと指示をした。
予想通りなら、これで行けるはず……。
「フウ、魔素を動かして腕に込めてみて? あ、魔素っつってもわかんないか」
「まそ……? それって魔法のやつか? オレ魔法つかえねーぞ?」
「そういやそうだったねぇ……」
俺が当たり前のように使っていたからすっかり忘れてた。そうだった、フウはまだ魔法や魔術以前に魔素を感じ取るところから始めないと。
俺は座って脚の間にフウを座らせ肩に手を置いて、魔素を集中させ体内に流し込んでいく。
……ん? 身体の中に魔素が入っていかないな。なんか壁がある感じ。
表面からは出来ない……でも、俺とフウは魂とやらで繋がっているようだ。それをイメージして、内側からならどうだろう。
「……お、行けそう」
「ふぁ……にーちゃん、なに、してるんだ? なんか、すげぇからだがあったかい……」
「これが魔素、魔法とかを使う時に使うやつ。ゲーム的に言えばMPだね」
「はぇ~」
感心したように気の抜けた声を漏らすフウ。その内側へとどんどん魔素を侵入させていく。
驚くほどするすると入り込んでいく俺の魔素、フウの魔素は一切の抵抗を示さずにその奥深く、根幹へと沈んでいき、ようやくたどり着いたのは一つの玉のような塊だった。
それと触れた瞬間、フウの身体がぴくりと震える。けどそれだけじゃなく、何だか俺にまで違和感のようなものが……。
「んー……あ、ここがフウの核か。……って、あれ? 俺のとなんか……」
「に、にいちゃんっ、な、なんだ!? なに、なにしてっ」
「ごめん、ちょっとだけ……っ、んぁ!?」
フウの核からは紐のような物が繋がっているような不思議な感覚があった、しかもその紐に触れると、どういうわけだか俺にまで謎の感覚が襲ってくる。
くすぐったいような息苦しいような、はてはどこか気持ちがいいような。これ、紐の先は……俺だ、俺とフウが繋がっている。
……ああ、そっか。これが魂ってやつなんだ。
俺が死ぬとフウも死んで、フウが死ぬと俺も死ぬ。この首輪と腕輪の効果で俺たちは繋がったらしいけど、実際どうなっているのかは今まで知らなかった。
魔素を生み出すのは魂だ。世界中のあらゆる生命、一寸の虫から双葉の雑草にまで魂は宿り、魂から魔素が放出され世界へと散っていく。
そう、あの世界の本には書いてあった。じゃあそれが繋がっている俺とフウは、魔素の共有も出来るって事だよな。
ってか今俺がしたのってそれじゃないか? フウの内側から俺の魔素を取り込ませる。魂を通じて俺の魔素を送り込んだって事だろう。
「……フウ、ちょっと変な感じするかも……あ、もうしてるか。もうちょっと我慢して」
「ん、んんん……わ、わかった……」
「これからフウの魔素を動かすよ。その感覚を覚えて」
魂が繋がっているのならば出来るはずだ。
目を瞑ると意識を自らの内に沈みこませ、魔素を吐き出す魂へと気を向ける。今ならはっきりと感じられる白い糸に乗ってフウの元へとたどり着いた。
更に感覚を研ぎ澄ませると、その糸に付随するように少しだけ太い薄い管。何となく誘われているような感じがして、その中へと魔素を送り込む。
「ふぁ……? に、いちゃん……?」
「……っ」
「にいちゃん、にいちゃんがオレんなかに、え、ど、どうなってんの……!?」
ああ、これがフウの感覚……身体が軽くて、何だか周りの匂いがはっきりと感じられる。
魂が繋がっているからこその感覚の共有、こんな事まで可能だったのか……すごいな、色々と。
だったら声を伝える、念話みたいなのも……。
『フウ、どんな感じ? どこか痛いとか無い?』
「うぇ!? にいちゃん喋ってないよな!? な、なんで、なんだこれぇ!?」
『あ、聞こえてるね。落ち着いてフウ、なんか……色々出来るみたいでさ』
「い、いろいろ……いろいろかぁ……」
混乱の極みに達してあたふたしているフウだけど、俺の方も混乱しそうなほど目まぐるしい状況。
情報量が一気に増えた事で、頭が痛くなりそうなんだ。
まず俺の身体の感覚、フウの身体の感覚、俺の中を流れる魔素とフウの中を流れる魔素。純粋に情報量が二倍弱に膨れ上がって、これじゃあ長時間は続けていられない。
きっと慣れれば何とか出来るような気配はあるんだけど…まあ、今は無理だ。とりあえずやる事をやってしまうか。
『今から魔素を操って、腕に書いた魔導陣に流し込む。その感覚を覚えて』
「うぅ……わ、わかった。まかせろっ」
フウの魔素に俺の魔素を混ぜ込むと、少し動かしにくい感じはあるけど俺の思念で操れる。
それを腕の方へ引っ張って……肌の内側から流し込むように……。
『よしっ』
「うわわっ! うでっ、オレの腕がひかってっ!?」
『くぅっ、も、無理っ』
限界を感じてフウの魔素の支配を解除し、意識を自分の身体に戻す。腕の光はすぐに引っ込んだ。
やばい、これ予想以上に消耗するな……普通に魔素を操るのが歩行だとしたら、今やってるのは全身に重りを付けた状態での全力ダッシュってくらい違いがある。
まあ、魔素を操るトレーニングにはなりそうだよな、本当に辛いけど……。
「はぁっ……! あー、マジで疲れる……フウ、どう? わかった?」
「……あ、にいちゃんがオレんなかからいなくなった。えっと……」
フウの顔を覗き込むと、ふっと目を瞑り何かに集中し始める。
暫くの間、むむむ……と可愛らしい唸り声を上げながら身体の中へと意識を集中させ続けていると、突然瞳をパッ! っと開いた。
「みっけた!」
「お?」
「こーか!?」
「おぉ!」
フウの腕に描いた模様がキラリと光り輝き、描いた陣が立体的に投射され始める。
まるで腕輪のように二の腕部分に浮かび上がった魔導陣は、フウの魔力に反応して時計回りに回転を繰り返していた。
「そうそう! さすがだねぇフウ」
「や、にいちゃんのおかげ。でさ、これどーすりゃいーんだ?」
「あー、そうだねぇ……ちょっといっつもやってるみたいに素振りしてみ」
「ん、おけ」
フウはおもむろに立ち上がり、その場で構えを取る。
片方の腕はくの字に曲げて手は顎下の高さに、もう片方は肘の少し下に、いつもの構えだ。
ふっ、と息を吐き、一気に腕を曲げるとその場で前方へと拳を繰り出す。腕の魔導陣がカァっとひと際強く輝いた。
その瞬間、フウの腕はあり得ない程の速度で空を切る。
「うぇ!? あいたっ!」
「ちょ、大丈夫!?」
「やっべぇ……これ、やりすぎたら腕がしぬぅ……」
伸びきった腕が筋を傷つけたのか、腕を抑えて悲鳴を上げるフウへ近づき腕へと魔素を送り込む。
そりゃそうだ、急に自分以外の要因で腕に強い力が掛かったら手を痛める。
向こうの世界で俺が脚に施してても平気だったのは、ある程度自分で性能を調整出来ていたのとある程度の痛みは我慢して無理やり使ってたからだ。
んー……これじゃあ実践に使えないか……? フウが痛い事はしたくないし……。
「でも、すっげぇパンチでたなぁ、このグルグルしてるやつのおかげか?」
「そう、なんだけどさ……大丈夫? 痛かったんでしょ?」
「うんっ、だいじょーぶっ。それよりこれ、こっちの手とか足とかにもつけれんの!?」
……フウは、大丈夫みたいだね。
年相応にキラキラと瞳を輝かせてそんな事を聞いてくるフウに痛みへの恐れというものは一切感じられない。
なんでなのか質問してみるけど、帰って来たのはやっぱりフウらしい答えだった。
「だってさ、いたいってことは、どっかで力が無駄になってるってことなんだぞ? たとえば、パンチのときに、こう……ひねるようなかんじでやれば……」
パシュッ!
空気を切り裂く音と共に拳が振りぬかれ、流れるような動作で元へと戻る。
今度は上手くいったのか、ニカッと歯を見せて笑いながら得意げに拳をこちらへ差し出して来た。
「ほらっ! ぜんぜんいたくねえ!」
「そっか……すごいねぇ、フウは」
「あははっ、にいちゃんそればっかり!」
だって本当に凄いんだから、普通はそんな一回で力の感覚を掴んだりしないよ。
「あとさあとさっ、これってすげぇ力だからこーやって、パンチのあとキックしたりっ! あとまわって下からけり上げたり!」
最初、フウに負担が掛かるならフウに魔導陣を仕込むのは辞めようかなとか考えてたけどなぁ。
縦横無尽に動き回り、忙しなく俺に考えを伝えて来るその姿を見てそんな考えはすぐに消えてしまった
……うん、描いてあげようかな。だって、こんなに楽しそうなんだから。




