心を溶かす暑い床中
「すきだよ……だいすきに決まってんじゃんっ……」
なのに帰ってきた反応はどこまでも真っ直ぐな好意で……気恥ずかしさは紛らわされるどころか増えるばかり。
もうどうしようもなくなって、心の中が自分でもわからないくらいにざわついて……腕の中のちょっと硬くて柔らかい小さな存在が普段より愛しく感じる。
だから素直な気持ちで少しだけ強めに抱きしめた。
「……っ、あ、えっと、そっか……俺も、好きだよ?」
「っ……」
いたたたた、身体の締め付けが強くなって苦しい。
でもフウの事好きなのは本当だから、可愛い弟って感じで。本当の兄弟だったら良かったんだけどなぁ……。
そこへフウから声がかかる。
「ね、にいちゃん……一つだけね、おねがい、あるんだけど……きーてくれる?」
「いいよ、何でも言って」
俺の顔を見上げるフウの顔、あーあ……肩はだけてる、風邪ひくぞ、ったく……。
……あれ、なんかポケットに入ってる。なんだこれ。
「ん、フウ……それなに?」
「あのね、これなんだけどさ……」
「……えっと……どしたそれ」
きっと鞄の中に入れて俺の家に持ち込んでいたんだろう、ポケットから取り出されてこっちへ差し出されたのは細長い紐。
しっかりとした作りで先端は環状になってるから手を入れることも出来る、持ちやすい形。
反対側は金具のようなものが付いていて、何かを留めるためのものなんだろう。
俺これを見たことがあんだよなぁ、それも外を歩いてると結構頻繁に。
少なくともこの場にはそぐわない代物で……あーっと、反対のぽっけにもなんか入ってるなぁ、しかも想像通りのモノが。
「あのね、今日ね、ガッコーのかえりにペットショップよって、買ったんだ」
反対のぽっけから取り出され、差し出されたそれ、首輪を受け取って、俺はどうすればいいのかわからず硬直する。
そんな俺を意にも介さず、フウは説明を続けた。
「ここらへんってさ、犬飼ってる人おーいじゃん。でね、オレおもったんだ」
フウは間違いなく天才の類だ。
だからその考えはあくまで凡人の俺には想像もつかなくて、でも必死に寄り添おうとする俺を時折困惑させる。
今がその時で、しかも過去最大級の爆弾だった。
「オレ、犬になりたいって」
「は、はぁ……はぁ?」
「んでもって、じゃーだれに飼われたいかなーっておもったらさ」
話の流れが読めた。ちらちらと俺の両手にあるリードと首輪を見てから俺の顔を物欲しそうに見つめてくるその表情からすべてを察した。
伸びてきた手がリードの先端の金具をつかんで、首輪にもついてた金具にはめる。立派な散歩用の首輪の出来上がり。
「まって、まてまてフウ、ちょっと、お願いだから」
「んぇ? ……いーけど、オレのこと飼ってくれるよな……? やっぱり、ダメ?」
「……あ゛-」
かう……飼うぅ……? 俺が、フウの事を? 首輪付けて?
いや、いやいやいやそれはちょっとヤバいだろ、倫理的にも俺の精神的にも色々と。
「ち、ちなみになんでそうなったの?」
「……オレってさ、むかしっから一人でいろいろする事がおーかったんだ」
それは、そうかも。俺が時々……時々なんてレベルじゃないか、ほぼ毎日くらいのペースで親の代わりになってあげてるけど、でも一人でいる時間が多いのは確か。
習い事の時間もかなりフウは多いけど、それでもやっぱり自分で色々こなす必要がある。
「でもペットってそうじゃないじゃん。ぜーんぶ飼い主がやってくれるだろ? それに、いっしょにいてくれるし……にいちゃんにはめーわくかけるけどさ、でもオレ……」
「……」
羞恥に耐えるように顔を真っ赤にしたフウの言葉が尻すぼみになっていく。
でもそんなフウの恥ずかしそうな様子を見ていたからかな、俺の方は徐々に冷静さを取り戻してきた。
フウの言う事ならやっぱり何でも聞いてあげたいんだよな俺。冗談みたいな事だけど、多分フウは本気で犬に憧れてるんだと思う。
でもつまり要するに、この幼い幼馴染は俺と一緒にいたいんだ。
可愛いことじゃないか、手段はともかくとして。
「フウ」
「え、おわっ」
フウをもう一度抱きしめなおして布団の中に無理やり押し込める。
じたばたもがく身体を抑え込んでしばらくするとようやくおとなしくなってきた。
「んな事しなくても……一緒にいて欲しかったらいてあげるよ? ってかさ、今だって一緒にいるじゃんか?」
「そーだけどっ! わが、ままかも……しれない、けど、オレはっ」
「フウ……明日も学校でしょ、一緒に寝よ」
「にぃちゃぁん……でも、でもオレ……」
そんな悲しそうな声出さないでよ……お願いだからさ。
俺、その声に弱いんだ……こっちまで悲しくなってきそうになる。早く寝かせないと……。
ってか首輪、寝るのに邪魔だ。これを、フウに付けるのか。
「首輪、どうしても付けないとダメ?」
「……ん。 おねがい、にぃちゃん……!」
だめかー、出来れば「やっぱり、いい」とかそんな感じの答え期待してたんだけどな。
けどそんなに期待したような、媚びるように切羽詰まった声を出されたらもう俺には無理だよ。
仕方ない。ベッドの隅に放置していた首輪を手に取って、腕の中のフウに見せびらかす。
「あ、ベルト式なんだ。じゃあゆるゆるでいっか……」
「ここっ、ここにつけて!」
顎をうーんと上げて首を見せびらかしてくるフウ。首細いなぁ、喉ぼとけだって見当たらない。
こんな見るからに幼い少年に首輪をつけるって……なんかいけない事をする気分。
実際いけない事なんだけどさ、俺別にサディストってわけじゃないし。
「……はい、これでいい?」
「ふへへぇ……これでオレ、にいちゃんのもの……」
「そういう言い方しないの。ったく……朝になったら外すからね? あと、俺の目の届くところでだけする事、他の人に見られない事。わかった?」
「うんっ。ありがと、ライにいちゃんっ」
はじける様な笑顔のフウに、もうなんか葛藤が馬鹿らしくなってくる。
幸せそうならそれでいいじゃん。持ち手を腕に嵌めて寝苦しくないようにしながら部屋の電気をリモコンで消して、フウの頭を胸に押し付けた。
「すぅぅぅぅ……にいちゃん……あんしん、する……」
「匂い嗅がないでって恥ずかしい……ほんとに犬みたいだぞー」
「くぅん、わんっ」
「あはは、かわいー」
手を丸めて犬の鳴きまねをするフウは、間違いなく可愛らしい。
それに、暖かい。犬と寝るってこんな感じなのかな……髪の毛もふわふわだし。
肌はサラサラだからそこは違う、あと明らかにそこらの犬より大きいけど。
でも抱き枕としては最高だ……。
「苦しかったら離れて良いからね……おやすみ、フウ」
「ん……おにゃすみ」
なんだおにゃすみって、もうウトウトしてるじゃん。
でも俺ももう眠いからなぁ、人の事言えないや。
意識も身体もほわほわして、俺は抵抗することなく微睡に身を浸した。
序章は明日で終わります。
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