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俺と首輪の協騒曲  作者: ふぁふぁに~る
黒影と深森の練習曲
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砂塵の世界

「……え?」


 吹き荒ぶ土色の風、暑くも寒くもない無駄に快適な気温にも関わらず、空からは照り付けるような鋭い光が刺している。


 目線の先には土に埋もれた建物らしき外壁の他には、毒々しい色合いの森……のような何か、そして目先の外壁と同じように突き出た残骸だけだ。


「いやおかしいだろ」


 俺は思わず独り言ちる。ってか本当に一人なのか?


 さっきまで俺はあの空間で俺とフウを異世界へと拉致した謎の声と話していたはずだ。


 そして不穏な言葉が紡がれたと思った瞬間、気づけばここに立っていた。


「おい! 何処だよここ! 誰かいないか!?」


 ……。


 何も聞こえない。ただ風が耳を襲う音だけが聞こえて俺の不安を煽ってくる。


 まずは現状をチェックしよう。腕にはフウと繋がったままの腕輪、そして服装も向こうで死にかけた時と同じパジャマの下だけといった粗末な服装。


 気温が低くなくて本当に良かった。上に何も纏っていない現状、寒さをしのぐのは難しいからな。


「……はぁっ、マジか……」


 そして何よりも俺の心を乱すのは、どういうわけか感じられなくなったフウの気配だ。


 俺が腕輪を、フウが首輪を付けてから、不思議と俺たちはお互いの存在を離れていても認識できるようになっていた。


 けど、すっかり慣れてしまったその感覚が今の俺には存在していない。


「フウの気配が……うわっ!?」


 そんな不安をかき消すように腕輪へと手を触れると、急に光を放ちだす。


 何事かと狼狽える俺を無視してひと際強い光を腕輪が放つと同時に突然声が響きだした。


『やあ、これは君の腕に埋め込んだメッセージだ。前置きとして言っておくけど、そちらからの質問には答えられない。


 双方向通話はリソースの無駄だからね。そんな複雑な事でもないし』


 ああ、アイツだ。あの声だ。


 また何かやりやがったという怒りが湧いてくるけれど、現状を知るための手掛かりはこれしかないわけだし、それを押し込めてただ押し黙る。


『今回君を転移させたのは、その軟弱な精神的苦痛及び肉体的苦痛への耐性を強化、そして戦いの術を身に着けさせるための措置だ。


 簡単に説明するならば、そこは既に終わった世界。


 人が滅び、人ならざる存在が闊歩し生を脅かそうとする外敵に支配された時間軸のその後。そして同時に、我らの実験場でもある。複製と越境の実験にはピッタリなんだ』


「人が、滅んだ世界……」


 じゃあ、何処を探しても俺以外の人間は存在していない……? 見たところ安全そうなところは無いし、どうやって生きていけば……。


 それにしても不必要な情報というか、良く分からない言葉が多いなぁ。


 なんだかそういう言葉をシャットアウトして必要な事柄だけを抜き出す技能が育ってきている気がするよ。


『もちろんそのままでは君は食料を得ることも叶わないだろう。そちらの人間が滅んだ理由に食糧危機もあるからそれは仕方のない事だけど、そこは非常に不便だ。


 今の君の身体は元の世界……ああ、君が認識するところの異世界側の肉体の性能を魔力含め忠実に再現した生体傀儡、君の元の世界の言葉で表現するならばアンドロイド、ホムンクルスの方が近いかな。


 痛みは感じるし、負傷による機能低下も起こる。五感は完璧で魔力を感じる第六感も備えている。


 けれど食事と水分、そして睡眠は必要ないよ。そこらへんはこちら側で何とかしておいた。君は飲まず食わずで動くことが出来るんだ』


 なんともまあ便利な……いや、便利も何もなんで俺がそんな身体でこんな所に放り出されなければならないとかという不満と不安が募っているけれど、とりあえずは言葉をかみ砕いていく。


『君にやってもらうのは、この世界で三日間生き残る事。そしてここからが重要だ』


 続けて告げられたそれに、俺の動きは固まった。


『君は死ぬと、意識がこのメッセージが終了した瞬間へと巻き戻る。


 いくらかの身に着けた技術と耐性、そして死の記憶以外を残してね』


「ッ、え……え? ま、まて、死んで、巻き戻る……?」


 頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。


 そんなラノベを見た事がある。だからそれが辛い事だってのは、実感はもちろんしていないけど知っているつもりだ。


 しかも、記憶は引きつかずただ辛い記憶と、技能……技能ったってそんなアバウトなもの、どうやって……。


『ああ、君が考えている事は分かるよ。過去に戻れないって言ったのに、どうしてそんな事が可能なのかって事だよね。


 それに関してはパラレルワールド理論と時間軸操作を併用すれば可能な事さ、例えばこの世界の君を常時保管しておいて、君が死んだ場合その中身を復元して別の世界線へと移し替える。そうする事で────』


 録音は何かを喋っているが、そんな事を考えている暇はない、それどころじゃなかった。


 これから、俺は死ぬ……死ぬんだろうな。だって神にも等しい力を持ったあの存在が、あの声が……俺の死を予見しその対策を行っているんだから。


 そしてそれを利用して俺を鍛えると言うんだ。


『このメッセージが終わった後、一体君が何周目の君なのかわからない。きっと想像を絶する苦しみに苛まれることになると思うよ。


 けどさ、きっと同時に大量のメリットも流れ込んでくるはずだ。記憶は確かに残らないし、身体能力や魔力量といった目に見えた強化は決してあり得ないけれど、技術は、そして経験は無くならない』


「……俺」


『そっちの世界の文字への知識も与えよう。せいぜい魔導への知識も覚えてくる事だ。永劫にも感じられるだろう三日間は、本当に永劫にも似た時間を経た末の物になるかもしれないけど……まあ、心が壊れても、こっちで治してあげよう。


 もしかするとその必要もないかもしれないけどね、君は苦痛への耐性は低いけれど、その他の耐性や適応力といったものは案外高いみたいだから』


「こわい……怖いよ……」


 怖い、とっても怖いよ……死ぬのは嫌だ。きっと誰でも嫌だろうけど、それでも……。


「けど、もし、乗り越えられたら……フウ……俺は」


 フウの役に立てるかな……あんな、自分から勝手についていって無様な姿を晒さずに済むのかな。だったら、だったらっ!


「ッ、しゃぁおらぁぁぁ!!」


 パチンッ!


 一息吸って、思い切り吠えながら頬をぶっ叩く。綺麗に鳴り響いた鋭い音が周囲へと広がって、僅かな余韻を残して風の音に掻き消える。


 頬が痛い。けど、何だか目が覚めた気分だ。


『じゃあそろそろメッセージは終わりだ。リソースは無限じゃない。せいぜい早く完遂してくれることを願うよ』


「く、来るか……」


 腕輪の光は収まった。相変わらず吹き荒ぶ土色の風に眼を細めると、あの声の言う通りならば襲ってくるであろう苦痛を耐えるため、その場で蹲り思い切り頭を抱えて苦痛への準備を整えた。


 まだか。まだ来ないのか。そんな風に考える暇すらなく、すぐにその瞬間は訪れる。


「はぁッ、……ぁ゛!?」


 膨大な情報の奔流が俺の事を呑み込んでいく。この俺は、何番目の俺だ? 何度死んだ、何度やり直した?


 脳裏に浮かぶのは身体の半分が消し飛んだ俺の身体、目の前に迫る緑色の天が脳裏を貫く様と体験したかのような痛みの記憶。


「あああああ゛あ゛ぁぁっ、あ゛あ゛あ゛ッ!! やだ、やだやだやだやだああああぁぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」


 身体から命の水が垂れ落ちて、徐々に痛みも感じなくなって、意識も、どんどん薄くなって。


 自分が何でもなくなってしまうような。空気に溶けだして身体が引き裂かれて、なのに身体の違和感だけがその場に残り続け不快感と後悔だけを感じながら徐々に薄れゆく意識に抗うことも出来ず……。


 直接首で空気を感じるというまず感じる事が無いであろう感触は正気を奪うのには十分すぎて、もう訳も分からずその場で転がり溢れる衝動を発散しようと試みた。


 炎を操る術や水を操る術、魔力を用いた身体能力の増強方法、そんな知識が流れ組んでくるけれど、それでも俺は理不尽へと抗えず死に瀕する。


 絶望的な無力感、自分は何も出来ないという劣等感、その全てが俺の心を壊しにかかる。


「──ッ、──っぁぁぁ!!! はぁっ、あああ!!!」


 地面を叩きつけると手が痛い。手が痛いって事は生きている。


 そんな意味のない行動すらも俺が縋るべき神様のように感じられるこの辛さは何物にも形容しがたい人が堪えるべきものではない。


 けど、耐えないといけないんだ。死に瀕した俺の最期の想いはすべて同じだったから。


 ギリィッ、と歯が軋むほどに食いしばって、俺は今も暴れようとする身体を制御しようと試みた。自然と口から溢れて来るのは俺のアイデンティティ。


「お、おれはぁっ、フウ、の……フウの、に、いちゃんだ。だから、だからぁっ」


 震える脚を振るえる手で押さえ、ひっきりなしに流れる涙を無視して前をしっかり見据え、もう一度自分の頬を叩く。


 パシャンッ!


「づよぐ、強ぐ、なってぇ……フウの、隣に……!!」


 大切な人はたくさんいた。爺ちゃんや婆ちゃん、父さんと母さん、学校の友達だって大事だった。


 けど今の俺にはフウしかいない。それになんだかんだ俺は、フウを一番に大切に想っていたかもしれないと今になったら思うんだ。


 フウが引っ越して来たあの日から、一番一緒に長い時間を過ごしたのはもしかしたらフウかもしれない。


 父さんと母さんは仕事人間だ。確かに俺の事を愛してくれて入るし家族関係は良好だったけど、家にいる時間は結構短かったから。


 そんな、フウと一緒にいられないってのは……うん、辛い事だから。


「生き残ってやる……そんで強くなって、フウの所に戻って、フウを助けて……」


 あの黒い獣をぶっ殺して、二人でまた一緒にベッドで眠るんだ。


 ようやく立ち上がった俺は大きく身体を伸ばして大きく深呼吸を繰り返す。


 心の中の深い所が、カチリと噛み合ったような気がした。

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