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俺と首輪の協騒曲  作者: ふぁふぁに~る
黒影と深森の練習曲
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帰還

 凄く怖い夢を見ていた気分だ。


 いや、今もこれは、夢を見ているのかな……? 俺は何気ない日常を確かに過ごしていたはずなのに、どういうわけか俺は何度も死を経験するような悪夢に囚われ続けていた。


『いいや、君はそれを乗り越えたじゃないか?』


 声が聞こえる。憎たらしくて、けれど無駄に頼もしくもあるそんな声。


 悪夢の原因であり、悪夢からの救世主でもある……そんな声。


 最期まで俺は死にたくなかった、死中に活を入れながらもきっと届かない刃は手の内から霧散して、もう腕のない俺は殴りつける事さえも……。


 あれ……腕、俺の腕が、ある……?


『ありゃ、やっぱり死の体験が直接残ってるのは良くなかったかなぁ。


 けど奇跡的なタイミングでタイムアップを迎えたわけだけど、それでも精神が限界を迎えていたと……。


 ふむ、少しスキャンをしてみようか』


 腕があるなら相手を倒せる。俺たちが生きる為には敵は倒さなければならない。


 逃げるんじゃダメだったんだ、倒さなきゃ、殺さなきゃダメだ。もう二度と俺たちに立ち向かってこれないように。


 ……俺たち……? いや、逃げてたのは俺だけじゃないか? じゃあ俺たちじゃなくて、俺……?


 それも、違う。だって俺だけだったらここまで頑張ろうとは思わないから。


 そう、全ては俺の為じゃなくて、フウの為だ。フウの役に立てないのは辛いから……辛い、辛いってのは俺が辛いからじゃないか。


 じゃあ俺の為……? 俺は俺の為だけにこんな辛い思いを……? そんなの俺は望んでない、俺の望みは平穏な……!


『状況把握5%、精神剥離79%、思考錯乱91%……ありゃー、これはやり過ぎてるねぇ、壊れちゃってる』


 俺は、オレは俺は俺はおれはあぁぁぁぁ!!!


「あああああ!!!! ころす! 敵は殺さなきゃっ、殺さなきゃだめだ! だめ、だめだ! あああッ!!!」


『えぇっと、バックアップは……あった。これに抽象化した精神を混ぜ合わせて……いや、それも必要ないかな、一応再修復は可能なレベルの崩壊に納まってる、隔離処置が賢明か』


 何を言っているのか分からない。俺はどうなっているのかわからない。


 わからない、ナニモワカラナイ。


「────!!!!」


 だから俺はただ叫び続けた。


 視界の全てが白色に上書きされていく。


『じゃ、治った頃に元の世界に戻しておくからね。


 ……全く、手間を掛けさせてくれるよ』


────


 浮き沈み、回転し、そして揺蕩う。身を包み込む水のように柔らかで、とりとめのない何か。


 俺は何をしていたんだろう、何だか長い間夢を見ていたような気がする。


 フウと一緒に買い物に行ったり、フウと一緒に夏祭りに出かけたり……いや違う。これは、夢じゃなくて昔のことか。


 あの頃の夢のような生活、今じゃ考えられないくらい幸せな日々。


 突然の異世界行への片道切符の先でも、ある程度は不自由ながらも悪くはないサバイバル生活。


 だけれど、あの終わった世界だけは、まるで悪夢のような死の記憶の連続だけはどうしても許容できない。


 死ぬってのは怖い事だ。確かに自分の中に宿っていた色々な物が空へ溶けて、失意のままに意識がどんどん遠ざかる。


 昔の事とか幸せな記憶とか、まるでそういうのも全てが終わりだとでもいうように走馬灯という形で頭の中から抜け出していく。


 それでも俺は生きている。だってこうやって考えを纏めていられるんだから。


 それは死んでしまったら出来ない事だろう?


 ……もう、絶対に死ぬもんか。


 決意を新たにしたところで考える。俺はあの後どうなったんだろう、よく覚えていないんだ。


 両腕を失って、それでも何とか抵抗しようとしたところまでは覚えてる。その後は……そもそもここは、何処だ?


 俺はフウを守らないといけないのに。フウの為にも生きないと、敵を倒さないといけないのに。視界がチカっと点灯する。


「───」


 風を感じる、声が聞こえる。


 何かに切羽詰まったような叫び声、俺が慣れ親しんだ高い響き。


 何時の間にか瞳を閉じていたようで俺はゆっくりと瞳を開ける。


 目の前に迫るは黒い塊、周りは森。


 ああ、そうだ、思い出した。戦い方を、生き残るための方法を。


「……魔導陣っ」


 敵がいるんだった。俺とフウの安寧を崩す、あってはならない存在が。目の前に顕現させた白い陣が、黒い塊を限りなく無力な物へと威力を低減させていく。


 殺さないといけない。もう逃げるのはこりごりだ。


 逃げるだけじゃ、どうせいつか殺されてしまうんだから。


「ふっ」


「ギャァァァ!?」


 後ろへ飛びつつ指を草の隙間に差し込んで、土壌を掴むと陣へと思いきり投げつける。


 弾丸のように飛んでいった土の弾にバケモノが……いや、黒い獣が悲鳴を上げたのを確認すると、そのまま二の手を打つため魔素の操作を始めた。


「ふーッ」


 不思議なほどに上がった息を無理やり吐くことで整えて、声で魔素を操る事で風の魔術を発動させる。


「魔導陣、『吹き荒べ(イド・ブレア)』!」


 力を込め直した魔導陣へと俺の手から突風が吹き荒れ、風の波動となって奴の元へと飛んでいく。


 けれどそれは黒い盾、いや、あれは魔素だな。自前の魔法の盾で防がれてしまった。


 けれどあれは魔法だ。体内の魔素しか使わないから消耗は激しいはず、あと何発か正面から打ち合えば、奴の魔素が尽きるのが先。


 気分は固定砲台。その場から動かず今度は水の魔術を想起し言霊を発した。


「魔導陣、『飛び穿て(ワス・ドゥーチ)』!」


「グァァァ!!!」


 奴の放った闇玉と俺の放った水の水圧がぶつかり合う。闇の弾は水に弾かれ奴の身体に水が降り注ぐ。


 そのまま俺は次の手を打とうと思った、けどそんな俺の意欲は視界に入り込んできた薄い褐色に全てを搔っ攫われてしまった。


 フウだ、あれはフウだ。そう、思い出して来た、どうしてこんな事になっていたのか。


 不甲斐ない俺はフウと一緒に黒い獣の討伐に出かけて、そうして奴の攻撃を被弾寸前で向こうの世界へと連れていかれた。


 フウが傷つけられたという怒り、そして恐怖から。戦う覚悟なんてこれっぽっちも無かった俺が無理やり付いていった罰。


 ああ、懐かしい……いや、懐かしい? だって体感三日間離れていただけ……。


 じゃ、ない……? どうなってるんだ、なんで俺は、こんなに……心が揺れているんだろう。


「グガァァァ……! ギャウ!」


「あっ! にげた!?」


 獣は逃げた、一先ずの危険は去った。


 最後、フウが黒獣に一撃を入れていたのか……それで相手が負傷して、逃げていった。


 凄いなフウは、やっぱり……俺とは違ったんだ。


 けどそんな弱い俺はもういない。これからはちゃんと隣を歩めるように覚悟を決めた、だから、今はその存在を感じていたい。


 動揺からか興奮からか、はたまたそれ以外か。ふらつく足取りで近づくと、未だに俺の魔術で濡れたままのフウを力の限り抱きしめた。


「わぷっ!? に、にいちゃん!?」


「ぁ……」


 ああ、フウっ、ホンモノのフウカだっ。俺の幼馴染で、弟分で、この世界に来て唯一の家族で……俺の、今一番大切な、守りたい人……!


 自然と涙が溢れて止まらない。フウの前で泣いてしまうのははずかしいけどそんなのがどうでもいいくらい、嬉しくて、もうなにも考えられなくて。


 獣の耳はふわふわで、左右に揺れ動く尻尾は可愛らしくて、日に焼けた肌は健康的で……ちょっと硬くて柔らかい抱き心地は最高で、それで、それでっ。


 あ、そうだ、どこかケガしてたり……!


「よ、かった……あ、あは、ははは……」


「え? にいちゃん? にいちゃん!?」


 ケガをした様子はない。身体を見回してそう脳みそが判断を下した瞬間全身を抗い難い脱力感が支配する。


 ダメだ、もっとフウの事を感じていたいのに……俺の意識は再び闇の中へと吸い込まれていった。

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