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俺と首輪の協騒曲  作者: ふぁふぁに~る
黒影と深森の練習曲
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遺産

────読者の諸君、或は貴君へ────


 我々は失敗した。


 強過ぎる力は大地を滅ぼし、儚過ぎる理性は人類を滅ぼした。


 適応した人類よ、若しくは智を得た竜よ。


 我々と同じ過ちを犯さないで欲しい。


 だがしかし、我々の叡智が無為に消え去るのは一魔科学者として耐えられようもなし。


 その為にこの蔵書を私は書き上げるに至った。


 決して広める事勿れ、決して教授する事勿れ、然れども汝こそ我らの後継。


 汝が看るは、禁忌なり。その興りは滅亡への急行である事を弁えよ。


────ハイビスクレギア大帝国宮廷魔導開発庁所長

           ルーメリオス=アインクレウス────



 仰々しい前書きから始まるこの『術式大全』には、術式だけではなく様々な事が書かれている。


 例えば魔法、ひいては魔術、魔導とは何なのか。空を漂う魔素とはどういうものなのか、属性の分別。


 驚いたのは、魔に関する事だけではなくある程度の科学知識も乗っている事だ。


 炎がどうして発生するのか、水を構成する分子構造など高校一年生だった俺がギリギリ習っていたくらいの知識がまるで教科書のように記載されているこれは、読んでいて魔導書のようには思えない。


 そういう基礎知識の項目を抜けると、今度は定義の項目が始まる。


 魔法とは自らの中に存在する万魔の素、魔素を使用して発動する方法。


 魔術とは自らの中の魔素と、空気中へ溶けだしている魔素の両方を使い発動する技術。


 魔導とは魔法と魔術をより良く扱う為の新たなる事象を探し、活用する導。


 その定義によると、俺がフウの前で使っていたのは魔法って事になる。そして俺の脚に風を纏わせ脚力を強化していたのは魔術だ。


 あれはこちらに来て新しく使い始めたもの。突然脳裏に浮かんで出来ると確信したものだ。きっといつかの俺が学んでものにした技術なんだと思う。


 外の魔素、俺は魔力って呼んでたけど、それを使おうだなんて事向こうでは考えてなかったからな。


 ……そんで、俺は魔力って呼んでいたけどこの本によると魔力という言葉には別の意味があるらしい。それは干渉力。


 魔力が高い程魔素を操るのが容易で、効率よく扱える。低いと大量の魔素を保持していてもあまり大きな影響を与える事が出来ない。


 ……よし、覚えた。つまり魔素ってのがゲーム用語でいうMPで、魔力ってのは知力の事だな。


「……いや、俺は……知ってた、かも……まあいいや。前に来たときはそれすらわからなかったし」


 前日ここに来たときは、本当に安全なのか確認に躍起になって勉強どころじゃなかったからな……。


 こういう細かい記憶は何かトリガーが無いと思い出せすらしない。


 この本だけ見つけて次来れた時読もうと思ってたんだけど、本当にここへ寄って良かった。


 知識は武器だ。こと魔の類に関してはそれが顕著に表れる。


 そうして定義の項目を抜けるとようやく魔法や魔術の項目だ。


「……ああ、なるほどね。前の俺も、その前の俺も……」


 そこにずらりと並ぶのはどういうわけか俺が既に使える魔法、魔術の数々。


 俺自身の魔素が足りなくて使えないけれど、知識だけは持っているそれらは間違いなく前の俺が覚えたものなんだろう。


「……知ってる。これも、知ってる」


 水の玉を作り出す魔法。土の壁を作り出す魔術。そして脚に風を纏わせる魔術。


 勿論すべてを会得しているわけではない。特に炎に関するものは壊滅的で、知っているもののうち使えるものは皆無だ。


 唯一扱える発火現象だって、あれは空気を超高速で振動させ熱を持たせ、そこへ火という形を辛うじて与えているだけ。


 魔力を変質させず動力として扱う魔法、無属性に分類されるだろう。


 しかし、ここまで魔法と魔術だけで魔導には一切触れられていない。記憶の中にも魔導に関しては殆どないんだよな。


 そう思って読み進めていると、ついに最終項までたどり着いてようやく魔導の文字が現れた。


「お、ここはまだ知らない……じゃあここを読めば読破って事かな」


 頁をめくる。そこに書かれていたのは筆者からのメッセージだった。



───賢者と成り、或は愚者と堕ち得る汝へ───


 これより先は如何なる理由を持ってしても他者への伝授を禁じる。


 これを読み解く貴君が諸君である場合、諸君らの中で最も魔に秀でた者のみが習得する事を推奨する。


 誓いが破られた際は、汝らが世界に再び混沌の苗木が植えられたものと心得よ。


 魔導とは、魔法と魔術の親友であり、夫婦であり、子である。


 須く魔を助け、導き、力を引き出す秘奥なり。


───覚悟と誓いを秘めよ───



「……あぁ、なるほどね」


 続きを読み進めるとまず出て来たのは世界が滅びた要因だった。


 曰く、始まりはたった一人の魔術師、『始まりの科学者』が魔法の世界で科学という分野を開拓したらしい。


 魔術師とは即ち探究者である。新たなる分野は新たなる知見を彼らに与え、彼らの力は何処までも増し続けていった。


 燃焼という現象の理屈。水の分子構造。生物に必要な栄養素と各種細胞。


 宇宙にこそ到達しなかったものの、核分裂という禁断の力にまで手を伸ばした新時代の彼らは、一人一人が旧時代の一軍をも殲滅するほどの力を手に入れてしまったという。


 そんな中、更に新たな力が誕生した。それが魔導である。


 魔法、ひいては魔術。それらを取り巻く魔素の存在。それを完璧に理解した彼らは、魔素に直接的な効力を発現させることに成功する。


 もっとも単純であるが故に最も強力な力。結局のところ、火も水も、人を操る魔法さえも、それらは元を辿れば物である。


 身体を構成する肉体、精神を構築する魂。それらを全て物と捉えるならば、それらは統括して物理へと還る。


 そんな物理学の奥義。プラスの力とマイナスの力、増減。


「……ああ、確かに……そりゃあ世界も終わるよね」


 小さな火の玉が巨大な炎砲へと。


 吹けば飛ぶようなつむじ風が万物を呑み込む竜巻へと。


 その逆も然り。そういう類の力は、間違いなく世の中に波乱を陥れるものだ。


 万能であるが故に抑えが効かない、自分が神にでもなったかのような万能感に、今は亡き人類たちは酔ってしまう。


 あらゆる益を増やし、あらゆる厄を減らす。けれどそこは薬毒という言葉もあるように、彼らはやり過ぎてしまった。


 益は厄へと転じ、人の手に負えない災厄となる。


 それに対抗するため更に益を増やし、厄となり……負のスパイラルに陥った人類は、いつの間にか後戻りのできないところまで進んでしまっていたという。


 俺が何度も殺されてきたバケモノたちは、全て人類の残した負の遺産そのものだったんだ。


「……けど、俺にはそれが必要だ」


 幸いな事か、残念な事か……そんな魔導を習得したとして、突然強大な力を手に入れるというわけではない。


 彼らは科学と魔素の合わせ技を使っていたみたいだし、まだ高校入学して数か月程度だった俺にそんな科学力などあろうはずもない。


 頁をめくる。


「うん、これなら覚えられそうだ」


 彼らの残した魔導はたった一つの円形の文様、所謂魔方陣と呼ばれるもの。


 様々な手法、きっと彼らの叡智を込めて記載された細かい情報に目を通し、俺はそう判断を下す。


 確かに難しいけれど、この物語に出て来るエルフに似た身体はどうやら頭の回転が速いようで、更には何十何百の俺が貯め込んできた知識や技術がサポートをしてくれているんだ。


 俺は生き残れる。驕る訳ではないけれど、初めて見えた希望の光に久しぶりの喜びが湧いてくるような気がした。

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